5年ごとに会社を替われば能力は伸ばせる - 日本経済新聞
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5年ごとに会社を替われば能力は伸ばせる

中村修二氏 ロングインタビュー(下)

2014年12月10日、スウェーデン・ストックホルムで2014年のノーベル賞授与式が開催される。1979年に徳島の日亜化学工業で技術者としての第一歩を踏み出した中村修二氏(現・米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)は、青色発光ダイオード(LED)の開発で、ノーベル物理学賞の共同受賞という栄誉に輝いた。今、中村氏は何を思うのか。現在、過去、未来について同氏がその思いを吐露した受賞決定直後のインタビュー(2014年10月下旬実施)の後半をお伝えする。

――中村さんは日亜化学工業に在籍していたとき、米国のベンチャー企業に匹敵するようなすごい仕事をされた。青色LEDの材料としては当時不人気だった窒化ガリウム(GaN)を選択して。失敗する可能性も大きかったのですが、なぜ成功できたのでしょうか。

中村今振り返ると、日亜化学の創業者である小川信雄さんが、まさしくベンチャーキャピタリストだったということでしょう。青色LEDに関しては、私がベンチャーを起こしたようなものです。小川さんが、それに投資してくれた。お金を出すけれども、一切何も言ってこなかった。

当時はまだ訳も分からない窒化ガリウムをたまたま選んで、やったらできたという感じです。非常にいいベンチャーキャピタルがいてくれたおかげです。小川さんは創業者で当時は社長でしたから、すべてのリスクを負ってぽんとお金を出してくれた。すごい方でした。

――リスクは中村さんが取ったわけではなくて、キャピタリスト側である小川信雄さんが取ってくれたわけですね。開発を始めたとき、青色LEDができる確証はあったのですか。

中村 いえ、そのときはもうほとんどゼロ。まあ1%ぐらいかな。窒化ガリウムで青色LEDを作ろうと思ったのは、博士号を取るためでした。当時、青色LEDの主流だったセレン化亜鉛(ZnSe)では、既に論文がたくさんあったので新しい論文を書けると思わなかった。窒化ガリウムの青色LEDを研究していたのは赤崎勇先生(当時・名古屋大学)のグループぐらいで、論文はセレン化亜鉛に比べてはるかに少なかった。

窒化ガリウムであれば、どんな結果が出ても論文を5件くらい書けたら、博士号が取れると思ったのです。青色LEDができるなんて、想像もしていませんでしたよ。

――いつごろから、論文を書くことではなく、青色LEDの製品化を意識するようになったのですか。

中村 青色LEDの開発ではいろいろとブレークスルーがありました。最初は「ツーフローMOCVD(有機金属気相成長法)」です。研究を始めてから約1年後(1990年)に実現しました。1年かけて毎日改造してできたツーフローの装置で窒化ガリウムを作ったら、移動度が200と、当時としては最高の値が出た。

青色LED、「いける」と思った瞬間

――いきなりという感じですか。

中村 いえいえ、1年半かけて出た値です。この結果で論文を書ける、当時はまずそう思いました。そう喜んだだけで、青色LEDができるとは全然思わなかった。

次が、バッファ層というものです。当時、赤崎先生の研究グループが、既に窒化アルミニウム(AlN)という材料でバッファ層を作り、品質のいい窒化ガリウムを成長させる技術を開発していた。私は、材料を変えて窒化ガリウムをバッファ層にしました。窒化ガリウムのバッファ層の上に窒化ガリウム結晶をツーフローMOCVDで成長させたら、移動度が600という当時世界最高の値が出た。このときも、また論文が書けると喜びました。

続いて、p型窒化ガリウムです。赤崎先生の研究グループは、当時既にp型窒化ガリウムを実現していました。マグネシウムを不純物として加え、電子線を照射する方法です。

私たちのチームはツーフローMOCVDで同じくマグネシウムを不純物として加え、電子線ではなく熱処理でp型窒化ガリウムを作った。そうしたら、赤崎先生のグループを超える非常にいい結果が出た。それでpn接合型の青色LEDを試作した。しかし、とても商品にできるようなものではなく、出力は0.01ミリワットくらいでした。この時点でも商品として通用する青色LEDができるなんてまだ考えていませんでした。

そして、次に導入したのが、窒化ガリウムにインジウム(In)を加えた窒化インジウム・ガリウム(InGaN)という材料を発光層に使う研究です。同じ研究は他のグループもやっていましたが、どこも成功していませんでした。これが室温ではぜんぜん光らない。ところが、私たちのところでこの材料を作ったら、室温で明るい青色や緑色の発光を確認できた。ツーフローMOCVDを使うことで、意外なほどあっけなく高品質の窒化インジウム・ガリウムができたんです。

これはいけると思いましたね。結果を受けて、この材料を発光層に使うLEDの開発を始めました。窒化インジウム・ガリウムを窒化アルミニウム・ガリウム(AlGaN)という材料で挟み込んだ、いわゆる「ダブルヘテロ構造」というものです。そうしたらこれがむちゃくちゃ光ったんですよ。1992年末か、1993年初めころです。製品化できると思ったのはそのときです。

新しいものにチャレンジすると自分の能力が伸びる

――それまでは論文の執筆を中心に考えていた。

中村 むしろ論文だけですよ。pn接合型の青色LEDを作ったときも、論文は書けるけど、青色LEDを製品化できるとは思いませんでした。その後に成功した窒化インジウム・ガリウムの発光層がキーです。

青色や青紫色で発光する半導体レーザーだって、この材料が不可欠です。高品質になったとはいえ、今でもサファイア基板上に形成した窒化ガリウムは欠陥(転位)がやたらに多い。それでもよく光るのは窒化インジウム・ガリウムのおかげです。ただ、「窒化インジウム・ガリウムだと、なぜこれほど光るのか」については、まだ完全には解明されていません。

――今の日本企業の枠組みの中で、中村さんのようなイノベーションを起こそうと思ったら、社内である程度好き勝手をやらせる環境を整えることが大事だということですか。

中村 そうです。でも、それはできないですよ。私は当時、会社の指示を全部無視していました。でも、普通の企業でそんなことをしたらクビでしょう。私の場合は、小川信雄さんがいてくれたからできた。だから、小川信雄さんが経営に関与できなくなったとき、会社を辞める決心をしました。理由はそれだけではなかったけれど、それは大きな理由です。私を擁護してくれる方がもういなくなったわけですから。私は企業に勤めてはいましたが、極めて特殊な環境にいたわけです。同じような環境を普通の会社でつくるのは難しいと思います。

私がベンチャーの必要性を説いてきたのは、そのためです。実際に米国のベンチャーには、私が成果を出したときのような環境があります。ベンチャーキャピタルやエンジェルが投資して、5年ぐらいは自由にやらせてくれるのです。日本にも、このような仕組みを導入しないと、本当に革新的なことはできないと思う。

新しいものにチャレンジするとゼロからやり直しになるので、必死になって勉強します。すると、自分の能力が伸びる。そういう意味で、同じ会社にずっといたらダメだと思うんです。ベンチャーを5年置きに立ち上げていたら、そのたびに環境が大きく変わります。むしろ、自分の能力を磨くために、5年置きぐらいで会社を替えるべきです。

日本の技術者は優秀です

――会社を替えることは、怖くないですか。

中村 米国に行く前は、私もそうでした。でも、行ったら、もう吹っ切れました。もちろん最初は苦労しますよ。でも、自分の能力が上がっていくのが分かります。「日本にいたらぼけるな」と思っていましたね。ある程度のポジションになったら、何もしなくても部下がやってくれるわけだから。極論すれば、書類にサインするだけでしょう。

新しいところで再スタートして必死になって生き延びないと沈んでしまいます。サラリーマンとしての給与だけあればいいと思うのなら、大企業でもいい。ただ、新規株式公開(IPO)で何十億円、何百億円相当の株式を手にすることを夢見るのであれば、ベンチャーをやった方がいいと思います。

これを言うと誤解されるんですけど、やはり仕事の対価は報酬だと思います。野球選手もいい成績を挙げれば報酬が上がるでしょう。サラリーマンだって、いい仕事をして成績を上げれば、相応の報酬を受けるべきです。日本の技術者は優秀なんですから。

――ただ、技術者の中には、「お金よりも成果」という人もいると思うんですけれども。

中村 僕は、それを信じない。もちろん、同じ仕事量、同じ成果だったら同じ給料でいい。でも、倍の仕事をして、倍の成果を挙げても給料は同じ。それで皆満足なんでしょうか。

日本の技術者は真面目で優秀です。問題なのは、ベンチャーについての知識が不足していることです。そこは教育の問題でしょう。米国では、小さいときからベンチャーやファイナンスなど、自立するための教育を受けている。だから、あまり大手企業に行こうなどとは思わないようです。

まずは自分でベンチャーを起こせないか考える。日本で私が教わってきたのは、クイズ番組の問題のようなものに解答する試験勉強ばかり。それでいきなりベンチャーをやれと言ったって、できるわけないですよね。

とにかく英語が大切

――日本では、特許の報酬制度が再び議論の的になっています。今までは中村さんの裁判もあって、社員に報いる方向の話が出ていた。ところが、また風向きが変わっています。

中村 そうです。私としてはショックです。私の裁判を通じて、日本の技術者の待遇はいい方向に向かっていると思っていた。それを維持してほしい。そうでないと、日本の技術者はかわいそうですよ。米国に比べれば、日本では人材の流動性が本当に低い。技術者は今のところ、「永遠のサラリーマン」になる以外、選択肢はほとんどないんです。なのに、特許権もすべて企業に帰属するようにするという。

――日本はこのままだと本当にまずいことになる。ここまで伺ったお話を総合するとそう思ってしまいます。

中村 まずいですよ。一番問題なのは英語でしょうね。だって、日本の企業が失敗したのは、うまくグローバリゼーションできなかったからです。代表例が携帯電話や太陽電池です。いいものを作っていたにもかかわらず、グローバリゼーションで後れを取った。政治の場でもそうですし、学会のような研究開発の世界でも全く同じです。展示会や国際会議に行っても、いろいろな外国人と雑談するようなことはしない。

仮にいいものを作っても、大きな国際会議で「我々の技術を標準にしろ」とうまく交渉できない。

――ご自身は、英語力はどうなんですか。

中村 実はダメなんです。45歳からでは、やはりムリですね。若いころからやらないと英語はどうしようもないです。今でも英語に苦労しています。

――これまで米国の良さを話されてきましたが、米国にも課題があると思います。それは何だと思いますか。

中村 米国の課題は、ものづくりが苦手なことです。個性を伸ばす教育で、みんな違う人間をつくる。日本はみんな同じような人間を大量につくる教育ですから、グループで品質のいいものを作るのは得意です。米国人は、グループでの仕事が得意ではありません。

大学で半導体レーザーを研究するときに、例えば、作製するプロセスごとに人を割り当てて、5人で作れば早く作れる。日本ではそうです。ところが、米国では違います。

学生を5人呼んできて、「君たちには、これからチームでこの1つのレーザーを作ってほしい」と言う。「あなたはこのプロセス、君はこのプロセス」と指示すると、私の前ではみんな「イエス」と返事する。でも、その通りにやった試しがないんですよ。違うレーザーを1人ずつ作ります。グループで何かをやり遂げるという教育をほとんど受けていないからでしょう。

現在の米国は、ものづくりのほとんどをアジアに委託している。「アジアの中で日本はものづくりが最もうまい」と米国人は思っています。だから、米国人はものづくりに関しては、日本とコンビを組んでやりたいんです。日本人は、一番真面目ですから。もちろん、中国も昔に比べたらだいぶ良くなっています。韓国もそう。それでも、私は相変わらず日本人が一番真面目で優秀、一番きっちりとものを作ると思いますけどね。

米国に定年はない。「行けるまで」です

――中村さんは、今年還暦を迎えられたと思うのですけれど、今後の人生設計をどうなさる予定でしょうか。

中村 米国には定年はないですからね。だから、「行けるまで」やります。研究は、今はもう学生や会社の若い人に任せています。私の役割は方向性を決めることです。

方向性や体制づくりが一番大事です。もし、方向が違ったらいくらやっても結果は出ないですからね。特に会社の従業員は優秀なので方向性を示せば、後はほとんど任せっきりです。今は取りあえずレーザーの開発に注力しています。成果が出るまでに、あまり時間はかからないと思います。

――以前は休みなく、毎日のように実験していましたよね。今はどうですか。

中村 今はそんなことはないです。土日は一応休んでいます。でも、趣味はないですね。休日は、家でのんびりしています。

――これまで仕事のお話を聞いてきたのですけれど、プライベートで今後10年、20年で何かやってみたいことはありますか。

中村 うーん、ないですねぇ。ビーチ沿いを散歩するくらいでしょうか。

[注]中村氏へのインタビュー完全版は、こちらで無料で読めます。URLはhttp://techon.nikkeibp.co.jp/article/NED/20141028/385404/

(日経BP社特別取材班)

(書籍『中村修二劇場』の記事を基に再構成)

【参考】日経BP社は2014年11月18日、書籍「中村修二劇場」を発行した。2014年のノーベル物理学賞を受賞した、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授は、世界有数の研究者であると同時に、日本の社会や企業のあり方に、いわゆる「中村裁判」を通じて一石を投じてきた。本書は、日経BP社の記者が20年以上にわたって追い続けてきた「中村修二劇場」の全幕をトレースし、地方企業の技術者だった中村教授がノーベル賞を受賞するまでを、当時の記事やインタビューでつづった全記録である。

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