ムーアの法則 考案者が語った長期継続の理由と未来
未来を創った男たち(1)

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2015/4/8 6:30
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■失敗したプロジェクトから多くを学んだ

――米Intelでの経歴の中で、エンジニアとして最も印象深いプロジェクトはどれですか。

インテル創業初期のムーア氏(左)と後にインテルの3代目CEOとなったアンドリュー・グローブ氏(右)

インテル創業初期のムーア氏(左)と後にインテルの3代目CEOとなったアンドリュー・グローブ氏(右)

ムーア 難しい質問です。初期のメモリープロジェクトや最初のマイクロプロセッサーが頭に浮かびます。Intelはこれらの製品によって半導体業界に本格的に参入し、これらのプロジェクトについては私も後のプロジェクトよりも密接に関わりました。人目は引いたもののうまくいかなかった、つまり大きなステップを踏み出すことになると思ったが、その方向性が間違ってしまったプロジェクトもいくつかあります。どうも、うまくいかなかったものの方をよく覚えているようです。

――プロジェクトの具体的な名称をいくつか挙げてください。

ムーア 「432」と呼ばれるプロジェクトがありました。これは「8080」がマイクロプロセッサーとして人気を集め出した、1970年代半ばに私が開始したプロジェクトです。エンジニアのグループを集め、互換性などに気を使わなくてもいいよう、基本に戻ったプロジェクトを提案しました。

この結果として、コンピューターサイエンスの研究者たちのアイデアをすべて盛り込んだ、非常に先進的なマイクロプロセッサーを開発できました。しかし独自のソフトウエアを必要とするという点で、ミニコンピューターが採用した開発モデルを繰り返したものでもありました。

このタイプのプロジェクトは、当初の予想よりも長期化することがよくあります。プロジェクトが完了した段階ではすべての機能を持たせたために処理速度が犠牲となり、8080上でのエミュレーションと変わらないほど遅いマイクロプロセッサーとなっていました。ターゲットが間違っており、ミニコンピューターのモデルを採用したことも間違いであり、完成は遅すぎました。新しい機能をすべて備えていたため、世界中のコンピューターサイエンスの授業で使われる教材としては成功しましたが、製品化という点からは大きな失敗でした。

――つまり、432プロジェクトからも多くのことを学んだとおっしゃりたいのですか。

ムーア その通りです。「オブジェクトオリエンテッド」なマイクロプロセッサーでした。言語にはAdaを使用し、透過的なマルチプロセシングを行いました。当時としては早すぎた数々の機能を備えていましたが、目指したビジネスモデルとしては時代に後れていました。結果的には失敗でしたが、興味深いプロジェクトでした。

――「8086」についてはどうですか。

ムーア これは8ビット・アーキテクチャーの延長線上にあるもので、市場から明らかに求められていたものでもあります。「432」という急進的なアプローチではギャップを埋めることはできず、従って8086が必要でした。これは当初予想していたよりもはるかに大きな成功を収めました。特に、米IBMが最初のPC(パソコン)に8ビット・バス・バージョンの8088を採用したことが重要でした。従って、これは我々にとって非常に重要な製品でした。

――最初のマイクロプロセッサーである「4004」についてはどうですか。

ムーア 4004は最初のマイクロプロセッサーであり、歴史的にも極めて重要なものです。この歴史については、既によくご存じのことと思います。このマイクロプロセッサーに関してはビジコンとの共同作業でした。同社は一連の電卓を作りたいと考えていました。多数のカスタム回路を設計して持っており、その製造に関してIntelにアプローチしました。

当時、Intelはまだ小さな会社であり、多数の複雑な回路に対応するだけの数のエンジニアがいませんでした。エンジニアの1人、Ted Hoff氏がそれを見て、汎用のコンピューターアーキテクチャー1つでまかなえると言いました。またこの汎用アーキテクチャーは、当時作っていたメモリー回路よりもそれほど複雑なものではない、とも彼は考えました。

Intelにとって幸いなことに、ビジコンは我々の提案を受け入れ、自社の設計をあきらめて、電卓ではなくマイクロプロセッサーをベースとすることにしました。4004はこうして生まれました。

――(4004の共同開発者の一人である)嶋正利さんを覚えていますか。

ムーア もちろんよく覚えています。嶋さんは当初ビジコンに勤めており、同社の製品開発にあたる主要なエンジニアの1人としてIntelに来ました。

――まだ連絡を取り合っていますか。

ムーア 一昨年(2003年)「C&C賞」を受賞するため日本に行きましたが、そのときに短時間ですが会いました。

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