2019年6月27日(木)

無形文化遺産「和紙」 コウゾを自ら生産するワケ
絶滅の危機にひんする日本の遺産(上)

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2015/1/1 7:00
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■生産が激減する国産コウゾ

現代の日本でも、手ですいた紙は少なくない。その中にあって尾崎家を稀な存在にしているのは、コウゾまで自ら栽培し、原料を自給していることである。

最近では、国産のコウゾからつくった和紙自体が激減している。高知県手すき和紙協同組合によると、日本で消費されるコウゾの70%(2009年時点)が外国産になってしまったという。最大の問題は、国産品の値段が高いこと。品質を保つには国産のコウゾを使うべきとの声は多いが、外国産と比べて値が張るために、あきらめる作り手は少なくない。

一方で、コウゾの生産者もどんどん減っている。コウゾの売り上げが労力に見合わないためだ。高知県手すき和紙協同組合の報告によれば、茎からはいだ「黒皮」と呼ぶ状態で、コウゾの価格は10貫(37.5kg)当たり約3万円(2009年時点)。生産量は、規模が大きいところでも100貫を超える程度という。つまり、どんなに頑張っても売り上げは30万円そこそこにしかならない。今や作り手は高齢者ばかりになってしまった。

尾崎家はコウゾを自作することで、結果としてこうした問題から距離を置いている。コウゾの供給を外部に頼っていたら、尾崎家の紙はもっと高価になっていたという。コウゾの供給が急に途絶える心配も、今のところ少ない。

尾崎家がコウゾの栽培に踏み切ったのは20年ほど前。ただし、必ずしもこうした効果を予見したからではなかった。当時は今のコウゾ畑に桑を植え、蚕を飼っていた。ところが中国産の安価な絹の流入で、養蚕が立ちゆかなくなる。そこで、同じ桑科に属する楮の栽培に目を向けた。

尾崎家にとって幸いだったのは、彼らの住む土地がコウゾの栽培に適していたことだ。コウゾは、水はけと日当たりと風通しがいいところによく育つ。すなわち尾崎家が居を構える、土佐の山あいがそれである。現に高知県は、コウゾの一大産地として知られる。

高知県手すき和紙協同組合の報告によれば、国産のコウゾのうち40~45%が同県でつくられているという。そもそも尾崎家を含め、高知県で和紙づくりが盛んなのも、このためである。鈴栄経師の鈴木源吾はこぼす。「最近の和紙は、産地に関わらず皆同じようなもん。国産の原料が、高知産ばかりになっちゃったから」。昔ながらの材料を使える尾崎家の紙は、それだけで希有な例である。

■「最後の1軒」救った新用途

切り口に水が溜まらぬよう、楮の茎は斜めに刈る

切り口に水が溜まらぬよう、楮の茎は斜めに刈る

よそでは難しいコウゾの自作が成立した理由は、コウゾに向いた気候だけではない。もう一つの条件は、皮肉にも和紙の衰退と表裏一体だった。

尾崎家がある岩戸や、その下の寺村など、周辺のいくつかの集落ですかれた紙は、「清帳紙」と呼ばれた。墨の乗りが良く丈夫で、かつては商家の大福帳向けとして重宝された。明治12年(西暦1879年)には235戸が紙をすいていたとの記録がある。

ところが洋紙の台頭を受けて、ご多分に漏れずこの産地も衰退の一途をたどる。大正時代には50数戸、第2次世界大戦直前には20数戸にまで減り、戦後の紙不足の時期にいったん需要が盛り返すものの、最後に残ったのは尾崎家1軒だった。

尾崎家が、和紙ばかりか原料までつくり続けてこられたのは、ここに至ってようやく需給が釣り合ったからである。東京・白山で紙を商う、紙舗 直(なお)の坂本直昭は語る。「尾崎さんちのほかに、もう1軒くらい増えてもやっていけるかもしれない。でも、3軒とか10軒とかになったらとても無理。やっぱりバランスの上に成り立ってる話」。

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