「くず餅」東と西で別モノ?(謎解きクルーズ)
奈良・吉野が本家 原料、良質で豊富 関東は葛使わず小麦発酵し製造
黒蜜ときな粉をかけて食べる「くず餅」。関東出身の私が親しんだのは、ひし形に切った白っぽい餅だ。一方、関西は透き通った外観で、食べると、つるんとしていて食感も異なる。西と東で同じ名前なのに、違うのはどうしてだろうか。
関西でよく見かけるのは葛粉から作る「葛餅」だ。1870年創業の井上天極堂(奈良県御所市)に作り方を聞くと「葛粉に砂糖と水を加え、火にかけてよく練っていくと、透明になりとろみがつく」(岡本富美子さん)。

葛粉の原料となるクズはマメ科の多年草で、全国の森に広く分布している。奈良県吉野産は特に良質だとされ、同地域で加工した粉は「吉野葛」として知られる。
森野吉野葛本舗(宇陀市)は16世紀中ごろから葛粉を製造する。同社の森野てる子さんは「昔は庶民も家で作っていたのでは」と推測する。吉野地方には葛切りや葛湯といったクズを使った料理がたくさんあるからだ。
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一方、関東のくず餅は小麦を乳酸菌で発酵させた小麦でんぷんで作る。1805年創業の船橋屋(東京・江東)は代表的なメーカーだ。青木優海さんによると「小麦の配合や発酵期間は店によって異なるが、当社は450日かける」と作り方を説明する。

独特の発酵臭や酸味を除くため、何度も水洗いした小麦でんぷんに湯を加え、蒸して作る。独特の食感は発酵という工程があってこそだ。和菓子唯一の発酵食品ともいわれるという。
製法の違いは分かったが、葛を使っていないのになぜ「くず餅」という名前がついたのだろうか。

同社がある東京都の東部などはかつて下総国葛飾郡と呼ばれた。良質な小麦の産地であることを生かし、庶民の菓子として作られた。青木さんによると、地名から「葛餅」としたものの、関西に同じ名称の菓子があり紛らわしいので「くず餅」や「久寿餅」の表記にしたという。
江戸時代に洪水で水に漬かった小麦を食べる工夫がルーツという説もある。池上池田屋(東京・大田)は発酵した小麦を水で洗って火を通す調理法で作り始めた。教えたのは焼酎の発酵技術を持つ九州出身の旅人だった。
同店の池田健二さんによると、近くの池上本門寺に関係がある久遠寺にちなんで「久遠餅」と名付けたが、見よう見まねで書き写したら「久寿」に変わり「くず餅」として定着したという。

残っている資料が少なく、発祥には諸説ある。ただ東西の「くず餅」の起源が全く異なるのは間違いなさそうだ。小麦でんぷんで作るくず餅は東京を中心とした地域に限定され、全国的には葛粉を使ったくず餅のほうが多い。
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近年、葛粉のみで作る店は少ない。時間がたっても食感を維持できるようゲル化剤を含ませたり、サツマイモから作るかんしょでんぷんを使ったりする商品も目立つ。
葛粉が高価なのは、クズの採取や加工に手間がかかるからだ。クズは栽培に向かないため、今でも大半は天然ものを採取する。根をつぶし、水で洗って不純物を取り除き、下に沈殿したでんぷんを取り出し、日陰干しで乾燥させるという工程が必要だ。
井上天極堂の岡本さんは「本来のもちっと感はゲル化剤では再現できない」と話す。今度葛餅を買うときは、原材料を確認して、葛粉100%のものを味わってみよう。
(大阪経済部 宗像藍子)