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地方クラブ、夢と希望の場に サッカー超えて挑戦

2015年から愛媛県の今治市で仕事をする。1976年に創設されたFC今治というサッカークラブのオーナーになるのだ。子供のころから選手、コーチ、監督、解説者などいろんな立場でサッカーにずっと関わってきたけれど、オーナー業は初挑戦になる。今はフロント、コーチングスタッフの人選、スポンサー集めなどに東奔西走の日々だ。

事の始まりは、あるスペイン人コーチとの出会いだった。ブラジルのワールドカップ(W杯)が終わった後のことである。

育成部門とトップチームの壁壊す

サッカーの話、トレーニングの話で時間を忘れるほど大いに盛り上がり、すっかり意気投合した。そして、育成部門からトップチームまで同じ一つのトレーニングメソッド、フィロソフィーで貫くことは可能か、可能だとしたらそういうクラブを実際に日本でつくってみたらどうか、という話に広がった。通常、一つのクラブの中でもトレーニングメソッドは各コーチに任されている部分があり、トップチームと育成では異なることが多い。そういう壁を壊すことに挑戦してみようというところに行き着いたのだ。

育成とトップが別々の理屈で動いているのは理由がないわけじゃない。そもそも育成とトップでは求められるものが違うという考えが大前提としてある。

育成というのは文字通り、選手を育てること。将来、プロ選手になりたい、W杯に日本代表として出たい、という夢や希望を持つ子供たちに、選手としてやっていけるような基礎的な技術や判断力を養うようにトレーニングは組まれている。

一方、トップチームはとにかく目先の勝利が大事になる。どんなにきれい事や理想を並べても、負けが続けば監督はクビになるし、チームは今いるリーグから下部リーグに降格してしまう。それは減収要因になってクラブ経営の根幹部分を直撃する。だからトップチームの監督は時には理想を脇に置いてでも勝利を必死に追い求める。これはある程度、致し方ないことだと私も思っている。

「型」を作り、それを破り離れていく

クラブ経営に携わる人たちは、育成とトップチームでまったく毛色の違う指導者を置くことも珍しくない。むしろそれが普通だったりする。大ざっぱにいえば、育成の監督は選手を育てる人、トップの監督はチームを勝たせる人、という具合に。

そんな中で、共通のトレーニングメソッドという「型」を作り、年齢とともにその「型」を破り離れていく、つまり日本の武道などでいわれる「守、破、離」の世界をつくってみようと思った。そうすることで、育成からトップへの連続性が出てくると思うとともに、偶然ではない規律のとれた自由な発想のプレーが出てくると考えた。

自由にプレーしているように見えるスペインにも「型」があった。「型」があるからこそ、それを破ったときの驚きを与えるようなプレーが可能になるのかもしれない。

それは日本代表チームにもつながるのではないか? 代表チームで「型」を作る時間はとてもないが、同じ「型」を持ったチームから多くの選手を輩出することにより、代表チームのサッカーも変わるはずだ。実際、スペインのFCバルセロナ、ドイツのバイエルン・ミュンヘン、オランダのアヤックスなどではそうした理想を現実の形にしている。

今治発、独自サッカーで世界を驚かす

ありがたいことに、ブラジルのW杯が終わった後、私がそんな話をすると、Jリーグの1部(J1)や2部(J2)のクラブから「ウチのクラブでその夢に挑戦してくださいよ」という申し出を受けることがあった。迷ったが、既存の大きなクラブに行くことはどうしてもためらわれた。

既にあるJ1やJ2のクラブには、そのクラブが培ったメソッドや人的資産、組織のあり方というものがある。私がやろうとすることは、そういう既存のものを一度、更地にする可能性がある。それはそのクラブにとって大きなリスクになるし、時間もかかってしまうだろう。J1やJ2のクラブの方がスタート地点はかなり前にあるように見えるけれど、私としては「壊して」「建て直す」という作業を「建てる」ことだけに集中できる小さなクラブの方が、むしろやりやすいと思えたのである。

今年のFC今治は四国リーグに属し3位で全日程を終えた。四国リーグはブロックごとにある地域リーグの一つで、その上にJFLとJ3、J2、J1が乗っかってピラミッドを形成している。1つ上のカテゴリーに行くだけでも至難の業といわれる厳しい世界だが、今治発の独自のプレースタイルで日本を、アジアを、世界を驚かすことを私は真剣に考えている。

オーナー就任の決断、ほとんど直感的

FC今治とは縁があった。運営会社の社長は大学時代の先輩で、フランスのW杯(98年)のころから、その先輩が経営する別の会社の顧問を引き受けてきた。その縁でFC今治の方にも指導者を紹介するなどしてきた。先輩に私が夢を語り「FC今治でやらせてもらえないか」と打診したところ、快諾してくれた上に「オーナーになってやったら」と言われた。それなりの覚悟をもってやれということだろう。

それで先輩が持っていた運営会社の株式を51%取得し、私が筆頭株主になったわけである。17年の国体に向けたスポーツ施設ができる計画があったり、日本サッカー協会(JFA)の女子のアカデミーが今治に15年春にできたりといった流れもあったけれど、決断のほとんどは直感的なものだった。

肝心の「型」となるメソッドは、根幹となるところは来年のシーズンインまでに作り、そこから1年かけてブラッシュアップしていくことになるだろう。その後も常時更新を続けていくことになると思う。そのメソッドでのトレーニングは、試合を見ればはっきりと違いが分かる力を持っていなければならない。

地元チームは仲間、競合意識はなし

今治でクラブを経営することが報じられてから、いろんな人が関心を持ってくれるようになった。中には「愛媛には既にJ2の愛媛FCがある。狭いエリアで競合しませんか?」と心配してくれる人もいる。

実をいうと、そういうことはまったく私の頭になかった。私は今治の周りにあるクラブや学校や少年団などを競合相手とまったく思っていなかったからだ。地元のチームと、選手やスポンサーを取り合う気もさらさらない。あるのは、一緒に活動を広げていく仲間という意識。私が作るメソッドにしても、地元では無償で広めていくつもりだ。それが自然と全国に広がればこんなうれしいことはない。

スポンサー集めにしても、愛媛FCと地元の企業を取り合うような考えはない。そもそも、J2の愛媛FCと四国リーグのFC今治では格が違う。今の時点では地元の企業に何かお願いできる立場にこちらがない。

人材にしても、スポンサーにしても、私が思い描いているのは、日本から、アジアから、世界から、今治に呼び込むという姿である。この夢に共感して支援してくれるパートナーと新たなビジネスを作っていきたいと考えている。もちろん地元の経済界にもお願いしている。

FC今治のプロジェクトを進める上で、地元との関係づくりはすごく大切に思っている。単なるサッカーを超えたチャレンジをしてみたい気持ちもあるからだ。

今治を活気あふれるコスモポリタンに

その是非は別として、経済を筆頭に世のグローバル化の流れは絶対に止まらない。いまさら日本が鎖国できるわけじゃないし。そういう時代の流れに地方は地方で対策を立てないと、どんどん取り残されていく。20年東京五輪も東京への一極集中をさらに加速させる可能性がある。地方は地方で独自に人が集まる、にぎわいのある空間をつくらないと、どれだけ周回遅れになるかわからない。そういう手立てをサッカークラブを切り口に考え、実行に移してチャレンジしたいという強い気持ちが自分にはある。

サッカークラブには人が集う働きがある。試合がある日にスタジアムにお客さんを集めるだけじゃなくて、日々の暮らしの中で人と人との「接点」をつくる働きがある。クラブが強くなればなるほど、その接点は増えるし、広がるし、深くもなる。FCバルセロナとかマンチェスター・ユナイテッド、レアル・マドリードなんかは世界中にそういう接点を持っているわけで。

私はFC今治というクラブをそういう場所にしたいと思っている。「なんで愛媛の今治がこんなにコスモポリタンで活気にあふれているんだ」と、驚かれるようなクラブにしたいわけです。

チャレンジの根本にあるのは次の世代に夢や希望を持てる社会を残すということ。何世代にもわたって継承できる集いの場を今、創るということ。

交流サイト(SNS)を使って、若い連中からこのクラブを面白おかしく楽しむためのアイデアをどんどん入れてもらうつもりでいる。プランができたら、実行に参加してもらう。リアルとバーチャルの垣根を越えて、クラブを一つのプラットフォームに見立てて、いろんな人が参加して楽しめる場所にしたい。

チームが強くなるほど夢も大きく

集うのに老いも若きも男も女もない。クラブが発展して国際交流が盛んになれば、ホームステイ先が必要になるケースも出てくるかもしれない。そうなったら地元のおじいちゃんやおばあちゃんの協力が必要になる。そういうことが町全体の活性化につながってくれたらなあと思う。

スポーツとか音楽とか芸術は双方向性が強いから、交流のツールとしてこれほどのものはない。夢や希望が持てる場という意味では別にサッカーだけにこだわらなくてもいいのだろう。アーティストや音楽家がクラブライフの主人公になってくれても全然かまわないわけで。

ゆくゆくはアジア中から若者を集めてダボス会議の若者版みたいなことを今治でやるのもいいかなと思ったりする。そうやってできる若者同士のネットワークが国境を越えて成立していけば、大げさかもしれないけれど、世界平和の一助にだってなるかもしれない。少なくとも何もしないよりはましだと思うのだ。

自分の胸の内を明かしてからは、いろんな分野のエキスパートが集まって、いろんなアドバイスを私にしてくれる。夢はあちこちに広がるけれど、その一つ一つを実現させようと思ったら、やっぱりサッカークラブを発展させないといけないし、トップチームが上を目指せるようにしないといけない。強くなればなるほど夢も大きくできるのだから、やっぱり軸にあるのはサッカー。

58歳、リスク冒してでも思い切って

ひょっとしたら自分が考えているのは妄想に近いのかもしれない。でもね、今の社会を覆う閉塞感みたいなものを吹き払い、この世の中を先に進めようとしたらリスクを冒してでも思い切ったことをやらないといけない気がする。自分も58歳になって、どうせ失敗してもこの先、待っているのは死ぬことだけだし。それなら次代を担う若者のお役に立てるようなことをしたいんですね。

カミさんに「約束が違う。これからはのんびり、夫婦水入らずの暮らしをすると言ってたでしょ」としかられてもね。

(FC今治オーナー、サッカー元日本代表監督)

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