2019年9月20日(金)

発売まで残り1年 ブラウザー内製か否かで分かれた道
iモードと呼ばれる前(3)

(4/4ページ)
2015/4/26 6:30
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■人が技術をつないだ

1997年の末。濱村からの電話を受けて間もなく、清水は鎌田と濱村をACCESS本社で引き合わせた。鎌田と濱村が談笑する姿を見て、清水の感慨もひとしおだった。濱村と鎌田が会うことになった理由は、あくまでもNTTドコモから開発の依頼が舞い込んだからだ。清水は全くの部外者であり、この場限りのつなぎ役でしかない。

それでも清水は満足だった。あの時鎌田がこっそり見せてくれたブラウザーが、本当に携帯電話機に載ることになった。清水が手掛けたM32Rもいよいよ携帯電話機に搭載されるかもしれない。何よりも清水は、どんなに技術が進んでも、その流れを導くのは人のきずなであることに感じ入った。

「人と人のつながりが技術の方向性を決める。技術ってそんなもんです」。当時を思い起こす清水の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。

三菱電機によるiモード対応携帯電話機の試作ボード(写真:長尾純之助)

三菱電機によるiモード対応携帯電話機の試作ボード(写真:長尾純之助)

■何をもって勝ちとするか

――ブラウザーは自社で開発できる。

1998年1月。三菱電機と並んで後発組として開発に参加した富士通では、議論が戦わされていた。ACCESSのブラウザーを推すNTTドコモの案を社に持ち帰った、移動通信・ワイヤレスシステム事業本部 ビジネス推進統括部ソフトウェア部担当部長(端末担当)(当時)の片岡慎二は技術者の反対意見に直面した。

富士通はかつてWindowsパソコン向けのブラウザーを自社開発し、製品に搭載した実績がある。米Netscape communications(ネットスケープ・コミュニケーションズ).の「Netscape Navigator」や米Microsoft (マイクロソフト)の「Internet Explorer」の台頭でパソコンでは旗色が悪くなったものの、社内ではPDAなどで動くブラウザーの研究開発が続けられていた。自分たちにブラウザーを開発するノウハウは十分にあると主張する技術者の言い分も片岡にはよく分かった。

一方、富士通は小型パソコン「INTERTop」でACCESS製のブラウザーを採用した実績もあった。片岡自身、ACCESSの技術力をかねて高く評価していた。

富士通 移動通信・ワイヤレスシステム事業本部 ビジネス推進統括部ソフトウェア部担当部長(端末担当)(当時)の片岡慎二氏
(写真:桑原太門)

富士通 移動通信・ワイヤレスシステム事業本部 ビジネス推進統括部ソフトウェア部担当部長(端末担当)(当時)の片岡慎二氏
(写真:桑原太門)

はっきりと態度を決められないまま、片岡は東京・水道橋のACCESS本社を訪れた。他社を前にした時と同様、鎌田のプレゼンテーションは淀みなかった。

「メモリー容量は300Kバイト程度です」

鎌田のひと言に片岡は愕然とした。社内の技術者からは、自社でブラウザーを作った場合1Mバイトを超えると報告を受けていたからだ。それでも片岡は自社のスタッフに任せてみたいと最後まで頭を悩ませた。現実がそれを許さなかった。

■「富士通さんが一番遅れてます」

何度目かの打ち合わせで、ACCESSの笛木に片岡は指摘された。自分で意識していることでも他人の言葉になって響いたときの痛みは大きい。NTTドコモからも同様な圧力が加わっていた。三菱電機も同じような境遇にあったことなど、片岡には知る由もなかった。

半年後には交換対向試験が迫っている。約10カ月後には端末をNTTドコモに納めなければならない。富士通の社内にブラウザー開発の技術があったとしても、今から技術者を集めて、一から開発している余裕は事実上なかった。

「納期に間に合わせることが最優先だ」。片岡はACCESSのブラウザーを選んだ。

■退路を断つ

「ACCESSの荒川さんに来ていただいたのは、1998年2月20日の午前11時ごろでした」。松下通信工業 パーソナルコミュニケーション事業部 開発技術部 ソフトウェア2課 係長(主事)(当時)の加藤淳展は、今でもあの日の出来事を鮮明に覚えている。場所は横浜市港北区にある松下通信工業の会議室だった。

加藤は、同じ部のソフトウェア総括課長(兼)ソフトウェア1課長(当時)の藤井雄一と2人で、ACCESSの代表取締役社長(当時)である荒川亨と同行した営業担当者2人を構内の古びた会議室に招き入れた。廊下に面したガラス窓しかなく、屋外の景色はうかがえない。日光が差さない薄暗い部屋だ。全員が席に着くと、ほとんど満員の状態である。藤井は、簡単な世間話でその場の空気を和ませた。これから何が起こるのかを知る加藤の額には、脂汗がじわじわと浮き始める。

「今日わざわざおいでいただいたのには、訳がありまして…」。藤井の声がかすれる。

「実は、ブラウザーを自社で開発することに決めました」

「……」

荒川は、身じろぎ一つせず、ただ黙って加藤らを見つめる。

「松下電器産業が以前、ワープロ向けにブラウザーを自社開発した経験があります。この技術をベースに、携帯電話機向けも独自開発したいと思います」。荒川の顔に落胆の表情が広がっていくのを、加藤は目の当たりにした。加藤にしてみればACCESSは、これまでブラウザーの仕様確定作業に汗を流してきた同志ともいえる存在だ。今回の決定で縁が切れてしまうことは、加藤にとって断腸の思いだった。

「理由を教えて頂けますか」。黙っていた荒川がため息交じりに口を開いた。藤井は精一杯の誠意をもって荒川に説明する。

「ブラウザーは今後、携帯電話の顔になると思います」

自社開発という結論に達するまで松下通信工業は社内で議論に議論を重ねてきた。その中で浮上してきたのが、今後ブラウザーが携帯電話機に標準搭載されるとの見方だった。そうなれば、ユーザーが常に接するブラウザーは、いわば携帯電話機の顔になる。近い将来、その性能や操作をめぐって、各メーカーがしのぎを削ることになるだろう。製品戦略を大きく左右するソフトウエアだけに、最初から他社に任せては将来に禍根を残しかねない。

一方で、三菱電機や富士通を悩ませた開発期間の問題は、松下通信工業の前にも厳然と横たわっていた。製品投入まで1年を切った今、ブラウザーの内製に方針転換して納期に間に合うのか。

「加藤、お前に本当にできるのかよ」。加藤らソフトウエアの実装グループに、そう詰め寄る技術者もいた。加藤らに確信があったわけではない。そもそもできるかできないかは議論の対象ではなかった。「間に合う」「間に合わない」ではなく「間に合わせる」しかないのだ。

■その時、覚悟を決めた

ブラウザーを内製に切り替えることを決断した理由はほかにもあると、藤井は荒川に告げた。1つはロイヤルティーである。ACCESSとの間でブラウザーのライセンス契約を結べば、端末が売れるごとにロイヤルティーを支払う必要が出てくる。ブラウザーを搭載する携帯電話機がもし大ヒットすれば、その金額は莫大になる。

もう1つの懸念はACCESSのマンパワーだった。もはや発売まで1年を切った端末開発に、携帯電話機メーカー数社が参入しているようだ。そのブラウザー開発を一手に引き受ける力がACCESSにあるのか、不安は最後までぬぐい去れなかった。

「ロイヤルティーや人材の投入について、条件を再調整させていただけませんか」。荒川は最後まで、再考を求めた。

「会社として決めたことですので…」。藤井は口を真一文字に結ぶ。

「そうですか…。そういった心配があるのでしたら、もっと前からこちらからもお話をさせていただくべきでした」

「…あくまでこれは松下通信工業の戦略としての判断です。誤解なさらないでいただきたいのですが、御社のブラウザーが技術的にどうのという話ではありません。ほかの機器ではお付き合いすることが出てくるでしょうから、今後ともぜひよろしくお願いします」。藤井が頭を下げる。

会議室を後にする荒川の顔は、こわばっていたが、吹っ切れたようでもあった。加藤の目には、荒川が他メーカーとの協業に勝負を懸ける覚悟を決めたように映った。覚悟を決めたという意味では、加藤も同じ気持ちだった。荒川らを見送りながら、加藤はこれが重大な決断であることをあらためて認識せずにはいられなかった。

「会議室を去る荒川さんの後ろ姿を見て、もう自分たちには逃げ道はない。これからは単独で開発するしかないんだと、痛いほど思い知らされました」

加藤の不安は的中する。加藤の覚悟を上回るほどの苦難が、その後加藤らを襲うことになる。

■いよいよ独立独歩の道へ

松下通信工業(当時)の加藤淳展氏(右)と、松下電器産業(当時)の田中康宣氏(左)(写真:周慧)

松下通信工業(当時)の加藤淳展氏(右)と、松下電器産業(当時)の田中康宣氏(左)(写真:周慧)

「田中さん、会議、終わったよ」。加藤はスクリプト言語の専門家として行動を共にしていた、松下電器産業 マルチメディア開発センター 情報グループ 情報第3チーム 主席技師(副参事)(当時)の田中康宣に声を掛けた。すっかり疲れ果てた様子で、田中に歩み寄る。

「あとは、やるしかないな」。田中の表情も加藤と同じく険しかった。

「これで良かったんだよね」。加藤は田中に賛意を求めた。田中は黙ってうなずいた。押しつぶされるようなプレッシャーと新しい技術に挑戦できるという喜びに挟まれ、田中の顔は上気していた。

(日経エンタテインメント! 白倉資大)

[日経エレクトロニクス2002年10月21日号と11月4日号の記事を基に再構成]

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