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新車1台、大切に届けます ディーラーが選ぶ運搬車

新車を買ったらピカピカの愛車が家に届くのが待ち遠しいはず。新車を載せる1台用の車両運搬車の先駆けが花見台自動車(福島県いわき市)だ。大企業の下請けになるのではなく「商品で真っ正面から競っている」(能條健二社長)と自負しながら、独自のアイデアと技術を生み出している。

1972年に特許取得

独自技術で積載時の全長を短くできる

1台用車両運搬車は同社が初めて開発して1972年に特許を取得した。商品名は「セフテーローダ」だ。2.5~3.5トン積みトラックにシーソーのように傾くガイドローラーを付け、その上の荷台が後ろにスライドする。荷台の後部で跳ね上げていた道板を降ろして坂のように地面と設置させ、自動車が乗り降りできるようにする。能條社長が横浜市の花見台で小さな自動車整備工場を運営していた際、納車や引き取りに手間がかかっていたのに着目して生み出した。全て1人で操作できるのが売りだ。

トラックの荷台の規格は国土交通省などの基準によって厳しく定められている。能條社長は陸運局に通い詰めて折衝を重ね、公道を走れるようにし、さらに使いやすくできるよう訴え続けた。一般の貨物車は後輪からはみ出す荷台の長さがホイールベースの半分までに制限されている。これでは傾けた際の傾斜が急すぎて車を載せられない。車両運搬車はこれを3分の2まで延ばせるようしたかわりに、車以外を運べないようにした。最後部に45センチ以上の折り曲げ式の道板をつけ、その裏側にナンバーをつけるといった規制がある。

能條社長は行政の認可を得た後、自動車ディーラーや修理工場、中古自動車販売会社に飛び込み営業をして顧客を開拓した。出荷先の拡大に伴って、大企業からも注目されるようになり、車両搭載型クレーンメーカーへのOEM(相手先ブランドによる生産)供給も始めた。1984年に特許が切れたのに伴い、経営環境が一変。特装車大手など大企業の相次ぐ参入もあり、厳しい競争に巻き込まれた。車両を積み込みやすくするよう、荷台の角度をわずかでもゆるやかにするのを競う角度競争や価格競争が繰り広げられた。

花見台自動車はダンプカーに油圧ショベルを積めてダンプとしても利用できる「セフテーローダ・ダンプ」という新分野の製品を生み出してヒットさせた。車両を2台並べて積める装置、ブルドーザーや建設機械を載せる大型重機運搬車などを発案して大企業に対抗した。「装置と市場を一からつくり上げ、全てを知り尽くした苦労が強みになる」と能條社長は前向きに考え続けた。89年に事業拡大のためにいわき市の工業団地で新工場を稼働させ、本社も横浜市から移した。用地を拡張して第2工場も建てた。

まず荷台を持ち上げる

バブル崩壊はなんとか乗り切った。だが2008年のリーマン・ショック後、仮注文の相次ぐキャンセルと新製品の部品の在庫負担に耐えきれなくなり、09年に民事再生法の適用を申請した。負債総額は24億円だった。09年度の売上高は18億円とピークの35%にまで落ち込んでいた。能條社長は債権者集会に臨んだ際「怒号を覚悟していたら、逆に激励された」という。再起にあたり「競争相手は大企業。新しいことにチャレンジしないと道は開けない」と肝に銘じている。11年3月に発生した東日本大震災で本社から40キロ強離れた場所にある東京電力福島第1原子力発電所の事故にも遭遇したが、幸いにも大きな被害はなく、10日後に操業を再開できた。

持ち上げてから荷台を後ろにずらす

同社の最新システムは左右それぞれ4節を連動させて荷台を持ち上げ、後ろ側に倒す新機構だ。その上で荷台をスライドさせるようにした。従来方式はシーソーのように倒すだけで荷台をスライドさせるが、新機構は全長を短くしながら降ろした場合の傾斜をゆるやかにできる。後輪からはみ出す荷台の長さはホイールベースの半分と一般の貨物車の範囲内に抑えられる。ホイールベースの3分の2まではみ出していた従来型は小回りがきかず、道幅が狭い住宅地の道路は曲がりきれなかったが、この課題も克服できる。14年11月に特許を出願した。宣伝していないのに見本車は即座に売れたという。

シェアは1割

従来方式(奥の2台)のように道板を広げる必要もない

花見台自動車の推計によると、1台用の車両運搬車の国内市場は月間300台。同社はその1割を確保している。債務整理で第2工場を処分するなど生産能力を圧縮したこともあり、生産が注文に追いつかない。復興関連で重機やトラックの需要拡大に伴い、大型重機運搬車と車両運搬用はそれぞれ約100台、「セフテーローダ・ダンプ」は400台の受注残を抱えている。半年から1年半分に相当する量だ。国内トラック市場は00年に石原慎太郎元東京都元知事が主導したディーゼル車の排ガス規制に対応した車種の「代替需要が盛り上がってきた」という。震災の復興需要と東京五輪・パラリンピック関連の建設需要も取り込む考えだ。大型トレーラーの運行に関する規制緩和が進むのもチャンスとみている。

77歳の能條社長は中学生時代、農業を営んでいた両親と共に野菜を切り売りして生計を立てたという。高校の機械課で手にけがを負い、就職した航空機整備会社では不自由な思いをして1年強で退職した。会社経営でも修羅場をくぐった。「不幸を切り抜ける負けじ魂は誰にも負けない」。この自負にゆるぎはない。

(企業報道部 佐藤敦)

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