役人をやめ相場師に転身 菅理三郎氏
市場経済研究所代表 鍋島高明

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2014/12/13付
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日本経済新聞 電子版
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菅理三郎が米相場で巨富をつかむのは大正7年(1918年)の米騒動のころだ。時の政府は高騰する米価を鎮圧するため「暴利取締令」をたてに大物相場師を次々とヤリ玉に挙げ、市場から追放を図った。彼らが先物市場で思惑買いをしているのが米価高騰の元凶とにらんだからである。三重県津の岡半右衛門や桑名の伊藤延次郎、蛎殻町の増田貫一らが市場から退場させられていく。そんな中で、福井寅吉、宮谷惣右衛門らとともに堂島5…

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