日本メーカーの存亡 突破口は「好奇心資本主義」
みらいのトビラ(3)
山本 最近、メカトロニクス系の会社さんに呼ばれて、「これからどうしたらいいんでしょう」と聞かれることがよくあります。でも、そう言われると「いや、あなたはどういう人生を送ってきたんですか」と聞き返さざるを得ないのです。
「あなたはこれまでの人生の中で、どういう多様性を見てきましたか。それに対して、どういう感情を抱きましたか」と。「その過程でどういう危機感を持っていて、どう生き残りたいですか。それを今からお話しするのだと思いますが、自分の中で落とし込みができていますか」という所まで話をします。
相談していただく人たちの悩みは「今、自分たちがどういう商品を前に立てていくべきか分からない」ということです。例えば、テレビメーカーであれば、「テレビは単なる映像受信機ではなく、コミュニケーションのツールの一つでもあります。みなさんは、映像を使ってどういうコミュニケーションを取ろうと思っていて、そのために必要なテレビはどんなものですか。ユーザーにとって、必要とされるであろうテレビの機能に落とし込んでいますか」という話をします。
でも、そういう対話の中でハードウエア企業は、「ある道具の特定の機能面だけを切り取って、その機能を生かすためにものづくりをしている」と感じます。そこから脱却しようとしない印象が強いんです。

――なるほど。
山本 既に出来上がった特定の世界観にずっと浸っていて、ほかの世界に興味がない。そういうイメージです。何となく、エレクトロニクス系やメカトロニクス系の会社ではテクノロジーに興味を抱いていない人が多い気がします。特にマネジメント層で。
別に「スマホ時代にガラケーを使っているからいかん」というようなレベルの話ではなくて、「人としてのアンテナを高くして情報を得て、それを咀嚼して」という部分に無頓着な人が結構います。
――それは昔ながらの大企業の部長さんとか、そういうイメージですか。
山本 「そんなにぬるい感じでしたっけ」と思うんです。もうちょっと、みなさんハキハキと考えて、新興国に行けと言われたら明日にでも飛んでいっちゃう感じではなかったでしたっけ。 どこかの大学に新技術の情報があったら、即アポで訪問する人たちだったはずなのに…。
川口 企業が人材をリクルートする際に最も大変で、採用後にトレーニングできないことが一つあります。それは「好奇心」です。だから、面接試験で一番見抜かなければならないのは、「この人は本当に好奇心がある人なのか」ということです。もともと好奇心がない人は、どんなに叩いても出てこない。
インテリジェントな仕事では1人で千人力のことができるわけだから、そういう意味ではものすごく乱暴な言い方をすると、1000人に1人の好奇心がある人をどれだけ捕まえられるかに企業の存亡が懸かっています。「好奇心資本主義」のような感じです。

山本 ああ、それは分かります。
川口 世の中では身の回りの力仕事に関する省力化が進んでいて、技術で解決していくことがどんどんなくなってしまった。最後の省力化が電気自動車で、さらに進んで自動運転車やパワードスーツだと。楽をしたいという要望に応える取り組みですね。これとは別に「長生きしたい」という欲求に向けた取り組みの方向性もあって、それはメカトロよりはライフサイエンスが担っていく領域でしょう。
もう一つ、人間には「コミュニケーションしたい」という欲求があります。相手に対する興味だったり、世界はどういう仕組みでできているのかと思ったりすることです。これが先ほどの好奇心の話とつながります。
例えば、山本さんの好奇心は、専門知識とは全然違うレイヤーでメタレベルに何かを理解して、そのアナロジーから何かを類推することでしょう。 つまり、多くのアナロジーの引き出しを持っていて、何かを見たときに「これはあれと同じことが起きている」と感じる能力です。
全く異なる話題から何かを類推できるかどうかがイノベーションの大きな部分で、ほかの人と同じものを見たときに「あっ」と思えるかどうかが大事です。例えば、「このアナロジーを、このデバイスの開発に使おう」と。もちろん、デバイス開発の場合は、ある程度専門性の土俵が必要でしょう。
山本 そうじゃないといけないですよね。
好奇心ある人を見つけるしかない

川口 このアナロジージャンプの作業が最も高い付加価値を生み出すインテリジェントな仕事で、日本はそのステージで戦わなければならない国になっています。これだけ高給をもらって、平均年齢が40代後半という世界でも最も年寄りの国ですから。
それに見合った対価を得ようとしたら、優れたアウトプットを出さなければなりません。そのためには、好奇心を持つ人が1000人に1人で、残り999人は平凡でもいいというマネジメントをする必要がある。好奇心のある人と同じ水準を全員に求めること自体がエネルギーの無駄遣いで、既にタレントマネジメントの世界に入っていると思います。
――先ほどの山本さんの話を聞くと、どちらかと言えば好奇心のない人がマネジメントをしている印象なんでしょうか。
川口 マネジメントを担う人は自分に好奇心がなくても、少なくともその構造に気がついて、「俺の役目は好奇心があるやつを見つけて、そいつの才能を引き出すことだ」くらいに割り切る必要がある。
サービス産業化が進むと知的作業の価値が上がるので、そうなってしまいます。先ほど山本さんが話していたチャレンジしないという話題は、突き詰めると興味がないということになる。「思考の怠惰」です。新しいことや、違う分野から何か自分に役に立つものを学ぼうとする気がないということにつながっています。
――好奇心はトレーニングできないということでしたが、どうしようもないのでしょうか。
川口 だから見つけるしかないんです、好奇心のある人を。採用を担当する人は、神輿を担ぐつもりで好奇心がある人を見抜いていく必要がある。
山本 もうそれに尽きますね。ベンチャー企業が大手、中堅の企業と比べて優れている点は、結局、自分の好奇心をスピーディーに具現化しようとする力だけなんですよ。
でも、9割くらいはインチキなんです。好奇心から出てきた10のアイデアのうち「当たり」は多くて二つか、三つ。さらに実現できるのは半分ぐらいで、全体として10個に1個しか着地しない。そういう意味でのインチキですね。だいたい「これは、はずれだ」と、途中でみんなが気付くんです。
そのときに「ピボット(回避)」できるかどうか。できる人は、「これがダメなら、次はこれに興味があるのでこっちをやる」と方向を変えられる。でも、だいたいの場合はできないんです。
――できないとダメになってしまうと。
山本 たまたま若い人たちと交流する機会がありました。最近は、ベンチャー企業を最初から選ぶ人が結構いるんです。でも、その中で本当に先頭に立って引っ張っていくやつって、技術者であれ、経営者であれ、限られています。
そういうキーパーソンが現状の取り組みに飽きて、別のことに興味があると言ったときに、ついて行く人がいるかいないかが重要だと思います。だって、全体が見渡せているキーパーソンが飽きたということは、どうせはずれだということですから。
――そこでピボットして別の方向に進んだ方がいいわけですね。
山本 そうですね。「俺は当初はこっちがすごくいいと思っていました。でも、試行錯誤した結果、狙いがうまくいかなかったので、いままで取り組んできたものは損切りして、新しい技術や事業へピボットします」。これはオーケーです。
川口 ベンチャー企業というのは、新しい発明、新しい権利を何かの応用につなげるシーズアウトの世界です。それは割とオーソドックスなやり方でしょう。核融合発電のような話と同じで、シーズアウトをショットガンで撃てばいい。「千に三つ」の世界ですから。
でも、大企業がやっているほとんどの研究や開発業務では、担当者がお客さんに興味があるかないかが大切なんです。それをベンチャー企業と同じシーズアウト型のものだと勘違いしてしまいがちです。
例えば、コンピューターの研究開発をしている人がいるとします。もし、その人が「私はコンピューターの研究をしているのであって、銀行の勘定系の仕組みには興味がありません」と言ったらどうでしょう。もう、その人には救いがないですよ。
もちろん、コンピューターの技術や学術関連では学会があって、ロードマップがある。そういう専門的知識を知ることは必要条件だけれども、仕事としては十分条件ではない。
十分条件としては、端的に言えば「銀行に関連する勉強会に参加するつもりがあるかどうか」「銀行関係者だけが集まっている会合ってどんなことを話しているのだろうと好奇心を抱くかどうか」ということです。
山本 本当にそうですよね。

別分野をメタレベルで理解
川口 「原宿にイノベーションラボをつくりました」というような、メーカーの取り組みもあります。そこにも勘違いがありますよね。
だって、お客さん側ではお客さんなりに同じことを調べたり、研究したりしているわけです。社会科学系や人文科学系のアプローチでメタレベルのトレンドを調べている。それをやっている人たちは、ある意味、その会社の中で貴族なんです。モノをつくったり、セールスしたりしなくてよくて、メタなことを考えるのが役目なわけだから。
メーカー側は、専門分野のロードマップで稼げる時期が終わりつつある。だから、いきなりお客さんのフィールドに行ってみようとラボをつくるわけです。でも、結局は何も得るものがない。目では見えても脳には見えない。分からないのです。
――なぜ、分からないのですか。
川口 それは、メタレベルのことに興味がないからでしょうね。言語やプロトコルが違うので、相手の言っていることが理解できないんです。
逆に言えば、例えば銀行の勘定系システムの話を、銀行の枠を取り払って話し合おうというような取り組みを銀行側でも当然やっている。では、その人たちが人工知能にすごく興味があるかといえば、たぶんないです。財務省が次に何をやろうとしているかに興味はあっても。
本来、メタレベルのことをやる誇り、つまり少しでも何か自分の研究や開発に絡めていくことの幸せというのは、別の分野のことをメタレベルで理解することにある。メタレベルで話すことで、異分野の相手とも対話して情報を共有できるようになるわけです。
自然科学の学問の世界だけでもそうでしょう。 ある専門分野の内輪話はほかの専門分野とは共有できない。でも、物理や数学のような、よりメタレベルの学問に引き上げれば、話を共有できるようになります。さらに範囲を広げれば、メタレベルの学問は心理学や哲学、情報学のようなものになるかもしれない。お互いの専門分野がそうならない限り、ずっと内輪話で終わってしまいますよね。
異業種交流で何とかしましょうという話も最近よく聞くけれど、化粧品と自動車、エレクトロニクスの会社で開発をやっている人が漠然と集まって、ただ話をしても何も得ることはありません。でも、体系的にメタレベルに理解しようという好奇心があれば、一定の部分は共有できるし、新しいものが生まれてくる可能性がある。
――大企業にいる技術者も、やるべきことはまだ残っているということですね。
川口 そう。たくさんあります。
――好奇心のある1000人に1人の人を大企業は生かせていない。どうすればいいんでしょう。
川口 好奇心が強い人は、たいてい「変な人」であることが多いです。でも、そういうタレントをマネジメントするようにしないと、これから人材の流動性が上がったときに大切な人を逃してしまいますよ。
(聞き手:日経エレクトロニクス編集長 今井拓司)
[日経テクノロジーオンライン2015年3月11日付の記事を基に再構成]
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