ネット史に輝く金字塔、「iモード」生んだ運命の出会い
iモードと呼ばれる前(1)

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2015/4/17 6:30
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■「うさんくさいな」

会議の出席者全員に「小型情報機器向け Compact NetFront Browser」と題する鎌田のプレゼンテーション資料が配られた。全部で3ページのA4判のモノクロ資料である。

ページをめくると「HTMLを表示するブラウザー機能を非常に小さなメモリー空間で実現します…」といううたい文句が躍る。一瞥(いちべつ)した永田は心の中でつぶやく。「ケータイの画面にHTMLを表示するだと。随分うさんくさいのが来たな」。

鎌田は簡単なあいさつを済ませると、淡々とプレゼンテーションを始めた。「例えば、モノクロ画面で320ドット×240ドットとした場合、私どものWWWブラウザーのコード領域は180Kバイト程度になります」

プレゼンテーションに慣れた鎌田の物腰は柔らかく、歯切れもいい。しかし、鎌田の説明が進行するにつれて、永田の顔はどんどん険しくなっていく。じっと腕を組み、口を真一文字に結んで資料の文字を追う。

永田はうずうずしていた。「そんなに小さなメモリーにブラウザーが載るわけがない」と今にも口走りそうだった。鎌田の提示したメモリー容量は永田の常識を1ケタ下回っていたのである。

鎌田の弁舌はどんどん滑らかになっていく。「今回は携帯電話機への搭載ということですので、特別な拡張機能も用意しました。『phone to:スキーム』といいます。『phone to:03-XXXX-XXXX』とHTMLを記述すれば、いちいちダイヤル・ボタンを押さなくても、選択ボタンを押すだけで電話をかけられるようになります」

同席者から感嘆の声が漏れる。しかし永田の耳には入らない。そもそも、初めて会って「ウチの製品はこんなに良いモノなんですよ」と売り込む輩にろくな人間はいない。そう永田は常々思っていた。ましてやACCESSなんて、聞いたこともないベンチャー企業だ。

当時、家電業界ではACCESSは既に名を知られた会社だった。組み込み機器向けのWWWブラウザー「NetFront(ネットフロント)」を販売し、インターネット対応テレビやワープロ、PDAなどへの採用実績があった。一部ではインターネット家電の世界を実現する急先鋒の技術として高い評価を獲得していた。

当然、鎌田はこうした実績に触れながら説明を続けた。しかし、それが永田の心を動かすことはなかった。「他の機器で実績があったとしても、利用できるハードウエア資源が限られた携帯電話は別だ」という確固たる信念があった。鎌田が説明する夢のような技術仕様を、永田はにわかには信じられなかった。

■「本当に動くんですか?」

「私からの説明は以上です。何かご質問はありますか」

鎌田のプレゼンテーションが終わり、一同を沈黙が襲う。まだ永田は資料から目を離さない。一言一句を徹底的に精査していた。

NTTドコモ側の企画担当者が間を持たせるために何か言おうとした瞬間、突然堰(せき)を切ったように永田の口から質問があふれ出した。「どんなマイクロプロセッサーだとこれが動くんですか」

「…例えば(インテルの)x86系での動作を確認しています。他のプロセッサーへの移植もそれほど難しくないと考えています」

意表を突かれた鎌田を前に、永田は本領を発揮し始める。「鎌田さんがおっしゃる通り、 NetFrontがテレビやワープロで動いていることは分かりました。でも、携帯電話にはそんなに大きなメモリーは積めないんですよ。本当に動くんですか?」

もちろん鎌田は「動く」と答えるに決まっている。それでも永田は、この問いを口に出さずにはいられなかった。

永田は根っからのソフト屋を自認している。プログラムを小さく作るとか、メモリーが足りないといった話は感覚的に分かる。どんなに巧妙に飾り立てても、必ずウソは見破ってみせる。そんな気概が言葉の端々にみなぎった。

鎌田は一歩も譲らない。「はい、動きます。実際、私どもの会社では、NetFrontを小型化した製品の試作版が完成しつつあります。携帯電話での利用にも最適です」

■「こんな人がNTTにいたのか」

平然を装いながらも、鎌田は内心では永田が自分の話を信用していないことを十二分に感じていた。

鎌田が驚いたのは、永田から飛び出す質問がどれも鋭くポイントを突いていたことだ。HTMLのデータを圧縮するか否か、暗号化の方式、サーバー側に持たせる機能、クライアント側との処理の切り分けなど、これまで企画担当者との打ち合わせでは出てこなかった手ごわい質問が矢のように飛ぶ。鎌田は何食わぬ顔で受け答えしていたが、実は永田の質問をメモするのに必死だった。

「この人はできる。この人を説得できなければ、一歩も先には進めない」

鎌田は長期戦を覚悟した。

「うーん…。言葉で説明されていることはよく分かるんですが、どうしてもイメージとしてピンとこないんですよね」。こう言って黙った永田は、鎌田のことを不思議な人物だと感じ始めていた。「この人の自信はどこから来るんだろう。まるで技術が完成しているかのような話しぶりだ。もしかしたら本当に動くのか。まさか。そんなはずは絶対にない」。

永田は鎌田を徹底的に問い詰める作戦に出た。「例えばね、Webサイトにアクセスするということは、閲覧するだけじゃなくて、文字を入力する必要も出てきますよね。今の携帯電話機では電話帳に名前が入れば十分ですから、パソコンみたいに大容量の辞書が載っていません。ブラウザーを搭載するなら、辞書データだけで200Kから300Kバイトくらいにはなる。さらに仮名漢字変換の部分が40Kバイトか50Kバイトは必要になるでしょう。軽いとおっしゃるNetFrontですが、実装するためにはもっと軽くする必要が出てきます。それが本当に可能ですか」

「それともう一つ、ブラウザーのサイズをROM(読み出し専用メモリー)とRAM(書き換え可能なメモリー)に分けてもっと詳細に教えてください。どの機能にどれくらいメモリー領域が必要なのかが分からないと、何とも言えませんから」

永田は押し続けた。

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