復興道路のトンネル工事に採用、日本製紙が「灰」売る理由
まるで「魔法の粉」のようだ――。熊谷組東北支店の芳賀宏副支店長は、三陸沿岸道路(三陸縦貫自動車道、三陸北縦貫自動車道、八戸・久慈自動車道)、いわゆる復興道路のトンネル工事で覆工コンクリートに用いた「高品質フライアッシュ」の効用を、こう表現する。
実はこのフライアッシュ、東日本大震災の津波で被災し、2012年8月に操業を再開した日本製紙石巻工場から排出される石炭灰(石炭の燃焼に伴って生じる灰の一種)からつくった製品だ。

石炭灰の一種であるフライアッシュは、セメントや細骨材の代わりにコンクリートに混ぜると、単位水量の低減やワーカビリティー(コンクリートの施工性)の向上、長期強度の発現、アルカリシリカ反応の抑制といった様々な効果が得られる。コンクリートの長寿命化に役立つ混和材として期待されている。
日本製紙は2014年7月1日から、石巻工場の石炭ボイラーで発生する灰を使った高品質フライアッシュ「CfFA」の製造・販売に向けて事業を開始。工場内に製造設備を新設し、2016年1月から東北地方で販売を始める予定だ。これに先立ち、震災復興に向けて整備が進む国道45号釜石山田道路工事の八雲第1トンネルに、試験的にCfFAを製造・納入した。
施工者の熊谷組は同11月7日、八雲第1トンネル坑口付近の21mの区間にCfFAを適用したと発表した。同社の芳賀副支店長は「工事量が多い東北では骨材などの需給が逼迫し、供給元を1カ所にできない状況だ。高品質フライアッシュを使えば、骨材にある程度ばらつきがあってもコンクリートの品質を担保できる」と評価する。「今後も融雪剤の飛散や気温の影響を受けやすい坑口付近に積極的に使って、構造物の耐久性を高めたい」(芳賀副支店長)。

まずは年間1万tの生産が目標
石巻工場と言えば、ノンフィクション作家の佐々涼子氏が被災から復興までの経緯を描いた「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている」(早川書房)で知られる、日本製紙の基幹工場だ。紙の生産量は年間85万t(トン)に上る。
同社がフライアッシュの製造・販売に取り組む理由について、技術企画部の佐藤貴之技術調査役は次のように説明する。「石巻工場では、紙だけでなくエネルギー事業やリサイクル事業などの展開を考えている。高品質フライアッシュの製造・販売はその一環だ」。

もう一つの理由が、石炭灰の処理価格の上昇だ。石巻工場で1年間に発生する石炭灰は4万t弱。通常、処理をセメント会社に委託するが、原子力発電所の稼働停止などで火力発電所から排出される石炭灰が増え、処理費用が高くなってきた。佐藤技術調査役は、「まずは1万tを販売できるようにして、将来は3万tまで引き上げたい」と期待を掛ける。震災復興に向けた土木工事や、コンクリート2次製品のメーカーなどに向けてCfFAを展開するつもりだ。
「未燃炭素」が扱いを困難に
石炭火力発電所で排出するフライアッシュを混和材として利用すると、コンクリートの長寿命化に役立つことは、以前から分かっていた。一方で、課題も明らかだった。たとえ規格品であっても、フライアッシュ中に含まれる未燃炭素がAE剤(空気連行剤)などを吸着。コンクリートのスランプや空気量の管理を困難にして、品質に悪影響を及ぼす懸念があるのだ。
日本製紙はこうした課題を、ある企業と手を組むことで乗り越えた。大分大学発のベンチャー企業、ゼロテクノ(大分市)だ。同社は大分大学コンクリート工学研究室と共同で、未燃炭素の含有量を従来に比べて大幅に減らす技術を開発。フライアッシュの販売を考える企業に対して、技術を供与している。

現在、JIS規格ではコンクリート用フライアッシュを用途に応じて1~4種の四つに分類している(JIS規格ではローマ数字を用いているが、本記事では算用数字で表記)。標準的なフライアッシュであるJIS規格の「2種」では、未燃炭素含有量の目安となる「強熱減量」の値を5%以下と定めている。
これに対して、熊谷組が八雲第1トンネルで使用したCfFAの強熱減量の値はわずか0.5%。ゼロテクノの技術を使うことで、原粉の状態では4.6%だった強熱減量の値を、1%以下まで抑え込んだ。これなら、AE剤の効果発現にほとんど影響を及ぼさない。

独自の処理装置で高品質化
ゼロテクノは技術の詳細を公表していないが、未燃炭素を取り除くにはフライアッシュの原粉を独自に開発した装置で焼成するという。難しいのは温度の制御だ。
フライアッシュのメリットに「ポゾラン反応」による耐久性の向上がある。主成分の二酸化ケイ素が、セメントの水和反応で生じる水酸化カルシウムと常温で徐々に化合し、コンクリートが長期的に強度を発現するのだ。組織を緻密にして、劣化因子の浸入を妨げる効果もある。
1000℃以上で燃やすと、この効果が失われてしまう。一方、800℃以下では未燃炭素を除去できない。燃焼に伴う温度上昇も考慮すると、800~900℃ほどの狭い範囲で温度を制御しながら、フライアッシュを焼成する必要がある。研究を重ね、灰を回転させながら一定速度で進行させて燃やす方法を編み出した。

1m3当たりの単価は数百円アップ
未燃炭素を取り除いた後、フライアッシュを分級(粒径に応じて分離)する。セメントや細骨材の代替に用いるのは、JIS規格の2種に相当する「CfFA2種」(平均粒径10~20μm)だ。

「コンクリートの1m3(立方メートル)当たり単価を1万2000円として、一部をCfFA2種で置き換えると数百円ほど単価が上がるが、フライアッシュの利点だけを享受できる」(ゼロテクノの岡田秀敏代表取締役)。
日本製紙の佐藤貴之技術調査役は、「石炭灰の利用法を探すうちに、ゼロテクノの技術に行き着いた」と語る。同社とゼロテクノは2014年7月、「日本製紙ゼロテクノ東北有限責任事業組合」を設立。2016年1月の販売開始に向けて、製品のPRや供給体制の構築を共同で進めている。
石炭灰の活用を模索する日本製紙と、フライアッシュの改質技術を磨いてきたゼロテクノの取り組みは、社会インフラの長寿命化にひと役買えるのか。挑戦は始まったばかりだ。
(日経コンストラクション 木村駿)
[ケンプラッツ2014年11月18日付記事を基に再構成]