銀盤ファンタジア フィギュア、ボーカル曲解禁で問われるセンス
プロスケーター 太田由希奈
五輪王者として臨んだ羽生選手の新シーズンは、思いもよらぬアクシデントがメディアで繰り返し報じられるスタートになってしまった。GPシリーズ第3戦の中国杯に出場し、フリー演技直前の6分間練習で中国の閻涵(エン・カン)選手と激しく衝突。両者とも氷上に倒れ込み、羽生選手はしばらくの間その場から動けなかった。顎の辺りから激しく出血するシーンをテレビで見た方は、本当に肝を冷やしたのではないか。
■羽生衝突受け、今後何らかの対策も
精密検査の結果、頭部と下顎の挫創、腹部と左大腿の挫傷、右足関節捻挫で全治2、3週間と伝えられた。脳に異常がみられなかったのは不幸中の幸いで、一日も早い回復を祈るばかりだ。
今回の衝突を受けてガイドラインの見直しも検討されるのではないか。例えば6分間練習で滑る人数を減らしたり、このようなアクシデントが起きて棄権した場合は別のGP大会への出場を認めたりするなど。国際スケート連盟(ISU)は何らかの対策を打ち出してほしいし、実際に打ち出すことになるだろう。
さて、今季のルール改正について話したいと思う。試合を見ていて気づかれたファンも多いと思うが、今季からボーカル入りの楽曲が解禁になった。
例えばGPシリーズ第1戦のスケートアメリカを制した町田選手はフリーで合唱入りのベートーベンの交響曲第9番、第2戦で優勝した無良選手、そして羽生選手はともにボーカル入りの「オペラ座の怪人」を使用した。女子の村上佳菜子選手(中京大)はショート、フリーともに「オペラ座の怪人」を使って、ショートはクリスティーヌ役、フリーは怪人役と2つで1つのプログラムを演じることに挑戦した。
■ボーカル曲にメリットとデメリット
GPシリーズに出られるぐらいの選手になると、やはりボーカルが入ることで、演技がより華やかになると思う。知っているメロディーが流れると、選手も乗りやすいし、ファンからの手拍子ももらいやすくなる。
これまではオリジナルにボーカルが入っている曲を使おうとする場合、わざわざオーケストラに演奏してもらう選手もいるなど、音源を確保するのがけっこう大変だった。
有名なオペラ曲を使った選手の演技を見ていて、本当はこの部分を使いたかったのにボーカルが入ってしまっていて使えなかったのだろうな、ちょっと音源が貧弱になってしまって残念だな、と思ったこともあった。今後はこうした苦労もなくなり、選手は好きな曲に乗って滑れるので心地よいと思う。
とはいえ、ボーカル入りの音楽を使うときには気をつけないと、エキシビションのように見えてしまったり、最初から音楽を無視して滑るような選手だとBGMのように聞こえてしまったりするかもしれない。太い声のボーカルに合わせて、きゃしゃな選手が滑るとミスマッチに感じることもあるだろう。
また、音源を制限時間内に収めようとするとき、曲の前後のいいところだけをつまんで編集することがよくあるが、こうした作業をする場合、ボーカル入りの楽曲だとうまく編集しないと言葉の意味が分からなくなってしまうケースもあるかもしれない。
コーチの中でもまだボーカル入りの曲については賛否両論。もちろん、あえてボーカル曲を使わないという選択肢もある。選手の雰囲気に合わせてどんな曲を与えるか。ボーカル入りの曲が解禁されて、振付師や音楽を担当するコーチのセンスがこれまで以上に問われることになりそうだ。
■「30秒ルール」でルーティン変更も
今季から名前をコールされてからスタート位置につくまでの時間が、60秒以内から30秒以内へと大幅に短縮された。30秒を超えると1点を減点され、60秒を超すと棄権とみなされて失格となる。

大きな大会になればなるほど選手の名前がコールされると、会場は盛り上がる。選手にとってスタート位置につくまでの時間は、ざわついた会場を静まらせるための時間でもある。そして、自分の世界に入っていき、呼吸を整える。そのための時間が半分になってしまったわけで、選手にとってはこれまでのルーティンを変えなければならないかもしれず大変だ。
フィギュアの世界でもルーティンを大切にしている選手は多い。例えば試合の数時間前に炭水化物を取り、直前にオレンジジュースを飲んで、いざ出番というときにはレモンを、といった風に。スケート靴も右から履く派がいたり、左から履く派がいたりする。
ただ、30秒というのは名前をコールされてからスタート位置につくまでの時間。演技時間はスタート位置で選手が動き始めてからカウントされるので、しばらくその場で動かない選手も出てきている。集中力を高めるために、今後もこうしてスタート位置でしばらく静止する選手が増えそうな気もする。
このため、いわゆる今回の「30秒ルール」に加えて、今度はスタート位置についてから何秒以内に動かなければならないというルールが作られるのかもしれない。