2019年6月20日(木)

無形文化遺産「和紙」 コウゾを自ら生産するワケ
絶滅の危機にひんする日本の遺産(上)

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2015/1/1 7:00
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日経テクノロジーオンライン

2014年11月27日、クワ科の植物であるコウゾを原料に手すきで作られる「和紙」が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。2013年に登録された「和食」に続く、日本の伝統技術の快挙である。しかし、こうした国際的な高い評価とは裏腹に、和紙は今、絶滅の危機にひんしている。全国手すき和紙連合会によれば、日本で和紙をすいている家はわずか301戸(2007年時点、現存する直近のデータ)。20世紀の初め、1901年には6万8562戸だったので、100年あまりで230分の1に減った計算になる。そして今なお、減少のペースは加速を続けている。今回は、和紙作りの肝である「素材の生産」と「紙すき工程」の現場ルポを、2回に分けてお届けする。

写真:藤森武、以下同じ

写真:藤森武、以下同じ

どうして、こんなところに住むのだろうか。初めて訪ねたとき、そう思った。

高知市の中心部から、国道33号線を車でひたすら西へ。1時間ほど走ると、緩やかに蛇行する仁淀川沿いの道になる。横目をかすめるダムの水は、緑がかった青。川を挟む両側の斜面は、次第に険しく切り立っていく。その急勾配に沿って、ずいぶん上まで集落が続いている。コンクリートの土台に支えられた家々は、転げ落ちてしまわないよう、山肌にしがみついているかのように見える。

高い橋を渡り、トンネルに入る手前で左の小道に折れる。突き当たりは、切り返さないと曲がれない急カーブだ。ここから登りが始まる。アクセルを緩めただけで後戻りしそうな坂である。道幅は車一台分。途中で出くわした土地の人は心得たもので、少し広くなったところに停車し、こちらが行き過ぎるのを待っていてくれる。それでも、先を見通せない曲がり角や、道路の外側に何もない場所に張られた金網やフェンスが、ところどころ大きくゆがんでいる。勢い余って道からはみ出た車両は、1台や2台ではないようだ。

途中まで迎えに来た相手に、見上げる高みから声をかけられた。「まず畑に行きましょう」。曲がりくねった坂を快調に飛ばす軽トラックに、危うく置いていかれそうだ。ようやく車を止めて、今度は徒歩で登る。

■「柔らかくて強い」はコウゾのおかげ

遙か下に輝く青緑の川面に吸い込まれてしまわぬよう、視線を上にねじ向ける。その先に畑が現れた。葉もなければ果実もない。あるのは丸裸の立木ばかりだ。これがコウゾ(楮)。和紙をすく尾崎家が、この地にとどまる理由である。

[左]茶畑の上に見えてきたコウゾ畑で収穫が進む
[右]コウゾの株からたくさんの茎が伸びている

[左]茶畑の上に見えてきたコウゾ畑で収穫が進む
[右]コウゾの株からたくさんの茎が伸びている

和紙の原料として使う植物は、主なものでコウゾ、ガンピ(雁皮)、ミツマタ(三椏)の三種類がある。このうち最も一般的な材料がコウゾである。和紙が洋紙と比べて丈夫とされる一因は、コウゾの繊維にある。

その長さは平均9mm程度と、木材パルプの原料である針葉樹の約3mm、広葉樹の約1mmと比べて長い。すく際に長い繊維がよく絡まりあうことで、丈夫な紙ができるとされている。時に「柔らかい」と評される和紙の肌合いも、コウゾならではの味。鈴栄経師(きょうじ)の鈴木源吾は、「上質なパルプを使えば、(ガンピを用いる)鳥の子紙なら似たようなものがつくれるが、コウゾの独特の肌は無理」という。

■現存する最古の戸籍もコウゾ製

日本では紙の材料として古くからコウゾを使ってきた。事実、日本製で現存する最古の紙といわれる美濃・筑前・豊前の戸籍は、コウゾからできている。紙の作り方が日本に伝来したといわれる610年ごろ、国内にはコウゾの繊維をほぐして木綿(ゆう)と呼ぶ糸にする技術が既にあり、お祓(はら)いなどに使う幣(ぬさ)に用いていたという。コウゾを紙へ応用する発想は、ごく自然に生じたのだろう。コウゾは各地にあり、栽培に手が掛からないことも、採用を後押しした。

[左]遥か下に仁淀川が流れる
[右]刈り取ったコウゾの束

[左]遥か下に仁淀川が流れる
[右]刈り取ったコウゾの束

コウゾを使った和紙の伝統的な作り方を図解した書に、江戸時代の後半、1798年に国東(くにさき)治兵衛が刊行した『紙漉重宝記』がある。200年以上昔の書面に描かれた紙すきたちの姿は、現在の尾崎家の面々にぴたりと重なる。

この冊子が伝える製紙法は、コウゾから紙の原料をつくる作業と、原料を紙に仕上げる工程の、大きく二つに分けられる。コウゾを刈り取り、皮をはぎ、紙になる白い部分だけを残すのが前者。原料を煮て、繊維がほぐれるまでたたき、水に溶かしてすき上げ、日光で乾かして紙にするのが後者である。このうち尾崎家が機械に頼るのは、煮た後の材料をたたく工程くらい。あとは自分の手で、自作の道具を使い、自然の材料を加工している。

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