「とりあえずIoT」は思考の怠惰 本質は人間の理解
みらいのトビラ(4)
――「IoT」という言葉が流行していますが、定義がすごく多様でなかなかとらえどころがありません。どのあたりの分野が儲かりそうなんでしょうか。
山本 IoTという言葉自体は過渡的なものだと思うんです。極論すれば、技術的な革新がもたらす、これから起こるであろう社会変容、変革を総称したものです。それこそ「Web2.0」や「ビッグデータ」と同じような印象で、できることをかなり包含した、キーワード的なものです。IoT単体がすごいとか、有望なIoT系ベンチャーに投資と言われても、「何がIoTやねん」という感じです。
では、何がIoTに帰着するかと言えば、例えば「自動運転」だったり、その自動運転を実現するインフラだったり、具体的なアプリケーションやプロダクトに落とし込まれていくわけですけど、現状では「とりあえず何でもIoTと言っておけ」というイメージになってしまっています。
そうではなく、無線での大容量通信や大規模データの運用といった技術革新を多いに活用して、何を重視すれば安全な社会にとって脅威にならないかというソフトウエアの問題や、人工知能(AI)の話に分化していくわけです。これから、全体の構造の最も重要なところを握るための企業間の"戦争"が起きるでしょうね。

山本 まだ全然固まっていない分野ではあるけれど、情報をたくさん扱える会社が頭一つ出たように見えるところはあります。例えば交通インフラであれば、「どういう形にしたときに渋滞が起きないか」「事故を減らすにはどうしたらいいか」といったアルゴリズム的な部分の実装が本格化すると、「大枠の処理自体は無線通信を使って統合されたコンピューターで演算するから、ローカルの端末は枯れた技術の実装だけでいい」という話になりやすくなります。
端末自体の技術進化は相対的に低迷することも考えられるぶん、エレクトロニクスをすっ飛ばした大競争になると思います。ここのところで儲かるように頑張らなければなりません。
そういう細かい部分を全体としてパッケージにして統合する、例えば「誰が道路の情報を規定するか」「クルマの流れをどう制御するのか」といった大掛かりなシステムでは、何兆円、何十兆円という市場規模になる、というところまではIoT関連のサービスやプロダクトの方向性として確実に言えると思います。ただ、「じゃあ、そのIoTがすごいんだね」と言われても、「それはただの概念ですし…」という話になってしまいます。

川口私はね、IoTという言葉が嫌いす。その理由は、IoTの話をするときに描かれる将来像に「思考が怠惰」なものが多いからです。その典型は、電力のスマートグリッドです。「地球環境に優しいと、とりあえず言っておけばいいや」ということが透けて見える。
私が思うIoTは、人間とマシンのハイブリッド化です。人間の脳を一つのセンサーとして組み込んだシステムという定義が一番ぴったりする。分かりやすい例では、あるベンチャー企業がキックスターターで出していたものに感心しました。レンタル自転車のユーザーに、脳波を測定する簡易的なヘッドギアを着けてもらう。それでGPS(全地球測位システム)と連動して、「クール」と思った場所は青くなって、「うざい」と思った場所は赤くなる程度ですが。
――人間の脳を「好き・嫌い」のセンサーに使うわけですね。
川口 このシステムが意味していることは深遠で、「なぜクールなのか」「なぜ退屈なのか」は気にしていない。答えは、「好きか、嫌いか」だけ。「その場所はちょっと高台になっていて見晴らしがいい」といった理屈は後からきます。
「怠惰な思考」では、その結果を「この場所は事故が多い」といった現世利益が分かりやすいところに結び付けがちです。その方が、予算がつきやすいからです。
これを実現しているシステムは、簡単なヘッドギアとGPSだけです。もし、最初から「事故」とかと結び付けようとしたら、本格的にドクターイエローみたいな専用車を走らせて、あらゆる情報を全部取得し分析、ということをやらなければならない。でも、そのベンチャー企業のシステムは、誰でも簡単なヘッドギアを着けてママチャリで走るだけでいい。
――その程度で、結構なことが分かるわけですね。
川口 そう。何となくクールじゃないですか。恐らく、こうしたシステムが使われ始めると、多くの技術者がさらに高度なシステムに高めていく。そこは1000人のうち999人に任せておけばいい。1000人に1人の好奇心を持った人は、そういうシステムの構造自体を思い付くんですよ。
人間やほかの生物の「ROI(投資対効果)」は、ものすごく高い。すごく練られたシステムで、そのうえ、理屈よりも答えが先に出てくる。その方が分かりやすい。
山本 「おっ、ここ、いいじゃん」と言いながらね。
川口 そう。「いいじゃん」ということを機械に判断させるのは、とてつもなく大変。だから、その部分は人間のいいところを取り出した方がいい。マシンアシストです。ママチャリの駆動系にはモーターアシストのハイブリッド機構が入ったわけだけど、ECU(エンジン・コントロール・ユニット)とドライバーの大脳もアシストハイブリッドというのが、一番楽です。
それをコンピューターで可視化された世界に引き出してこないと、お金にならない。でも、観光や行政の人たちが料理の仕方でお金に変える方法はたくさんある。だから、最高のIoTセンサー兼プロセッサー、スマートセンサーとして人間を使っているシステムが優れたシステムなんです。そういう世界を描いたうえで、謙虚に「そのカメラは何ができるんだろう」などと考えないと、傲慢になってしまう。必ずロードマップ至上主義に陥ります。
山本 今、そこに陥りそうになっているところがたくさんありますよ。
川口 放っておくと、999人の側に部長がいたりして自分を正当化するために思考が怠惰になって、「とりあえずこういうことを言っておきゃいいや」となってしまう。
だけど、本当にやらなければならないことは、さまざまな分野の境界領域が見えてきた今、世界観を構築して、その一側面としてIoTを捉えることです。IoTのようなバズワードがいろいろとある中で、それに対してメタな境界領域がかぶさってきたということをどう翻訳できるかが大切になっています。もちろん、絶対にリアルとバーチャルの界面にはメカトロニクスが発生します。リアルがすべて、仮想現実(VR)にならない限りは…。
山本 さまざまな分野の技術が融合した超実装部分ですよね。
川口 多くの技術者は、自分の専門分野が中心になる。それで、シーズアウトをやりたくてブラックボックスを作りたがるんです。それは自己正当化というような保護本能がなせるワザで、ほとんどはそこから思考の怠惰に陥ります。
山本 保身ですね。
――話題を変えますが、1000人に1人の人材を生かすには、やはりベンチャー企業に行くしかないということになりませんか。

山本いや、シーズアウトのシーズって、結局は知的好奇心から出てくるものです。「これが実現したらどうなるんだろう」とか、「今ある技術の組み合わせでこんなことができる、最高にクールじゃないか」とか。でも、ある会社の研究所に呼ばれて、いろいろ提案して欲しいというので、その前座として研究職の300人の方たちに「最近、何の論文を読みましたか」と聞いてみたんです。そうすれば、研究者たちの好奇心、興味が分かりますから。
それを自分でチェックしてみてくださいと話すわけです。例えば、「過去1カ月でも1年でもいいので、ご自身の専門分野外の、何本の論文を読んだか覚えていますか。本でもいいです。もしくは、どこかよく分からない場所に行って、いろいろな人と話す機会はどれくらいありましたか」という話ですね。
つまり、「これまでの自分の延長線上になかったことを、どれだけやったか」を一度指標化してみたらと提案したんです。この試みは結構フィットしました。会社としては、「研究者が何に刺激を感じているのか」を定量化して、少しでも訳の分からないことをしでかしそうな好奇心の強い研究者を見つけたい、ということです。
川口 結局、異分野の人にでも通用するような仮説を持とうとしたら、すごくメタな仮説になる。それを明示的に持っている方がいいんです。漠とした状態で、いきなり異分野の人と会っても得るものは少ない。
でも、例えば、「世の中なんでもハイブリッド化しているよね」という「ハイブリッド仮説」を持っていたら、異分野の人との対話で「この人が言っているのは、何だかハイブリッドの話だ」ということに気付くじゃないですか。
――アナロジーですね。
川口 自分が持っているアナロジーがしょぼいほど、遠く離れた分野では通用しなくなります。その意味では、できるだけメタな仮説を持っていた方がいい。それは自分で気付くに越したことはないけれど、本を読んだりして、自分の中で仮想化しておく必要があります。自分が得意な分野ではいろいろと具体例を挙げられるけれど、異分野では挙げられないということでは、ボキャブラリーが貧弱になってしまう。
山本 先ほどのヘッドギアもそうですけれど、人間自体が大いなるセンサーです。それを利用して人間の感覚や知覚をうまく組み合わせるような仕掛けをエレクトロニクスで実現していくと、取り組めることは膨大に出てくると思います。
その話をしても、最初は分かってもらえない。でも、エレクトロニクス業界でやっている「ユーザーインタフェース(UI)」や「ユーザーエクスペリエンス(UX)」も見方によっては、その仕組みの一つです。例えば、テレビであれば、視聴した映像コンテンツを視聴者が「クール」と思ったかどうか分かる仕組みを考えましょうとなる。例えばテレビを見ている人の脳波を計測して、「ああ、この人はテレビの前で眠そうだ」となれば、つまらないと思っているのかもしれない。いろいろなアプリケーションを考えられます。
それを担うのがエレクトロニクス業界だから、そう言うことを考えられる人を増やしましょう、という話をメーカーに提言してみたりするわけです。でも、エレクトロニクス業界の人たちは「会社から必要だと言われた機能を満たすようにモノをつくればいい」というところに完結している。
つまり、「私たちはテレビを作っています」という機能だけの話じゃなくて、人はなぜテレビをつけるのか、その機能に何を求めているのかが包括的に分からないと、テレビが電波に乗って降ってくるコンテンツを垂れ流したり、録画したコンテンツを表示するだけの機械になってしまう。そういう機能進化の軸と異なる他の機能と融合できるのだとしたら、もっと快適なモノをつくれますよね。企業はそこを怠ってるんじゃないか、と強く思うんです。
(聞き手:日経エレクトロニクス編集長 今井拓司)
[日経テクノロジーオンライン2015年3月16日付の記事を基に再構成]
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