「鎌倉バレー」から世界へ出陣 古都がITの街に
古都・鎌倉(神奈川県鎌倉市)は年間約2300万人の観光客が訪れる。そのにぎわいの傍らで、IT(情報技術)関連企業などが集積し、米シリコンバレーならぬ「鎌倉バレー」を形成しつつある。代表格は昨年末に東証マザーズに上場したカヤックだ。鎌倉からいざ出陣――。古都はITの街に変わるのか。
でき始めた「エコシステム」

昨年12月25日、東証でカヤックの上場セレモニーが開催された。「面白法人」を自認する同社らしく、サイコロで抽選した社員らが参加し、にぎやかな雰囲気に包まれた。柳沢大輔最高経営責任者(CEO)は同日の記者会見で「カヤックの新しい航海が始まった」と意気込んだ。年明け以降も株価は堅調で、公募・売り出し価格の3倍近い水準を維持するなど、市場からの期待も高い。
日産自動車やKADOKAWAなど、ネット広告分野では大手企業も顧客に持つカヤックだが、同社の説明資料には「地域社会への取り組み」の項目が設けられている。「カマコンバレー」と呼ぶ地元IT関連企業による地域活性化の活動だ。同名の有限責任事業組合(LLP)を2013年春に設立。会員企業は昨年10月時点で21社、個人会員は66人に達した。
その1つであるクラウドファンディングサイト「iikuni(いいくに)」は鎌倉をよりよくするための活動に絞って、インターネット経由で小口資金を集める。サイト上には地元の人たちに津波の怖さを教えるプロジェクトなどが並ぶ。ここまでなら、ほかにもある地域活性化の事例といえなくもないが、鎌倉ではiikuniのプロジェクトをきっかけに起業する「エコシステム」もでき始めた。

14年2月創業のマイクロステイ(鎌倉市)は、空いている別荘や募集期間中の売買賃貸物件などを利用し、外部の人に1週間の鎌倉暮らしを仲介する。鎌倉は都心から電車で1時間程度と近く、住みたい街としての人気も高い。公認会計士の川村達也氏が13年秋にプロジェクトを提案し、目標金額の4.4倍の44万円を集めた。「大きなニーズがあると分かり、会社を興すことにした」(川村氏)という。
シリコンバレーを語る上でスタンフォード大学との関係は欠かせない。鎌倉バレーでは、柳沢CEOらカヤック経営陣が隣接する神奈川県藤沢市にある慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)出身で、同校がIT人材の供給源となっている側面もある。さらに、カヤックは他のITベンチャーを鎌倉に引き寄せる役割も担っている。
電子商取引(EC)サイト構築などを手掛ける村式(鎌倉市)も柳沢CEOの勧めで移転を決めた1社だ。大日本印刷で働いていた同期5人が興した企業で、創業の地は東京・目白だった。
村式は鎌倉の良さをフル活用している。本社はJR北鎌倉駅近くの古民家に構える。顧客とのやりとりはメール中心と思いきや、同社はあえて顧客を本社に招待する。時には囲炉裏を囲んで鍋をつつきながら、顧客の意向をくみ取り、サイト構築に反映する。住吉優代表取締役は「歴史や自然もある鎌倉で、じっくりと開発に取り組める」と話す。鎌倉バレーで働く人々の中には、朝はサーフィン、通勤は自転車でという例も少なくない。
課題は足りないオフィスビル

鎌倉は歴史ある街でありながら、よそ者を受け入れる土壌もある。建長寺や円覚寺などの著名な寺も起業家たちの集まりに快く場を提供する。
こうした環境も手伝い、経営者らの横のつながりは強い。毎月開催されるカマコンバレーの定例会では、様々なテーマについてプレゼンをしたり、話し合ったりしたりしている。よいアイデアが出たらプロジェクトチームを発足し、具体的な活動につなげる。大きな受注案件に協力してあたることもしばしばだ。
ただ、課題も浮上してきた。観光地であり、住宅地でもある鎌倉には「オフィスビルが少なく、開発する土地も限られている」(松尾崇・鎌倉市長)ことだ。
実際、カヤックの鎌倉本社は登記上の本店で、業務は横浜市のみなとみらい21地区にあるオフィスビル内の「横浜支社」でこなしている。業容の拡大に合わせて従業員が約200人になり、受け皿となる物件が鎌倉で見つけられなかったためだ。ネットで業務委託を仲介するクラウドソーシング大手、ランサーズ(東京・渋谷)も、13年6月に鎌倉から渋谷に本社を移した。
ただ、両社とも鎌倉への思いは強い。カヤックは鶴岡八幡宮近くのオフィスビル「かまくら春秋スクエア」内にある本社の一部をシェアオフィスとして開放し、約30社が入居している。柳沢CEOは「強い意思を持って鎌倉に本社を置いている」と話す。ランサーズもカマコンの会員を続け、同シェアオフィス内に籍を置く。松尾市長は市内にある野村総合研究所の跡地を活用してIT企業などを誘致する場所としたい考えで、「行政としてバックアップしたい」と話す。
「お互いを高め合い、さらに地域を伸ばせたらいい」と話す柳沢CEO。カヤックに続く第2、第3の上場企業が生まれるのか。
(横浜支局 井上孝之)