2019年1月19日(土)

ソチで奮闘「静」のGK アイスホッケー・藤本那菜(上)

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2014/12/27 7:00
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アイスホッケー女子日本代表、藤本那菜(25、ボルテックス札幌)の経歴は少し変わっている。20代前半に4年ほど代表入りを辞退し、主戦GKとして初めて迎えた国際大会が今年2月のソチ五輪だった。生まれ育った札幌を愛し、この競技の本場である苫小牧や釧路のチームに所属したこともない。「スマイルジャパン」唯一の札幌組だ。

正確な位置取りで相手のシュートコースを消す

正確な位置取りで相手のシュートコースを消す

相手が動くまで動かない意識

最下位の8位に終わったソチ五輪では全試合に先発した。5戦全敗ながら1点差負けが3つもあったのは、当時の監督、飯塚祐司が「藤本で何とかもっている」と話したように、最後のとりでの奮闘があったからだ。ソチ後の出直しの場となった11月のチェコとの世界選手権1部入れ替え戦(3回戦制)では3試合でわずか3失点。得点力不足のチームを救い、世界の8強が集う舞台(来年3月開幕)に再び挑む切符を得た。

「私はアグレッシブなGKじゃない」と語る藤本は基本に忠実な「静」のGKだ。「相手が動くまで動かないことを意識している」。それは相手のシュートコースを消す最善の方法ながら、最も難しいことでもある。フェイントにひっかからず、微修正しながら正しい位置を維持する。高いスケーティング技術の持ち主にしかできない芸当だ。

父のスパルタ特訓、基礎学ぶ

ゴールの番人に転じたのは小学5年のとき。「チームからGKが抜けて父にやるか、と言われて。うまくなかった私に選択権はなかった」。GKは社会人になってアイスホッケーを始めた父親の絢士(けんじ)のポジション。絢士にも覚悟はあった。「那菜は小学1年から始めてFWもDFもやったけれど、どれもダメだった。どうせダメなら親らしくきちっと教えて悔いなく辞めようと。インターネットなどで調べてGKの勉強を一からやり直した」

小学5年に始めた父との特訓は2年続いた。登校前の早朝などにスケートリンクを借り切って練習したというのだから、絢士の情熱も尋常ではない。「ほかの人がゴルフに行くようなもので、私は子供の上達を見る方が楽しかった。幸い那菜には(GK向きの)体の柔軟性があった」。那菜は複雑な笑みを浮かべる。「つらいスパルタ練習でした。泣きながら根性でやったあの2年のおかげでGKの基礎を習得できたみたい」

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