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人工知能「2045年問題」 コンピューターは人間超えるか

ITpro

1950年以来、コンピューターで史上初の合格者――。英『THE INDEPENDENT』誌が2014年6月7日に発表した、英レイティング大学が実施した「チューリングテスト(英国の数学者アラン・チューリングが提唱したコンピューターに知性があるかないかを判定するテスト)」に関する結果が、コンピューター科学者のみならず世間の大きな関心を呼んだ。

図1 Eugene(出典:『THE INDEPENDENT』のWebサイト 、http://www.independent.co.uk/ )

合格したのは、「Eugene(ユージーン)」という名前が付けられたウクライナ製のコンピューターで、13歳の少年として振る舞った(図1)。Eugeneは、会話のテーマや質問に制限を課していない状況の中で5分間のチャット試験を受け、30%以上の判定者から「人間かコンピューターか、判別できない」という評価を得て合格した。

チューリングテストについては、コンピューター科学者と哲学者との間に見解の相違がある。哲学者のジョン・サール氏は、チューリングテストに合格したからといってコンピューターが会話の意味を理解しているのではなく、ルール通りに回答しているだけとして「コンピューターに知性があるわけではない」と批判した。

こうした議論がある一方で、人間の脳のメカニズムをコンピューター上で再現する「ニューラル・ネットワーク(人工知能)」は、コンピューター技術の指数関数的な進化に影響を受けて、さらなる飛躍を遂げている。

2045年が「特異点」?

今回のチューリングテストの結果が想起させるのは、シンギュラリティ(Singularity)、つまり「特異点」という言葉である。これを数学的な見地から言えば、なんらかの変数が無限大になるという概念であり、例えば分数の分母がゼロに近づくにつれてその解が無限大に近づくような事象を指す(図2)。

図2 数学における特異点(出典:Kurzweil, Ray (2005). The Singularity is Near. New York: Viking Books.)

本記事におけるシンギュラリティとは、コンピュータ・テクノロジーが指数関数的に進化を遂げ続けた結果、2045年頃にその未来を人間が予測できなくなるとする仮説のことである。

人工知能が自らを規定しているプログラムを自身で改良するようになると、永続的に指数関数的な進化を遂げる。この結果、ある時点で人間の知能を超えて、それ以降の発明などはすべて人間ではなく人工知能が担うようになる。つまり、人工知能が人間の最後の発明になるという、仮説である。

このシンギュラリティについて、米国のコンピューター研究者であるレイ・カーツワイル氏は、著書『The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology』中で、2045年にその特異点を迎えると予言している。

今から30年後に、そうした世界が本当に来るのか――。疑念を抱くのは著者だけではないだろう。

それでも予言の提唱者は、音声認識技術(iPhoneで使われるSiriの基礎技術)などで先駆的な業績を残し、1999年には「アメリカ国家技術章」を受章。さらに現在は、米Google(グーグル)という最先端の環境で人工知能の研究を進めているカーツワイル氏であることから、一定の説得力を持つと言えるだろう。

人工知能が独自に猫を判別

人工知能の研究開発については、国家プロジェクトとして、米国、スイス、中国、韓国、シンガポールなどが積極的に力を注いている。ここでは国家レベルではなく、IT(情報技術)企業の米IBM、Google、米Apple(アップル)、米Facebook(フェイスブック)の最近の取り組みを紹介する。

IBMは2011年8月18日、脳の仕組みを模倣して作成した次世代コンピューターチップ(コグニティブ・コンピューティング・チップ)の開発に成功したと発表した。同チップは、人間の脳のニューロンとシナプスの構造を模倣した高度なアルゴリズムとシリコン(Si)ベースの神経回路で構成。人間と同様に経験から学習し、事象間の相互関係を見い出し、仮説を立て、記憶していく能力を持つ。IBMは2014年8月7日に、「SyNAPSEチップ」として外販に踏み切った。

Googleは2012年6月26日、脳のニューロネットワークを模倣して構築した1万6000個のCPU(中央演算処理装置)のネットワークシステムに、YouTubeの動画を見せ続けたところ、「猫」の写真を識別できたと発表した。事前に猫とは何かをシステムに教えたわけではなく、猫のラベルを付けた画像を見せたわけでもなく、人工知能が独自に認識したという。

Googleはまだ研究開発の途上であるとしつつも、英国の科学専門誌『ネイチャー』で2020年には検索技術が大きく変わる可能性があることを示唆している。人間の意図を理解した上で回答する「セマンティック検索」の実用化を意識しているものと考えらえる。

AppleやFacebookは、表立った研究成果を発表してはいない。それでもAppleは「音声アシスタント機能(Siri)」の、Facebookは画像検索の「グラフ検索(画像にひも付くコミュニケーション機能)」の性能向上を図ることで、ユーザーの意図に近い回答ができるよう人工知能の開発を進めている。

課題はパターン認識

人工知能の開発に当たっての課題は、「パターン認識」である。パターン認識とは、観測される具体的事象を、それが属すべき抽象的な概念に対応分けする処理のこと。つまり、画像や音声やテキストなどの雑多な情報を含むデータの中から意味のあるものを取り出す処理(パターンを認識して整理する処理)である。

人間は、このパターン認識の能力に優れている。例えば、人の顔をすぐに見分けられたり、猫という種類の動物をひとくくりにしたり、文章を要約したりできる。

しかし、コンピューターには形の違う猫や、窓越しにいる猫をパターンとして認識することや、「サムライJapanとスペイン無敵艦隊の戦い」といった文脈の真の意味(戦争ではなくサッカーの試合であること)をパターンとして認識することを不得意としている。

人間には簡単に思えるこのようなパターン認識が難しい理由の一つに、ニューロネットワークの能力の差がある。2012年に猫を独自に認識したGoogleのニューロネットワークは1万6000個のCPUネットワークだったが、人間は1千数百億という膨大な数のニューロンを持っている。少なくとも、同等数レベルのニューロネットワークを準備しなければ、人間の脳には追いつけないだろう。

一方で、脳のニューロンと人工のニューロンとのアルゴリズムの違いもある。カリフォルニア大学サンディエゴ校の非線形科学研究所が、生物(イセエビ)のニューロンと人工のニューロンを接続して実験した結果、生物のニューロンのみによる結果と同等の結果を得られたとしている。つまり、脳のニューロンのアルゴリズムは模倣できることを実証したのである。

つまり、パターン認識の壁を乗り越えるには、人工のニューロネットワークがどこまで人間の脳に物理的・性能的に近づくことができるのか、すなわち「脳のリバースエンジニアリング」の精度が一つのポイントになると言える。

人工知能を進化させるカギ

人工知能の進化には、膨大な情報(ビッグデータ)とそれを基にした学習が必要不可欠となる。人工知能は人間の赤ちゃんの脳の成長と同じように、多くの知識を学習して成長するからである。

ビッグデータの収集を実現するには、ユーザーとインターネットとの出入り口である「ユーザーインターフェース」を押さえる必要がある。つまり、人工知能を進化させるカギは、ユーザーの趣味嗜好を把握できるビッグデータを収集するユーザーインターフェースを制することにある。

現在のユーザーインターフェースは、スマートフォン(スマホ)などによる手入力中心の「検索エンジン」である。ここではGoogleが、約65%というトップシェア(2013年12月、米comScore調べ)を誇っている。

図3 脳波で動かすアプリMindRDR(出典:MindRDRのWebサイト 、http://mindrdr.thisplace.com/static/index.html)

ただし、ユーザーインターフェースは刻々と変化している。次世代のユーザーインターフェースの主流は音声(音声認識技術)なのか、口パク(喉の筋肉の動きを察知する技術)なのか、それとも脳波(脳波認識技術)なのか。

例えば2014年7月、新興企業の英This Placeは「Google Glass」を脳波で動かすアプリ「MindRDR」を公開した(図3)。

人工知能を進化させるカギとなる次世代のユーザーインターフェースの獲得に向け、米IT大手企業の覇権争いは今後勢いを増すだろう。

「人間の知能」の定義とは

カーツワイル氏は、2045年にはナノテクノロジーサイズの人工知能が登場し、人間と一体化すると述べている。そして、人間はいつでもどこでも、全人類の全ての知識を持つ人工知能による回答を基に、適切な判断をしていくだろうと予測する。

そうなると、人間の知能とはどこまでを指すのだろうか。

ここで「ペリパーソナルスペース」という言葉を考えてみる。人間が使う道具(メガネ、つえ、自動車など)の空間を、自分の身体の一部として脳が認識するという概念である。人間と人工知能が一体化した場合、当然ながら人工知能が持つ空間を脳が身体の一部として認識する。そうした場合、どこまでを人間の知能として定義すべきなのだろうか。

人工知能は学習記憶を簡単にクラウド上で移転でき、さらに自らを進化させていける。しかも生命体ではないために寿命という概念がなく、永遠に進化する。

これから30年後の2045年には、どのような世界が待っているのだろうか。2045年問題とは、これまでに人間が想像もできなかった世界へのパラダイムシフトといえるかもしれない。

「SF的」な未来はやってくるのか

このシンギュラリティについての考察を読んで、「SF的」という感覚を抱いた人もいるだろう。カーツワイル氏は2045年に98歳を迎える。同氏は2045年問題について、自身の著書『The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology』の中で、次のように述べている。

・「自分の発明が可能となる時機を知りたかった

・2045年問題とはテクノロジーの動向に対する理解の問題である

・自分自身の人生のミッションとしての宣言である」

現在もGoogleという最先端の研究施設に身を置いて人工知能の研究開発を進めているカーツワイル氏は、2045年の世界をどのように見ているのだろうか――。

山口平八郎(やまぐち・へいはちろう) 情報通信総合研究所 副主任研究員。米PMIが認定するプロジェクトマネジメントの国際資格を保有。現在、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科博士課程在籍。研究領域は、グローバルITマネジメント、BtoBマーケティング、サービス・マーケティング、消費者行動論。主な論文に「情報革命によるBtoBマーケティング・コミュニケーションの変化と経験価値の訴求」(共同、日本マーケティング学会)など。

[ITpro 2014年10月10日付の記事を基に再構成]

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