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海を渡るIT起業家たち 集合先はシンガポール

IT(情報技術)分野のベンチャー起業家のシンガポール移住が増えている。一時は節税対策などで注目を集めたが、現地の物価の高さや円安などを考えると必ずしも有利とはいえない。「まず日本に近いシンガポールで足掛かりをつかみ、世界に挑戦したい」。最近はそんな野心を抱いた起業家がシンガポールを起点に成長戦略を描く。

決算説明会をネット会議で

「本日はシンガポールから決算説明会を開きます」。11月17日、ウェブ会議サービス、ブイキューブの7~9月期決算説明会。ラッフルズ・プレイスのオフィスビルの一室から間下直晃社長は機関投資家や証券アナリスらにあいさつした。

決算説明会といっても、実際に集まらない。インターネットなどで参加する仕組みで、間下社長はシンガポールの社長室でパソコン画面の上に装着したカメラに向かって説明。画面には資料と説明する間下社長の姿が見える構図だ。

この日は約50人が参加。質問はチャットで出されて間下社長が質問内容だけを読んで回答する。誰が質問したのか分からないため、間下社長は「質疑応答がより活発になる。オンライン説明会を開くメリットの1つだ」と指摘する。

間下社長がシンガポールに移住したのは2013年1月。東証マザーズ上場を控えた時期だ。東証側から「日本の企業で創業社長が海外在住の前例はない。ガバナンスは大丈夫なのか」と注文が付いたが、間下社長は「ウェブ会議サービスはどこでも仕事をできるようにするツール。私が海外でもビジネスできることを証明することが大切だ」と押し切った。

なぜシンガポールに移住したのか。ブイキューブは2003年に携帯電話向けのサービスで米国に進出したが、資金力が豊かな米国のITベンチャー企業に負けた。その経験から、間下社長は「日本とは歴史、文化的につながり深いアジアでまずは成功することが大切だ」と判断した。

現在のシンガポールの役職員は20人で日本人は6人。残りは10カ国から集まる技術者らだ。間下社長は「多国籍軍を編成し、アジア全域に通用するサービスを作り出したい」と意気込む。将来はロシアや中東など新市場の開拓を視野に入れる。

「シンガポールは世界と勝負するための拠点だ」。データ連携ソフトを手がけるインフォテリアの平野洋一郎社長は10月にシンガポールに移住。「アジアの交通の要所で、英語を話すために英語圏への重要なアプローチとなる。欧州との歴史的なつながりも深く、華人ネットワークもある」と評価する。

マレーシアやタイも検討したが、「シンガポールには多くのグローバル企業のアジア統括拠点があり、会社の代表としてコミュニケーションをとってパートナー戦略を進めるにはシンガポールが最適だ」と判断した。

「多様性も魅力だった」。シリコンバレーは「IT業界の聖地だが、実は多様性はあまりなく、参拝する場所。シンガポールは世界の交易のハブであり、自分たちの強みを磨いて、欧米企業と戦う」と意気込む。現在は1割以下の海外比率を20年には5割以上まで高めるのが目標だ。

シンガポールには多くのITの起業家が集まる。その理由の1つは資金集めに有利だからだ。ブイキューブの場合、日本には同業他社が少ないが、海外にはあるため、「ビジネスモデルの理解が早い」(間下社長)。ブイキューブの浮動株に外国人投資家比率は約半分程度とみられる。

生活コストは日本の2倍に

シンガポール移住が注目を集めたのは最近10年ぐらい。シンガポール政府は2000年代初めに富裕層向けに税負担が低い移住プログラムを策定。著名投資家のジム・ロジャーズ氏やフェイスブックの共同創業者、エドゥアルド・サベリン氏らが移住したとされる。

しかし、最近は基準が厳しくなっているほか、物価が上昇。円安もあって、家賃などを含めた生活コストは日本の2倍程度と感じる日本人も多い。ある日本人起業家は「数十億円の資産か、5千万円ほどの年収がないと、移住する経済的メリットは実感できないだろう」と指摘する。

「租税回避」から「世界への挑戦」へ。シンガポールに移住する起業家の視線は変わりつつある。「アベノミクスとはいうものの、人口が減る日本経済に大きな成長は見込めない。アジアで成長していく」。欧米企業もアジア市場を重視する中で、日本人起業家の底力が問われる。(多部田俊輔)

[日経産業新聞2014年12月18日付]

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