浦和社長「サポーターと切磋琢磨」 差別と決別の1年
いよいよ今週末に迫るJリーグ開幕。新シーズンの始まりという晴れやかなタイミングは、浦和にとって重い節目でもある。サポーターが差別的な横断幕を掲げ、史上初の無観客試合という処分に至った問題から1年。サポーターとのより良い関係構築に向けたクラブの取り組みを淵田敬三社長に聞いた。

■明確に駄目なことを駄目と言えず
昨年3月8日に横断幕問題が起きる以前にも、浦和はサポーターによる衝突や差別発言でたびたび処分を受けている。その要因はクラブの姿勢にあったと認識している。
「浦和の特徴である熱狂的な応援はサポーターの皆さんが自発的にやっているが故に盛り上がるもの。我々が『あれをしろ、これは駄目』といってできあがるものではない。ただ、今まではあまりにも自主性に任せすぎて、明確に駄目なことを駄目だと言えていなかった部分があった」
「問題が起きた原因はクラブのスタジアム運営体制にある。その根底にあるのは、サポーターとの関係において自主性とルールのバランスが崩れてしまっていたということ。今後は切磋琢磨(せっさたくま)しながら育っていくことが大事なんだろう。サポーターからも厳しい意見をもらい、我々も言うべきことを言いながらお互いにレベルを上げていきたい」
クラブは問題発生から横断幕や大旗を使った応援を禁止してきたが、14日のホーム開幕戦の山形戦での横断幕解禁に向けて検討を進めている。
「昨年はサポーターの中に『まだ早い。もう少し自粛しなければ』という方々がかなりいた。我々も『安全確保に自信が持てるまでは』と考えていた。昨年末からサポーターの代表に集まってもらい、横断幕解禁へ向けて議論を重ねた。今は事前申請のあった横断幕をチェックしているところだ」
■一緒に考え、未然に問題発生防ぐ
今回の問題をきっかけとした再発防止の取り組みが、クラブの今後へのプラス材料になるとも捉えている。
「サポーターにも一緒に考えてもらうことが、問題発生を未然に防ぐことにつながる。無観客試合という厳しいペナルティーを受けて、いろんな部分でのダメージは大きかったが、応援のあり方やクラブとサポーターの関係のあり方を見直すいい機会になったと思う」
「サポーターというと、ついついゴール裏で熱狂的に応援する人たちだけをイメージしてしまうが、バックスタンドやメーンスタンドで見ている方もいて、試合の見方も考え方も違う。これまでは一部の人たちだけの意見を聞くということが多かった。昨年は夏のリーグ中断期間中などにいろんなエリアのシーズンチケット保有者に来てもらい、スタジアムの快適性改善のために様々な意見を集めた。それは今年も続けていきたい」
リーグ随一の集客力を誇る浦和だが、ピークの2008年に平均4万7千人を超えた入場者数が昨年は3万5千人台にとどまった。今後への危機感は強い。
■新規でいかに若いファン開拓するか

「最盛期には本当にたくさんのファン、サポーターの方が来場されて、ワーッと並んだ待機列をどう整理するか、どうやってスタジアムの安全を確保するかという方に頭がいっていた。試合観戦に来てもらうためのマーケティング活動をほとんどしていなかった」
「コアなファンはずっと見にきてくれているが、『みんなが行っているから自分も』という人は足が遠のいていった。少子高齢化で人口も減ってくる中で、黙っていたら減少していくのは間違いない。シーズンチケット保有者は昨年から微増の1万9千人弱いるものの、年齢構成は毎年上がっている。新規で若い人に入ってきてもらわないといけない」
観客動員力と快適性を高めるため、以前から検討していたスタジアム観戦についての改革に手をつけた。
「まずある程度、エリアによって観戦スタイルを定義した。北側のゴール裏は基本的に立って熱狂的に応援するところ。南側は座って、子どもたちでも安心して応援できるようなところにしようと呼びかける。ゆっくり試合を見たい人にとって、目の前で旗を振られたらサッカーが見えないと不満に思うはず。安全で快適なスタジアムをつくるためには、すみ分けを明確にする必要があると考えた」
■シーズンチケット、値下げか据え置き
さらに今季はチケット価格を大幅に改定。一般向けのS指定席などを値上げする一方、シーズンチケットは値下げか据え置きとした。特に今まで大人料金だった高校生を小中学生と同額とし、自由席のシーズンチケットは3万6千円から1万4千円に大幅値下げとなった。
「これからは若い人に来てもらわなくてはいけない。そしてシーズンチケット保有者を核にして絆を増やしていきたいと考えているので、シーズンチケットは一切値上げしなかった。ファミリーシートも拡大して、そこも値下げした。将来の我々を支えてくれる人たちを大事にしようという思想が入っている」
新たにメンバー制度「REXクラブ」も創設。航空会社のマイレージカードのようにシーズンチケットの保有年数に応じてステージが上がる仕組みで、立ち上げに伴いチケットやグッズ販売などで個別にあったデータベースも一元化した。
「これはシーズンチケットを持っている方への特典をもっと増やそうというもの。保有年数に応じたカードを発行してポイントの付与率を変えて、そのポイントでグッズを買えたり、たとえば抽選で試合前のロッカールームを見学できたりすることを考えている。これでサポーターのロイヤルティー(愛着)を高めていければと思っている」
「データベース一元化で、これまで以上にサポーターとコミュニケーションをとって、いろんな意見も聞けるようにもなる。例えばシーズンチケットを20年間持っている人を検索したらパッと探せて、アンケートを送ることもできる。それをいろいろな施策に反映していければいい」
■埼玉スタジアムを絆づくりの場に
新たに打ち出した戦略的な改革の先には、Jリーグの理念実現という狙いがある。
「我々にはスポーツを通じて幸せな国、コミュニティーをつくるという大きな使命がある。その理念は若い人たちが来てくれなければ実現できない。2週間に1度のホームの試合に来なければ味わえない絆がある。埼玉スタジアムをそんな絆づくりの場にしていきたい」
「私もびっくりしたのは、試合の数時間前に集まって20~30人でワイワイ楽しんでいる人たちがお互いに名前を知らないこともある。あだ名で呼び合って、その場でしか会わない仲間。でもそれが楽しいから必ず来る。年齢や性別も関係なく、会社の上司と部下のようなしがらみもない。サッカーを核にしてみんながつながっている。我々がより魅力的なサッカーを提供できるようになれば、その輪がさらに広がっていくと信じている」
(聞き手は本池英人)
クラブは運営体制に不備があったとして運営部長らを処分したほか、差別撲滅に向けて第三者委員会の設立などを盛り込んだ5カ年計画を発表。サポーター11団体が自主解散した。