2019年7月16日(火)

発売まで残り1年 ブラウザー内製か否かで分かれた道
iモードと呼ばれる前(3)

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2015/4/26 6:30
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日経エレクトロニクス

 いまやインターネットを利用する際に、最も身近な端末となったスマートフォン(スマホ)。そのスマホが、米Apple(アップル)の手によって2007年に初めて発売される約8年も前。携帯電話のインターネットサービスを世界に先駆けて事業化したのがNTTドコモの「iモード」である。「スマホの原型」とも言える、この日本発のサービスの普及は、予想をはるかに超えるペースで進み、1990年代の停滞した日本経済の中で、ひときわまばゆい光彩を放つ20世紀最後の大ヒットとなった。日経電子版創刊5周年企画「『ネット20年』その先へ:iモードと呼ばれる前」(オリジナルは日経エレクトロニクスに2002~2003年掲載)では、iモードを事業化にこぎ着けるまでの技術者たちの奮闘を描いた開発物語をお届けする。

開発はじわじわと遅れ始めていた。

「約束通りのスケジュールで進めていただかないと、困ります」。ACCESSの開発担当課長である大城明子が眼光鋭く、きっぱりと言い放つ。回りくどい言い方をせず、ズバリと口に出すのが大城の身上だ。

NECによるiモードの試作ボード(写真:栗原克己)

NECによるiモードの試作ボード(写真:栗原克己)

向き合った技術者は思わず身をすくめた。NEC 第三パーソナルC&C事業本部 モバイルコミュニケーション事業部 第二基礎開発部 技術課長(当時)の西山耕平。数万人の社員を擁する巨大企業を代表する立場であっても、小さなベンチャー企業の苦言に対し、沈黙をもって答えるしかなかった。

ブラウザーを搭載する携帯電話機の試作が始まってから、はや3カ月。試作が予定通りのペースで進んでいないことに大城は苛立っていた。決して西山1人を責めるつもりはなかった。作業が滞っているのはNECだけではない。

「実は松下(現パナソニック)さんも遅れているんです」

こう西山に実際に告げられたら、少しは気が紛れたかもしれない。しかし、それはできない相談だった。大城は、ACCESSが松下通信工業と作業していると伝えることすら禁じられていた。ACCESSとNTTドコモとの守秘義務契約を自ら反故(ほご)にするわけにはいかない。

■1カ月の半分はACCESS通い

1997年11月中旬。NECの西山はACCESS本社に大城らを訪ねた。もう何度ACCESSに足を運んだか数知れない。西山は、1カ月の半分以上をACCESSとの打ち合わせに費やしていた。

松下通信工業が頭を悩ませたインターフェース仕様の策定に、西山らも骨を折った。画面への描画をつかさどるウインドウ・システムとブラウザーの間のインターフェース一つを取っても、どこまでをブラウザーに任せ、どこからはウインドウ・システムが担うのか、事細かに決める必要があった。そもそも、それまでの携帯電話機にはウインドウ・システムを使うという発想すらなかった。

従来は電話帳の編集などの目的で搭載していた文字編集機能や仮名・漢字変換機能を、ブラウザーと連動させる必要もあった。こうした細部にわたった仕様の取り決めは、大城らの焦りをよそに遅々として進まなかった。西山らがACCESS本社へ足を運ぶ頻度は、開発が進行するにつれてむしろ増えた。

仕様の策定は、まだ序の口だった。ソフトウエアの実装に入ると問題はなおさら噴出した。ブラウザーがNECの製品でないだけに、問題が発生した場合の対処も社内の人間を相手にするのと勝手が違う。電話では用が足りず、実際に会って話を進めざるを得なかった。

不慣れな開発スタイルも西山らを苦しめた。これまでは、組み込み機器向けのソフトウエアの開発にはICE(in-circuit emulator)を用いることが普通だった。ACCESSとの共同開発では、両者で並行して作業を進められるように、ICEの代わりにパソコン上で動くエミュレーターを使うことにした。西山の部隊の人間が1週間にわたってACCESSに常駐し、開発環境が安定して動作するようにシステムを整備した。

ところが、エミュレーター上で開発したソフトウエアが、実際のハードウエアで正常に動かない。原因をICEを使って検証するなど、かえって手間が増えてしまう場合も少なくなかった。ブラウザー以外のソフトウエアはICE上で開発を進めており、異なる環境で作られたソフトウエアがうまく連携しない問題にも直面した。障害が起こるたびに西山らは、指定されたスケジュールと現実の進捗状況のギャップに暗澹たる思いに駆られた。

■今、楽をするよりも…

冬の気配が感じられ始めたある晩、ACCESSの取締役副社長 研究開発担当の鎌田富久は自室に社内の担当者を集合させた。出席者はPDA(携帯情報端末)やカーナビ、携帯電話機など、あらゆる機器に共通するブラウザーの根幹を設計する技術者と、大城や開発実務担当者(当時)の笛木一正ら、携帯電話機への実装の担当者だった。

「実は相談があるんだ。Compact NetFront Browserを長く使えるアーキテクチャーにするために改良を加えたい。最新のノウハウをできるだけ詰め込みたいと思っているんだけど、どうかな」

鎌田の発言は、完全に参加者の意表を突いた。皆沈黙を保ったままだ。無理もないことだった。大城ら実装メンバーからしてみると、既に試作が始まっている段階で新たな改良を加えることは、できれば避けたいリスクだからだ。

「例えばね、将来的にJava(ジャバ)が携帯電話機に載る可能性があると思う。だったらプラグインを追加できる機能を今のうちに盛り込んだ方がいいんじゃないか」。鎌田はメンバーに対し、新たに盛り込みたいと考える機能を一つ一つ説明する。低速の通信回線において少しでも早くコンテンツを表示するため、HTML文書の読み込みと並行して構文解析を実行する機能や、移植を楽にするためにドライバーインターフェースを整理することなども提案した。

「試作が随分進んでいるのは分かっている。でも将来の機能拡張を容易にするには、今の段階で手を入れておいた方がいいと思う。実は僕のパソコンでプロトタイプが動いてるんだ。本当にできそうなんだよ」

鎌田はいずれのメンバーもギリギリのスケジュールで頑張っていることを知っている。これ以上、不安材料を増やすことは、短期的に見れば得策ではないかもしれない。鎌田にも迷いがあった。

「作業は既に遅れ気味です。新しい機能の追加なんて無理です」。大城が意を決して口にした。

当然のひと言に、鎌田は返す言葉を失った。部屋いっぱいに重苦しいムードが漂う。そのとき突然、1人の男が手を挙げて発言した。

「私は、今ならまだ改良の時間はあると思います」

ブラウザーの基盤設計を担当する加藤順一だった。彼の顔にも不安の色がうかがえた。それでも、一度言ったからには絶対やり遂げようとの気合いが表情ににじんでいる。鎌田は居並ぶメンバーを見渡した。連日の作業の疲れがたまっているはずなのに、誰の目も輝きを失っていなかった。

「うん、僕もそう思うんだ。やろうよ。今、楽をしないで、将来につながる道を選択しよう。責任は僕が取る」。加藤のひと言に肩を押され、鎌田は決断した。

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