小手先の技術一掃する「ウルトラ発明」の破壊力
みらいのトビラ(2)
――日経エレクトロニクスは2015年2月号で、核融合発電を特集しました。そういう夢の技術系って、どう思いますか。
川口 本当にできたら、ケタが違う。まさに、ちゃぶ台返し。あまりにもケタが違うので、未来を予測しようがないです。

山本 超ブレークスルーです。
川口 昔から言われている「ウルトラ発明」なので、いつやってくるか分からない。
山本 例えば、投資家として何か技術投資をするとします。ある大学である技術が開発された。それに投資する際には「その技術を何に使うんだ」という話になります。
技術単体で製品化まで漕ぎ着けられることは少ない。そういう場合は、当たり前ですが製品化するためにだいたいほかの技術と組み合わせます。世の中に存在する「ある体系」の技術に基づく製品群を、その大学の新技術で置き換えられるだろうか、という検討をします。
例えば、エンジンの推力を高められる技術が開発されたとしましょう。その技術を何かの制御系に組み込んだときに、ほかの技術によって成立しているギアの部分で変換効率が悪くなる。では、そのギアの構造を工夫して新技術を開発し、エネルギーロスを減らしましょう。こういうような検討をします。「少ないエネルギーでより良いパフォーマンスを引き出すため」という方向で、現在は技術が評価されることが多いわけです。電池しかり、動力しかり。この議論は「エネルギーは有限だ」というコスト意識が前提になっている。でも、核融合が実用化したら、こういう議論は全くいらなくなるわけです。
川口 全部、ガラガラポンです。
山本 エネルギー効率なんかどうでもいい話になる。今、研究者が取り組んでいるほとんどの技術開発は一掃されてしまいます。トランプの大富豪で言えば、「2」を出されて場が流れちゃう。
川口 最近は、「プロバイオティクスで腸内環境を整える」というような話が多いですよね。人間本来の免疫を高めようという流れです。でも、「免疫を高める」ということ自体は、赤ひげ先生が言っていたような昔からある話ですよね。
もちろん、人工的にやろうとなると「鍛えた菌で腸内環境を整える」というような話になってくる。それを開発するプロセスでIT(情報技術)を使ったり、人工知能(AI)を使ったりするのかもしれないけれど、結局は昔からの議論の枠内から出てはいない。結局、やはり複雑系というか、自然界の法則にはかなわない。

山本 例えば、「口内環境」ってありますよね。一人ひとりは、固有の口内環境を脈々と持っています。それを後から改善するために薬物を投与したりしても、結局は時間が経過するとかなりの割合で元に戻ります。食べるものだけではなく、一人ひとりの粘膜の形質、つまり凹凸が特定の大きさの細菌が棲みやすいように合致するようになっている。凹みに合った細菌は隠れて、薬物や唾液からの攻撃にさらされても生き残るわけです。
そう考えると「口内環境を根本的に改善するためには、口内の粘膜の構造自体に作用しなければ意味がない」という話になります。じゃあ、粘膜を張り替えるのかと。実際には、口内には多い人で60億グループくらいの細菌の生態系が出来上がっていて、「そのうちの何億グループが善玉で、何億グループが悪玉か」を計算する必要が出てきます。
――それは膨大な計算量になりますね。
山本 そうなると、「人間が生きている環境や免疫系」「人間がどう適応してきたか」を機械的に画一的な仕組みで解き明かそうというのは、非常に無理な話です。生命の進化の過程というのは、遺伝子を解析したぐらいでは解決しないのだということが分かり始めている状態です。今、遺伝子工学も「一つひとつの遺伝子の働きはある程度分かったけれど、いろいろな遺伝子の関係性を考えようとすると組み合わせが膨大な量になってしまう」というところで、同様に行き詰まっています。
ある人は劇的に口内環境が悪くなって虫歯になるけれど、歯磨きなんかしたことがなくても虫歯にならない人もいるじゃないですか。それが分かっている以上、似たような病状を持つすべての人に対して同じように口内環境を外形的にケアしてあげましょうとか、一発で解決する方法を考えましょうというのは難しい話になります。
――すごく複雑で対応できないのだったら、例えば人工物で置き変えちゃうとか。
山本 そういうことです。人間自体のリプレイスメントです。要は「あなたの心臓が自然に止まる前に、1回人工心臓を入れて、2年ぐらいしてから培養しておいた新しい心臓を移植しましょう」というような話です。それは「乾きもの」と「なまもの」の最高の融合分野であり、エレクトロニクスやメカトロニクスの目指すべき道はそっちだっていう話になるかもしれません。

――ビッグデータ関連の研究者の中には、口内細菌のようなものすごい複雑な環境でも、コンピューターの処理能力が高まれば、計算できちゃうんじゃないかと言う人もいますね。
山本 ビックデータのある局面を切り取って、「統計的にこうなる」というのはあると思います。「あなたはこういう病気になる可能性があるから、こういう口内環境を設定すべきである」と言うのは、それほど難しくありません。でも、「なぜ、その細菌がいるのか」ということはコンテクスト(経過や推移、文脈)なので、そのコンテクストを解き明かしてあげなければいけないと思います。
川口 「演繹の世界を積み上げたらすべての世界ができる」というよりは、生態系の方にそのまま学んだ方がいいですよね。演繹的に進めていくと、宇宙の数だけコンピューターが必要になっちゃうということが、何となくニュアンスとして分かる。
ハードウエアでも、ソフトウエアでも、境界領域が見えてきた。そういう意味では、特定の技術をしゃぶり尽くしていくという方向性もあります。例えば、エンジンは100年をかけて練り込んできて、すごい技術になっているわけだから。

山本 本当に「しゃぶり尽くす」です。昔の蒸気機関を出発点として、ピストンを使う技術のしゃぶり尽くし方はすごい。昔の人が見たら「ここまできたの!」と思うでしょう。でも、それはたかが100年の変化です。今は稚拙な技術であっても、本当に需要があってしゃぶり尽くそうと思ったら、これから100年後には全く違うものができているかもしれません。
川口 ハードディスク装置(HDD)とかは、粘ってますよね。
今井 そうなんです。半導体分野の「ムーアの法則」にしても、"古いもの"は粘っています。でも、このままではダメだということも見えている。次にどうするかを考えると、生体との融合のような話になり、それが今起きつつあるという感じです。
川口 僕は、もっと人間をプロセッサーとして使った方がいいと思っています。
――それは、どういう意味ですか。

川口 まさに「インターフェース」ですよ。人間社会は、ものすごく乱暴に言えば、好きか嫌いかが分かればいい。会話だって結局、「あなたが好き、興味がある」ということをひたすらロジックで説明しているわけでしょう。そこにシンパシー(共感、同情)を感じられるかどうか。だとすれば、究極には、もし脳波が取れて御託を並べなくてもピッと分かれば…。名人同士の将棋みたいに、ピッと一手指した瞬間にすべてが分かるような感じです。
山本 あり得ますね。
川口 そういう意味では、最近流行のニューラルネットワークの人工知能で、それに近いことができそうな気がしてきたわけです。
結果が分かれば、途中の過程についてはひたすら理屈をつけているだけですよね。あらゆる行為はそうで、結果が分かれば、あとはそれを変えないように情報を削ぎ落としてメタメッセージだけを伝えるデコーディングの作業になる。その矮小な世界は、コンピューティングパワーがやってくれればいい。自分のライフログをすべて送るわけにはいかないから。
山本 表層的なところで人は「好き嫌い」をやっている部分もありますが、「すべてのコミュニケーションは人間関係の機会の変数でだいたい証明できる」と言い始めている研究者もいます。
大手企業が提供しているコミュニケーションツールの利用者がどういう動きをしているかを研究している人々は、人間同士のコミュニケーションがいかにいい加減で、必ずしも相手の言っていることを理解していなくても会話は成立し、議論したり他者を評価したりしていることが分かる、と言います。だとすると、「人間とはそもそも何なのか」「それは大いなる空虚である」みたいな話にもなってきます。人の存在を突き詰めていくような。
川口 結局、脳の奥底にある指先ほどの偏桃体が感じている好きか嫌いかなんです。さっきの口内環境の話でいうと、「何十億種類かある免疫パターンのうち、僕には他の人にある溝がない。だから、その免疫パターンを僕は嫌いなんだ」と。あまりにも変数が多くて、「なぜ嫌いなのか」が分からないだけで。
「科学教」で染まっている人たちにとっては「なぜならば」というところが大事です。でも、未開の地の人にとっては「好きは好きでいい」で終わり。元来、人間はそういうものだったのだけれど、科学に染まったのですべてをロジックで理屈を付けないと不安なんです。なるべく方程式に落として、次の手を読める「フォーシーアブル(foreseeable)」の状態にしたい。それがビッグデータでしょう。
山本 ビッグデータの世界は「こういう情報を提供されたあなたは、何%の確率でこう思うようになる」ということの集約なんです。それを突き詰めていくと、「その人間がどう思うのか、社会的な印象に関するすべてのことを統計的に導き出せるはずである」と…。

――ビッグデータですべてが決まってしまうよりは、もっと多様な世界に行った方がいろいろな製品やサービスが出てきそうな気がするんですけれど。
山本 そう。ビッグデータの枠組みの中で、人間がどのようなものを好むのかという部分を、もうちょっと深く知っていかなければいけませんよね。
例えば、「ある人は、どちらかといえば黒いスーツが好き。黒いスーツを着る頻度は何%で、それに見合う所得があるので黒いスーツを買う傾向があります」ということが分かるとする。でも、その情報を使って黒いスーツをリコメンド(推薦)することだけが本来のビジネスではない。あくまで需要予測の世界です。特定の嗜好がどのくらい市場を持っているか、どういう人物がそのような嗜好の消費をするかという話です。
こうした人の嗜好を導き出す仕組みは、ソフトウエアの世界ではある程度、既にできていますが、具体的な製品に落とし込むところはまだまだ人間がしっかり考えなければなりません。あくまでデータは結果の集積であって、線形のものしか未来を予測できません。
少量多品種の世界になって多様性が大事だ、それを支える技術体系が必要だとこれまでも言われてきました。でも、「さらにハードウエアの機能的なところまで引き上げたレイヤーで多様性を分析しているか」と言えば、実はあまりやっていません。似たような携帯型パソコンやタブレットがたくさん販売されていたりする。
多様性って、本来はそういう意味ではない。デザインやコンセプトの好き嫌いといった感覚や、欲しい機能のフィット感だったりする。その部分にエレクトロニクスやメカトロニクスといったハードウエアの世界の人たちが歩み寄ってビジネスを構築していかないと、これから大変なことになると思います。
(聞き手:日経エレクトロニクス編集長 今井拓司)
[日経テクノロジーオンライン2015年3月9日付の記事を基に再構成]
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