Apple Watchの強敵か ウエアラブル、MSの逆襲
宮本和明 米ベンチャークレフ
これまで複数のウエアラブル端末を評価してきた筆者がMicrosoft Bandを使った感想を率直に言うと、完成度はかなり高く、現時点では業界トップの実力を誇る。
スマートフォン(スマホ)事業などで苦戦模様のMicrosoftが、ウエアラブルでこれほどの製品を投入したのは、正直、驚きである。
GPSや心拍センサー搭載で200ドル切る
筆者は、搭載する高機能センサーとシンプルなデザインに引かれ、Microsoft Bandを購入した。オンラインストアでは売り切れ状態だったので、米スタンフォード大学近くのMicrosoft Storeで購入した。

Microsoft StoreのショーウィンドウにはMicrosoft Bandのパネルが掲げられ、店内では特設コーナーに製品が展示されていた(上の写真)。店舗スタッフから説明を聞き、Microsoft Bandを腕にはめると、良好な着装感が得られた。

ディスプレーは横長で、必要最小限の情報のみが表示される(右の写真、ホーム画面を表示)。端末には、GPS(全地球測位システム)や心拍測定センサーなどが搭載されるが、価格は199ドルに抑えられている。この買い得感が決め手となった。サイズは腕の厚みに応じて、「Small」「Medium」「Large」の三種類がある。
タイル上に情報表示
Microsoft Bandは、スマホと連携して利用する。スマホに専用アプリ「Microsoft Health」をダウンロードし、Microsoft Bandと近距離無線通信規格のBluetooth(ブルートゥース)でペアリングする。
Microsoft Bandで収集したデータをスマホに送信し、アプリで閲覧する。サポート対象のスマホは、Windows Phoneの他に、米Apple(アップル)のiPhoneとAndroid(アンドロイド)搭載スマホである。
Microsoft Bandのディスプレーは横長の形状で、ここに様々な情報がカード状に表示される。これを「タイル(Tile)」と呼び、左右にスワイプして操作する。ホーム画面(Me Tileと呼ぶ)では、時計が表示される。これを左にスワイプすると、タイルが表示される。タイルはそれぞれが、アプリに対応している。
下の写真はタイル構成で、ホーム画面に続き、メール、ランニング、カレンダーなどのタイルが並んでいる。基本操作は左右のスワイプだけで良く、シンプルで使いやすい。こうしたインターフェースや使用感は、米Google(グーグル)のメガネ型端末「Google Glass」によく似ている。

一番役立つランニングアプリ

Microsoft Bandで一番役に立ったのが、ランニングアプリ「Run」だ。このアプリは、ランニングやウォーキングを記録し運動量を把握する。ウォーキングを始める前に、このアプリ(右の写真、中央のタイル)にタッチし、アクションボタン(右の写真、右下のボタン)を押して起動する。アプリを起動すると、バンドはGPSシグナルを検知して位置を把握する。Microsoft BandはGPSを搭載しており、スマホなしで利用できる。
ウォーキング中は、走行時間、距離、ペース、心拍数、消費カロリー量がディスプレーに表示される。リアルタイムで計測するので、走行中に心拍数を確認し最適なペースに合わせることができる。ただ、移動中に測定した心拍数は高めに表示されるようで、静止状態で測るのがベストだ。また、1マイル(約1.6キロ)走るごとに、端末が振動してそれを知らせてくれる。
ウォーキングを終えてから、Microsoft Bandをスマホと同期すると、アプリにログが送信され、詳細情報を閲覧できる(下の写真)。左側の画面はウォーキングの概要で、走行コースがマップ上に表示される。この下に、走行時間、消費カロリー量、ペース、平均心拍数、最大心拍数などが表示される。

右側の画面には、ペース(分/マイル)がグラフで表示される。これまではスマホをポケットに入れてウォーキングをしていたが、Microsoft Bandの購入後はバンドだけで記録が取れて身軽になった。
睡眠の質を測定
Microsoft Bandを腕に装着して寝ると、睡眠の質を測定できる。「Sleep」タイルにタッチし、アクションボタンを押してアプリを起動する。起床時にはアクションボタンを押して、計測を停止する。ディスプレーには、睡眠時間のほかに、睡眠効率、起きた回数、消費カロリー量が表示される。
ここでMicrosoft Bandをスマホと同期すると、詳細情報を閲覧できる(下の写真)。左側の画面は、グラフ化された睡眠のサマリーである。赤色が起きている時間、紫色が深い眠り、薄い紫色が浅い眠りを示す。右側の画面はそれをテーブルで表したもので、睡眠効率、心拍数、カロリー消費量などが表示される。よく眠れたかどうかを、視覚的に把握できる。

生産性向上にも寄与
Microsoft Bandは生産性の向上を目的としたアプリにも対応しており、ビジネスツールとして利用できる。下の左写真の中央はメールタイルで、受信メール数が7件と表示されている。ここにタッチしてその内容を閲覧する。この他に、メッセージや電話着信通知などの機能がある。

メールを受信すると、バンドが振動してそれを知らせてくれる。ディスプレーにはメールのタイトルが表示され、緊急度に応じてスマホ側でメール本文を読むことができる。
このほかに、天気やカレンダーを表示する機能もある(上の右写真)。さらに、Windows PhoneからパーソナルアシスタントのCortanaを利用できる。ディスプレーはスマートウォッチ(腕時計型端末)よりも一回り小さいので、必要最小限の情報だけが示される。
リストバンドで支払い
Microsoftは、パートナー企業と組んでアプリ開発を加速している。大手コーヒーチェーンの米Starbucks(スターバックス)が提供するアプリ「Starbucks」もその一つで、Microsoft Bandで支払いができる。
コーヒーを注文してレジで支払いする際に、Starbucksタイルにタッチすると、QRコードが表示される(下の写真)。これが「Starbucks Card」に相当し、リーダー(写真奥の端末)にかざして支払いをする。ポケットから財布やスマホを取り出す必要がなく、リストバンドで支払いができるのは便利だ。

UVセンサーで日焼け対策を指示
Microsoft Bandは、10種類のセンサーを搭載している。小さな筐体に高機能センサーがぎっしり詰まっている。
例えば、心拍数測定用の光学センサーは腕の毛細血管の収縮を計測し、心拍数を測定する。ランニングなどで移動距離や歩数と共に使われ、消費カロリー量を正確に算定できる。また、ホーム画面に現在の心拍数が表示され、ストレス度合いを把握する目途となる。
皮膚の電気伝導率を測定するGalvanic Skin Responseセンサーも搭載されている。電極がディスプレー裏側とバンド側2カ所に実装されている。このセンサーで、バンドが着装されたかどうかを把握する。

通常、Galvanic Skin Responseセンサーはストレス度を測るために利用されるが、Microsoft Bandではストレス度のチェックには利用していない。将来、このセンサーを使ったストレス解析アプリが登場することも予想される。
ディスプレー左隣には、UV(紫外線)センサーが実装されている(右の写真、左下白丸)。これは紫外線量を測定するもので、「紫外線レベル:低い、1時間で日焼け」などと表示される。紫外線量を参考に、クリームを塗るなど、日焼け対策に利用できる。
健康管理クラウドで一元管理
クラウドサービスのMicrosoft Healthは、Microsoft Bandやアプリから収集したデータを一元管理する (下の写真)。Microsoftは自社製品だけでなく、パートナーが開発するスマートウォッチ、スマホ、アプリなどをサポートする予定である。これらのデータは、Microsoftが展開している医療データ管理クラウド「HealthVault」とも連携できる。

Microsoft Healthは、一番人気のGPSフィットネスアプリ「RunKeeper」と連携する。Microsoft Bandで収集した情報は、Microsoft Healthを経由して、RunKeeperアプリに格納される(下の写真)。

本当の狙いはビッグデータ解析
Microsoftにとってはウエアラブル端末の開発が最終目的ではなく、ウエアラブル端末が収集するデータの解析を事業の中心に据える考えだ。Microsoft Healthは、解析エンジン「Intelligence Engine」を備えており、これを使ってビッグデータを解析することで、健康管理に関する知見を得る。
具体的にIntelligence Engineは、カロリー消費量が最大になるエクササイズを見つけ出し、効果的なトレーニングの手助けを行う。Microsoft Bandは睡眠の質を計測し、よく寝れなかった日は解析エンジンがその理由を見つけてくれる。
同時に、日常生活に潜んでいる"因果関係"を明らかにする。「会社で会議が多い日は睡眠時間が長くなるのか、短くなるのか」「朝食を食べた日はランニングで速く走れるのか、遅くなるのか」、などをデータから見つけ出す。Microsoft Bandが収集する膨大なデータを解析する技術こそがMicrosoftの強みで、これがウエアラブル事業の中核となる。
オープンなプラットフォーム
Microsoft HealthはMicrosoft Bandだけでなく、他社のウエアラブル端末が収集する健康管理データも一元管理する。Microsoftは米Jawboneと開発を進めており、今後は、 Android Wearスマートウィッチ、Androidスマホ、iPhone 6が搭載する「M8コプロセッサー」をサポートするとしている。

さらに、Microsoftはセンサーモジュール(上の写真)をライセンスし、パートナー企業のウエアラブル製品開発を支援していく。MicrosoftはMicrosoft Bandを参照モデルと位置づけ、自社製品ではなくパートナー企業の端末販売支援を事業の中心に据える。
Microsoftの狙いは健康管理プラットフォームの提供で、クラウドサービスやデータ解析が事業の中心となる。これはGoogleの Androidモデルと似ており、IT(情報技術)企業のウエアラブル事業におけるビジネスモデルの方向性を示している。
スマートウォッチからリストバンドに
実はMicrosoftのウエアラブル事業はこれが最初ではなく、2002年11月にスマートウォッチを発表している (下の写真)。スマートアプライアンス技術「SPOT」を腕時計に組み込む方式で、設計・開発は時計メーカーが担当した。Fossil、Suunto、Tissot、Swatchなどがスマートウォッチを出荷した。

スマートウォッチで正確な時間を表示するほか、渋滞情報、予定表、ニュースなどを見ることができた。通信にはラジオで使うFM電波を利用。野心的な製品であったが需要は限定的で、2011年に販売を中止した。
Microsoftは今回、スマートウォッチではなく、あえてリストバンドの形状を選択。さらに、健康管理に特化した。一般にスマートウォッチはスマホのサブ画面という位置づけの製品が多く、便利ではあるが、なくても困らない。
しかし、Microsoft Bandではウエアラブル端末にしかできない機能が中心となる。その一例が身体データの収集で、Microsoft Bandは健康管理センサーとしての役割を担っている。
スマートウォッチはもう不要
Microsoftはリストバンド着装法について、下の写真の通り、内側に向けることを推奨している。実際に使ってみると分かるが、外側に着装すると、ディスプレーを縦方向で見ることになり、文字を読みにくい。これに対して、内側だと横方向で読みやすい。
ただ、読みやすさ以上に見た目も重要な要素。筆者は現在、外側に着装しているが、今後どうするか思案中である。

実は、以前購入したスマートウォッチは、結局使わなくなりクローゼットの中でホコリをかぶっている。一方、Microsoft Bandは毎日活躍中で、健康管理に不可欠な存在になってきた。「リストバンドがあればスマートウォッチは要らない」、とも思えるようになってきた。
ブランド、デザイン、機能の面から米Apple(アップル)が2015年に投入を予定している「Apple Watch」は別格としても、それ以外のスマートウォッチは、将来的にリストバンドに飲み込まれていくのかもしれない。
米ベンチャークレフ代表 1955年広島県生まれ。1985年、富士通より米国アムダールに赴任。北米でのスーパーコンピューター事業を推進。2003年、シリコンバレーでベンチャークレフを設立。ベンチャー企業を中心とする、ソフトウエア先端技術の研究を行う。20年に及ぶシリコンバレーでのキャリアを背景に、ブログ「Emerging Technology Review」で技術トレンドをレポートしている。
[ITpro 2014年11月21日付の記事を基に再構成]
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