任天堂・岩田聡社長激白、「時が来た」
DeNAとの業務・資本提携の真相
なぜ、今なのか。なぜ、DeNAなのか。任天堂の岩田聡社長が日経ビジネスの単独インタビューに応じ、会見では輪郭しか見えてこなかった提携の背景や狙いを存分に語った。
――家庭用のゲーム専用機(コンソール)業界の雄である任天堂が、ソーシャルゲーム業界のDeNAと手を組むという意外性に、世間は驚きました。
岩田:まあ、世の中的にはあまり縁がないと思われていたでしょうね。価値観が非常に違って、合わないのではないかと思われがちな組み合わせで意外でしょうし、岩田はあんなにスマートデバイス向けゲームを「やらない」と言っていたのにやるのか、ということもそうでしょうし。いろいろな観点で世の中の人たちが、このタイミングで、こういう形で、こうきたかと、そんな発表だったのかなと思います。
「問題が解決しないまま出ていくのは無責任」
――まずお伺いしたいのは、まさに「なぜ今なのか」というタイミングの話です。会見でも「遅すぎるのではないか」という質問が出ていました。

岩田:この数年で、環境が大きく変わりました。お客さんと社会との接点として、かつてはテレビが一番効果的な手段でしたが、世代によってはスマートデバイスが一番効果的になったりしたわけですよね。私たちは、より多くの方々に我々が作ったものを楽しんでいただけたらいいなと思っているので、これだけの変化があった時、当然、スマートデバイスの活用というのも考えるわけです。
ただ一方で、スマートデバイスってやり方を間違えると、非常に大きなリスクを抱えることにもなる。
我々が慎重な姿勢を崩さなかったのも、その問題が解決しないまま出ていくのは、まったくもって無責任だと思ったからです。30年かけて積み上げてきた知的財産権(IP)の価値を毀損してどうすると思っていましたから。
ですが、IPの価値を毀損せず、かつ、お客様と折り合いがつく形で、ようやく我々のよい面を受け入れていただける時が来た、と思っているんですね。「遅すぎる」というご指摘がありましたけど、私は、いや、実は時が来たんだ、と。遅すぎたかどうかは、たぶん後世の人がご判断なされることなんだろうなと思います。
――2010年頃からソーシャルゲームはものすごい勢いで急成長を遂げましたが、青少年が何万円もつぎ込んでしまう「射幸性」が問題視され、2012年から失速していきました。代わりに、広く浅く、緩やかな課金を得るタイプのゲームアプリが台頭し、今に至ります。そうした環境の変化も大きな要因だと。
岩田:そうですね。子供さんに安心して遊んでいただくことを考えると、これまでのスマートデバイス向けゲームには、いくつかの課題があったことは事実です。それから、非常に少数の割合の方から、ものすごく高い課金をしてもらうというビジネスモデルは、実は世界全体では日本をはじめとするごく一部の国でしか機能していない。
一方で、同じ「(無料で始められ、後から追加課金をする)フリー・トゥ・スタート」のゲームでも、リーズナブルな範囲であれば海外でも受け入れられる土壌ができてきました。ゲームの形態も、スマートデバイスの進化に伴って「ウェブベース(ブラウザゲーム)」から「アプリ」へと移行し、触り心地であるとか、クオリティーという部分で、我々の強みが発揮できるような状況になってきました。
それから我々は、自分たちが決して強みとしていない部分を補ってくれる、補完関係のあるパートナーも得ることができました。
「焦っても絶対の勝算にはならない」
――それが、DeNAだったと。一見、水と油、相反するように見えるが、それだけ補完関係にあるというということですね。
岩田:よく、どんな会社さんも協業する時は「シナジーを」「相乗効果を」とおっしゃるんですけれど、いやこれ、強みが重なっているんですけど、どうするんですか、という事例もすごく多いですよね。しかし、任天堂とDeNAさんは、本当にお互いの強みが違う。
2社のこれまでの道のりは、当然違うわけですけれども、ただ、その結果、別々の強みが鍛えられた。手を組むことで、自分たちだけではできないことができるという意味で、非常に面白い組み合わせが実現したなという手応えを感じているところです。
――これまで任天堂は、ある部分では、はてなといったネット企業の力も借りながら、基本的には自社でネットワークサービスの構築や運営をこなしてきました。

岩田:確かに、この何年か、ネットワークサービスでいろいろなことにトライしてきました。必ずしもその全部が成功したわけではないですけれど、ただ、そこからすごく多くのことを学ぶことができた。
昔なら「何が肝か」さえ分かっていなかったけれども、今は何が肝で、これが大事なんだということが分かるようになってきたんです。ネットワークサービスという観点で、自分たちは今、世界どのレベルにいて、ここは自分たちでできるけれども、ここは自分たちだけでは世界最高水準にはならない、ということが分かるようになった。
あんなに競争の激しい(スマートデバイス向けの)世界に出ていく以上は、やっぱり、それなりの勝算が必要です。その勝算を持てる材料がそろった時に初めて、任天堂のIPを投じ、お客様と関係を築き、ゆくゆくは我々のゲーム専用機も含めた任天堂のゲームコンテンツで遊んでくれる人の総数を増やすことができる。
焦っても絶対の勝算にはならないわけで、やる以上は結果を出したい。自分たちの中でやっていいこととやってはいけないことの整理がつき、自分たちでやれることと他社さんの力を借りるべきことの整理もつき、そのための協力体制もできた。つまり、勝算を持てる材料が全部そろった。それが今、ということですね。
2010年6月、最初の出会い
――なるほど。いきなり核心部分に触れましたが、ここで改めて、経緯をお伺いしたいと思います。DeNAの守安功社長との最初の出会いは2010年6月ということですが、どんなお話があったのですか。
岩田:2010年6月の守安さんのお話は、「モバゲー」に任天堂のIPを貸してくださいという、我々が首を絶対に縦に振れないタイプのお話から始まっているわけです。
でも、その時はDeNAさんだけではなく、いろいろなところからそういうお話をいただいていましたし、我々は自分たちのIPを自分たちのハードのために使うつもりだから、それにはお応えできないですよ、と皆さんにお断りをしていました。
ただ、守安さんはその後も「会いに行ってもいいですか」と定期的にコンタクトをくださり、お話をする機会がありました。そういう状況の中でDeNAさんを取り巻く環境が変わって、任天堂と組むことの意義というものを、より幅広く考えていただけるようになりました。
前提が「モバゲー」プラットフォームへの任天堂IPの供給ではなく、「僕たちの技術や得意分野を使ってもらって、何か一緒にできることがあればどうですか」と変わっていったんですね。
――岩田さんは会見で、「黒子になってもいいと言ってくれたことが大きかった」と話していました。最初は、勢いのあるプラットフォーマーからの提案が、後に、変質した。2012年に行き過ぎたソーシャルゲームが問題視され、そこから市場が冷え込んでいったことが、DeNAの姿勢が変わる大きな要因となったということでしょうか。
岩田:それは守安さんに取材していただかないと分からないことなんですけれども……。ただ、任天堂と組むことにこれだけの優先度を置いていただけるというのは、要素としては2つあると思っています。1つは、今おっしゃったような時代の変化。もう1つは、DeNAさんも実際にグローバル展開をされた中で、(マリオやポケモンといった)知名度の高いIPの価値を再評価されたことが大きいのではないかなと思います。
我々はこの30年間、IPによる収益を短期的に最大化させるというより、傷を付けずに育てていくことを丁寧にやってきました。幸運にも恵まれ、自分たちの努力が合わさった結果、IPの価値を積み上げ、維持できている自負があります。そのおかげで、任天堂IPのライブラリーは世界一豊富だと言っていただけているわけです。
同時期に自社株買い、「まさに偶然のご縁」
――お話を伺っていると、スマートデバイス市場に挑戦するための様々な要素がそろったのには、運や偶然性も絡んでいると感じます。

岩田:そうなんです。ある種の同時性が生まれて、それでパズルのピースがぴたぴたとはまるように任天堂の今の課題が解決できて、まさに複数の問題が一度に解決していくという感覚が、特に昨年の夏から秋にかけてありまして。
一昨年くらいから、幅広いテーマで話し合いましょう、という協議は始まっていたんです。なんですけれども、このテーマとこのテーマでこういうふうな協業関係にしていったらどうだろうという話が昨年の半ば以降、一気にどんどん具体化して、お互いのパズルのピースがはまっていくような感覚がありました。
もう1つ言うと、前社長の山内(溥)が2013年に亡くなり、その後、ご遺族の相続があって、任天堂は自社株買いをしたんですね。
一般的に企業が10%を超える自社株を長期にわたって持ち続けるというのは、あまり投資家の皆様からは評価されにくいのですが、私は「ちょうどゲーム業界に大きな変わり目が来ており、任天堂もいろいろな提携があり得ると思うので、この変わり目の期間、少し時間の猶予をいただいて自社株を持たせてほしいんです」ということを決算説明会で申し上げたことがありまして。
その頃から資本提携も含めた協業もあり得るんだろうなと思っていました。当時、まだ具体的にDeNAさんの名前が挙がっていたわけではないですけれど、ようやく今回、1つの事例につなげることができました。
――たまたま同時期に、DeNAも市場に分散した自社株を買い集めていましたよね。
岩田:そうなんですよね。これはまさに偶然のご縁なんでしょうね。
――なぜ、相手がDeNAなのか、という問いの答えですが、論理的に説明がつく部分以外の要素もあったと。会見では「なぜDeNAなのか」という質問に、「情熱」ともおっしゃっていました。

岩田:もちろんある一定レベルでは、強みが重なっておらず、補い合えるというロジックの部分はあります。でも、それだけだと1つにならないんですよ。先方が何度かうちにアタックされて、いいお返事ができなくても、それでも何度もアプローチしていただいていた。
その情熱はどこから来るのかというと、当社に対してリスペクトを持ってくださっていたり、一緒にやれたら大きく変わるという彼らなりの夢があったからなんですね。逆に、私たちがDeNAのトップレベルのエンジニアの方々とお付き合いをすると、「この人たちはやっぱりすごいな」と思うわけです。お互いが相手の強みの部分をちゃんと尊敬できた。そのことも、提携に至った大きな要素だと思います。
――企業文化・風土という観点で、両社の共通項を探してみると、「子どもを守る」ことに対する強い姿勢があるのかなと思います。例えば創業者で取締役の南場智子氏は、モバゲーが青少年の援助交際の温床になっていることが分かると社内で激怒し、「何億円、損してもいいから、絶対に被害児童をゼロにしろ」と対策を矢継ぎ早に打ちました。
岩田:実は2010年6月に最初に守安さんとお会いした時は、南場さんも一緒に来られているんですね。
ちょうど、そのお話(青少年対策)の説明を南場さんがしてくださいました。問題が起きて、うちはこういう対策をしたんですと。そのためにこういう部隊をそろえ、ユーザー同士のメールに個人情報が含まれていないか、全件チェックの体制を整えたと。
女性としてのメンタリティーもあるのでしょうが、それは、本気で思っている人の迫力がありました。そのときの迫力を、私はすごくよく覚えています。
――そういったエピソードも、お互いを理解するための後押しとなった、ということでしょうか。
岩田:そうですね。世間一般の人たちが何となく見ているイメージとは違うDeNAさんという会社に対する理解というのは、お会いすればするほど、「ああ、任天堂とここは同じだな」「任天堂に近い面があるな」というふうに、深まっていったような気がします。
では今後、任天堂は何をしようとしているのか。協業の対象であるスマートデバイス向けゲームアプリについて、どんなゲームを目指しているのか。さらに、17日の会見で明らかにした開発中の次世代ゲーム専用機「NX」も含め、ゲーム専用機とスマートデバイスの関係性をどう考えているのか。3月23日付の日経ビジネスオンラインの記事「任天堂・岩田聡社長、DeNAとの業務・資本提携に至ったすべて(後編)」(http://nkbp.jp/1Lzyvrb)では、今後のことも含めた具体的な施策や考え方を岩田社長が語っている。
(聞き手は日経ビジネス 井上理)
[日経ビジネスオンライン2015年3月20日付の記事を基に再構成]