2019年1月23日(水)

ネット史に輝く金字塔、「iモード」生んだ運命の出会い
iモードと呼ばれる前(1)

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2015/4/17 6:30
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日経エレクトロニクス

 いまやインターネットを利用する際に、最も身近な端末となったスマートフォン(スマホ)。そのスマホが、米Apple(アップル)の手によって2007年に初めて発売される約8年も前。携帯電話のインターネットサービスを世界に先駆けて事業化したのがNTTドコモの「iモード」である。「スマホの原型」とも言える、この日本発のサービスの普及は、予想をはるかに超えるペースで進み、1990年代の停滞した日本経済の中で、ひときわまばゆい光彩を放つ20世紀最後の大ヒットとなった。日経電子版創刊5周年企画「『ネット20年』その先へ」では今回から6回にわたり、iモードを事業化にこぎ着けるまでの技術者たちの奮闘を描いた開発物語「iモードと呼ばれる前」(日経エレクトロニクスが2002~2003年に掲載)をお届けする。

「iモード」開発の経緯を綴った自著「iモード事件」(角川書店)を、松永真理はこう書き出している。「いつのころからか、iモードの生みの親と呼ばれるようになった。そのたびに、首を傾げながら『私ひとりが生んだわけではありませんから』と訂正を入れる」。

「とらばーゆ」の編集長だった松永真理。ベンチャー企業の副社長から転じた夏野剛。そして、異色の人材を受け入れ、1つにまとめた榎啓一。 iモードを成功に導いた立役者として華々しく雑誌のグラビアを飾った人々がいる。

ユニークなビジネス・モデルを創造し、粒ぞろいのコンテンツを集めた彼らの功績は絶大だ。しかし、松永が指摘するように、彼らの奮闘は、物語の一面でしかない。目覚ましい成功の裏に、独創的なアイデアと型破りな人間性で困難に打ち勝った技術者の存在があったことは意外と知られていない。

まだiモードという名称も、サービスの枠組みさえもなかったころ、その原型となる技術を開発していたベンチャー企業の技術者がいた。このベンチャー企業の先進性を見抜いたのがNTTドコモの1人の技術者だった。この2人の出会いがなければ、iモードは存在しなかった。

………………………………………………………………………………

■1997年6月25日

「うわぁ」

男は、タクシーから降りた瞬間、むっとする熱気に思わず声を漏らした。1997年6月25日の午後1時過ぎ。東京都心の気温は30℃を超えていた。じっとりと暑苦しいこの日が、iモードの将来を方向付ける決定的な日になった。

「今日の相手だけは何とかして落としたい。大物を釣り上げてみせる」

ACCESS 取締役副社長 研究開発担当(当時)の鎌田富久氏(写真:栗原克己)

ACCESS 取締役副社長 研究開発担当(当時)の鎌田富久氏(写真:栗原克己)

男はこう自分に言い聞かせながら細身の背筋をピンと伸ばした。同僚とともに歩を進める先には、ずんぐりしたビルが周囲の建物を圧する威容を見せている。東京・虎ノ門の新日鉱ビル。がらんと広いホールにあるNTTドコモ本社の受付で、男は来意を告げ、2階の会議室へと急いだ。

同じ時、ビルの中ではもう一人の男が事務机に向かっていた。机の上には山と積まれた書類の束。

「そろそろ会議、始まりますよ」部下に声を掛けられ、男は腕時計に目をやる。

「分かった。先に行ってくれ」

ぶっきらぼうに答える男に、部下はその場を立ち去りながらこう言った。「企画の人間は10人以上出席するみたいですよ。ウチは僕らだけでいいんですかね」

企画サイドからは有望な技術のプレゼンテーションがあると聞かされている。それなりの待遇で応えなくてよいのかという部下の気遣いだ。

男は、眼鏡の奥から鋭い視線で部下をにらみつける。「どこの誰とも知れない人間に、全員が雁首そろえて会いに行くほどヒマじゃないだろ」

部下を追い払い、不機嫌そうに書類を片付けた。

男の機嫌が悪いのには理由があった。外部のコンサルタントが持ち込んでくる企画の会議がこのごろ急に増えていたからだ。「PDA(携帯情報端末)と携帯電話機を合体してインターネット・サービスを実現」。こういったたぐいの話に正直なところうんざりしていた。「どいつもこいつも、すぐPDAを開発したがる。どうせ今日の話も同じだろう」。そう考えると余計、会議に出ることが億劫(おっくう)に思えてきた。

「普通の携帯電話機がネット端末にならないとダメだ」。それが男のかねてからの持論だった。男には苦い経験があった。2年前にスイスのジュネーブで催された「Telecom95」で、NTTドコモはPDA型の携帯電話機を出展した。来場者の評判は芳しくなく、結局製品にならずに消えた。その開発責任者がこの男だった。

机上の手帳を手にすると、男は苛立ちを隠すように両頬をたたき、小走りで会議室に向かった。

■「この人が技術のキーマンか」

NTTドコモ 移動機技術部 主幹技師(当時)の永田清人氏

NTTドコモ 移動機技術部 主幹技師(当時)の永田清人氏

細身の男の一団はビルの2階でエレベーターを降り、あらかじめ告げられていた会議室を目指した。建物の一番奥に位置する大きな細長い部屋だ。

ドアをノックして中に入ると、既に部屋は10数名の人間で混み合っている。席に座って腕時計に目を走らせる。ちょうど約束の時間の午後1時30分。もうすべてのメンバーがそろったころだろうと踏んで、話を切り出そうとした時だった。

突然、1人の男が扉を開けて足早に駆け込んで来た。最前の苛立ちの表情は、きれいさっぱりぬぐい去られている。男が部屋に入るなり、同席者は立ち上がり波が引くように道を譲った。「きっと、この人がキーマンだな」。細身の男はこう直感した。名刺を差し出しながらあいさつする。「ACCESSの鎌田と申します」。手渡した名刺にこうある。「ACCESS 取締役副社長 研究開発担当 鎌田富久」。

もう一人の男は不敵な笑顔で名刺を取り出した。「NTTドコモ 移動機技術部 主幹技師 永田清人」。

iモードのひな型を築き上げた2人が初めて顔を合わせた瞬間だった。

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