本州一小さな村を支える「花粉症に効く」珍種みかん
日経BPヒット総研 黒住紗織
2014年11月中旬、紀伊半島の山の中にある人口460人ほど(本州一人口が少ない)の村、北山村(和歌山県)を訪れた。ちょうど"幻の柑橘"「じゃばら」の収穫期で、訪れた前日には村の中心にある広場で「じゃばらの里収穫祭」が行われ、新しく建立した「邪払(じゃばら)神社」の記念式典も行われたという。


じゃばらは、ユズと九年母(くねんぼ)、紀州みかんなどの自然交配種で、もともとは北山村に1本の原木があっただけ。調べた結果、北山村にしか自生していないことが認められた「香酸かんきつ」だ。邪を払うと書いて「邪払」。邪気を払うほど酸っぱいことからこの名が付いたともいわれている。
1本だけだったじゃばらの木は、村民の努力で7000本ほどに増えた。栽培地に行ってみると、大人の男性の背の高さくらいの木にかぼすを大きくしたような直径7、8センチのサイズの実がたわわになっていた。割って食べてみると種はなく、ユズより酸っぱい。食後、独特のほろ苦さと柑橘特有の強い香りが口の中に広がる。地元では、ユズやかぼすのように果汁を絞って刺身やすしなどに使うことも多いそうだ。


さて、村は珍しい柑橘だから神社を建てたわけではない。「この村が発祥の地であることを証明しておくことが必要」と奥田貢村長がいうほど、じゃばらは村にとって大切な付加価値の高い資源だからだ。
その理由は、いまや国民病ともいえるほど多くの人が悩む花粉症を、軽減する作用があると確認された柑橘だから。もちろん、花粉症に効果があるという研究報告がある食品は、ヨーグルト、日本茶、甜茶などほかにもある。だが、和歌山県の人口460人余りの過疎の山村にしか自生しない珍種のみかん「じゃばら」に花粉症を改善する効果があると聞けば、特に症状に悩む人は興味がわき、試してみたくなるというのが人の心の不思議なところ。
じゃばらは、この10年で北山村を支える産業の一つに成長し、4年前の2010年度には2億7000万円の売り上げを記録した。翌年は気候の影響による減産と紀伊半島を襲った集中豪雨による大水害の影響を受け、4割ほど売り上げが落ちたがその後はまた回復基調に乗せ、2013年度は1億8000万円にまで戻している。ちなみにじゃばらの栽培、販売、加工は村が直営で一括管理を行っている。
もちろん、初めから花粉症に効くと知って産業化を進めたわけではなかった。地の利も悪く、知名度もなく、「この村にしかない唯一の果物」という価値だけではなかなか収益を上げるに至らず、なんと30年ほども苦戦をしたという。「2000年頃は2000万円ほどの売り上げに対し、経費はその倍かかっていた」(奥田貢村長)。それがその後、10年あまりで2億円を超す産業に成長したプロセスに、ヒット商品を生み出すためのヒントがある。
ヒットにつながる最初のキーワードは「小さな気付き」。ある時、職員が毎年大量購入してくれる客の存在に気づき、「お客様は毎年たくさん買ってくださっていますが、じゃばらをどのように利用されているのですか?」と問うたことが、その後に起きるじゃばら大ヒットの小さな一歩だった。客の答えは「じゃばらを食べていると花粉症が軽くなるようなんです――」。
そこで、当時まだ今ほど当たり前ではなかったインターネット販売に着目し、村は2002年12月、楽天市場への出店を決めた。そして、すぐさまじゃばらが花粉症に効くと感じる人がどのくらいいるのかを調べるために、1000人モニター調査の告知をした。2日間で1万8000人の応募があり、モニター調査(有効回答660人)の結果、46%の人が花粉症に効果があると回答したという。「あのとき、『ああ、たくさん買ってくれてありがとう』でなく、『何に使っているのか?』と職員が小さなことに気づき、モニター調査をすぐに実施しなかったら、今のじゃばらはない」と奥田村長。ヒット2つ目のキーワードは、気づいたことを「すぐに調査・確認」した点だ。
花粉症へのモニター調査結果をすぐにインターネットで公開したことで、幻の柑橘「じゃばら」への注目が集まり、テレビや雑誌などのメディアも殺到。モニター調査の翌年3月には、初めて商品が完売し、売り上げは1億円を達成した。2003年には楽天市場で、一日の予約販売の総合売り上げの1位から6位をじゃばら製品が占めたという快挙を成し遂げたというからすごい。
「楽天に出店を決めたとき、2年やってだめならやめようと思っていた。当時の目標は年商1億円。それがあっという間に2億円産業になった。こうした経験からインターネットのすごさを思い知り、村のブロードバンド化を決めた」と奥田村長は明かす。ちなみに、北山村は2002年に光ケーブルを導入、全世帯に引き込んでいる。
もっとも、ユーザーのモニター結果と口コミだけなら、じゃばらブームも一過性で終わったかもしれない。3つ目のヒットのキーワードは、「客観的な効果の裏付け」となる科学的根拠の研究を進めたことだ。医学的な効果が確認されていれば、自信を持って「じゃばら」を売り込むことができる。「花粉症に効くということをきちんと客観的に証明しておくことは大切だった」と奥田村長。
2006年には県の工業技術センターが、なぜ花粉症に効くのかの作用メカニズムを研究し、じゃばらに豊富に含まれるフラボノイドの一種「ナリルチン」が花粉症アレルギーの原因となるヒスタミンやロイコトリエンが放出されるのを抑える効果があることを学会で発表。有効成分ナリルチンの量は、果肉で比べたとき、カボスの約27倍、ユズの約6.5倍、またじゃばらの果皮には果肉の6倍以上が含まれていることもわかった。
さらに、2008年には岐阜大学医学部が花粉症患者15人を対象に、じゃばら果汁を飲んでもらった研究成果を学会誌に発表。じゃばら果汁を飲む前と後で比べると、鼻水、くしゃみ、鼻づまり、目のかゆみ、鼻のかゆみなどの症状スコアが有意に改善し、イライラ感やだるさ、記憶力、集中力などの生活の質の改善にも有効だということも明らかになった。

含まれるフラボノイド「ナリルチン」の量は果肉でユズの約6.5倍

科学的なエビデンスを追い風に、情報をもっと広げる手も打った。ネット通販だけでなく、自治体としてのブログを立ち上げ、地道にファンを増やす作戦だ。
こうした努力の結果、成長してきたじゃばら産業だが、花粉症への効果が知られるにつれ、新たな気がかりの種も芽生えてきている。じゃばらは接ぎ木で増やせるため、ほかの地域からも「じゃばら製品」が登場し始めているのだ。そこで、冒頭に紹介した「邪払神社」の建立が必要になったわけだ。
果実そのもののほか、果汁、ポン酢、ジュース、蜂蜜漬け、ジャムなどいまや商品アイテムが広がったじゃばら。2015年の花粉シーズンに向けて、パウダー製品も新製品として投入した。果汁より花粉症に効く成分「ナリルチン」を豊富に含んだ果皮も一緒に乾燥させ、「酸っぱいのは苦手だけれど、鼻のムズムズが気になる」という人向けを狙うという。



気になる今シーズンの花粉予測だが、ウェザーニューズ社によると、2015年の花粉飛散量は平年(2008~2014年平均)の1割増、2014年シーズンの5割増となると予想されている。特に関東から東海にかけては、多いところでは平年の5割増となる見込みとか。今シーズンは、じゃばら製品の売り上げをさらに伸ばすことができるだろうか。
また、2015年春頃からは、食品に機能性を表示することができる制度がスタートする予定だ。「花粉症に効く」という直接表現はできないものの、生鮮食品や農産物なども条件を満たせば機能性表示ができるようになるので、いずれはじゃばらにも可能性がないわけではないだろう。その分、ライバルも増えることは予想されるが、北山村には小さな村ゆえの早い決断力と行動力がある。北山村の今後のじゃばら産業戦略に、注目したい。

日経BPヒット総合研究所主任研究員。日経BP社ビズライフ局プロデューサー。サンケイリビング新聞社を経て、90年、日経BP社入社。『日経レストラン』『日経ベンチャー』などの記者を経て、2000年より『日経ヘルス』編集部。その後『日経ヘルスプルミエ』編集部 編集委員など。女性の健康、予防分野の中で、主に女性医療分野を中心に取材活動を行う。