スポーツを科学する 幸運・不運だった投手は 統計学的にプロ野球分析
編集委員 鉄村和之
今年のプロ野球は、日本シリーズでパ・リーグ覇者のソフトバンクが阪神(セ・リーグ2位)を4勝1敗で下して日本一となり幕を閉じた。オリックスの金子がパの最多勝(16勝)と防御率(1.98)の投手2冠に輝くなど個人タイトルも決まったが、セイバーメトリクスといわれる統計学的手法を用いて分析すると、今年活躍した選手について新たな傾向も見えてくる。日本ハム・大谷と阪神・藤浪の2年目の成長、そして今シーズン最もラッキーだった投手とアンラッキーだった投手は……。
■打球の運・不運も考慮し投球を指標化
打率や打点、防御率といった以前からある指標とは違う見地から、野球を客観的に分析しようと生み出されたのがセイバーメトリクスで、1970年代に米国の野球ライターだったビル・ジェームズによって提唱された。映画にもなった「マネー・ボール」の主人公であるビリー・ビーン・ゼネラルマネジャー(GM)が、こうした手法を使って低予算チームであるアスレチックスを強豪球団に育て上げたことでも知られている。
セイバーメトリクスを使って今季のプロ野球を振り返るとどうなるか。様々なスポーツデータを解析しているデータスタジアムを訪ねると、ベースボール事業部の佐々木浩哉さんが「xFIPという指標を使って今年の投手成績を分析してみました」といってランキングを示してくれた。

xFIPはFIPが基になっている。FIPとは、フィールドに飛んだどんな打球でも運・不運があるという見地から考え出された指標。ボテボテの当たりが内野安打になることもあれば、逆に快打されても野手の好捕によって救われることもある。だから投手の純粋な能力は被本塁打と与えた四死球、奪三振から推し量るべきだという考えで生み出された。
ただ、近年は本塁打も球場の広さなどによって運・不運があるのではないかという考え方も出てきた。そこで被本塁打の代わりに外野飛球に一定の数値を掛けた値を使って算出するのがxFIPだ。FIPの改良版ともいえる。
セ・リーグ | 防御率 | パ・リーグ | 防御率 | |
1 | 菅野(巨) | 2.33 | 金子(オ) | 1.98 |
2 | 岩田(神) | 2.54 | 岸(西) | 2.51 |
3 | 前田健(広) | 2.60 | 大谷(日) | 2.61 |
4 | 大野(中) | 2.89 | 則本(楽) | 3.02 |
5 | 杉内(巨) | 3.16 | 西(オ) | 3.29 |
6 | 内海(巨) | 3.17 | スタンリッジ(ソ) | 3.30 |
7 | メッセンジャー(神) | 3.20 | ディクソン(オ) | 3.33 |
8 | 山井(中) | 3.21 | 石川(ロ) | 3.43 |
9 | 久保(デ) | 3.33 | 牧田(西) | 3.74 |
10 | モスコーソ(デ) | 3.39 | 辛島(楽) | 3.79 |
セ・リーグ | xFIP | パ・リーグ | xFIP | |
1 | メッセンジャー(神) | 2.96 | 金子(オ) | 2.38 |
2 | 菅野(巨) | 3.09 | 則本(楽) | 2.58 |
3 | 前田健(広) | 3.13 | 大谷(日) | 2.59 |
4 | 能見(神) | 3.33 | 岸(西) | 3.19 |
5 | 岩田(神) | 3.36 | 西(オ) | 3.23 |
6 | 杉内(巨) | 3.43 | メンドーサ(日) | 3.28 |
7 | 藤浪(神) | 3.44 | ディクソン(オ) | 3.305 |
8 | 内海(巨) | 3.57 | 石川(ロ) | 3.308 |
9 | 大瀬良(広) | 3.71 | スタンリッジ(ソ) | 3.56 |
10 | 久保(デ) | 3.98 | 辛島(楽) | 3.64 |
このxFIPと防御率のベスト10を見比べてみると、パはどちらもオリックスの金子が1位となっているが、セは防御率7位だった阪神のメッセンジャーがxFIPでは1位となった。これはメッセンジャーがセ最多の226三振を奪っているから。個人の力だけでアウトを取れる三振を重視するxFIPでは、奪三振率(9イニング当たりの三振数)の高い投手が上位にランクされやすい傾向がある。
防御率が11位でベスト10の圏外だった藤浪が、xFIPでは7位にランクされているのがその好例。藤浪の奪三振数はセ2位の172個で、奪三振率は両リーグで大谷(10.37)、メッセンジャー(9.76)に次ぐ9.50。昨季の8.24と比べ、9イニング当たり1個以上奪三振が増えている。
この奪三振率と直球の平均球速に比較的強い相関関係があることはよく知られている。佐々木さんがシーズンを通した直球の平均球速をはじき出し、過去10年の投手ランクを作成したところ驚くような結果が出たという。
■大谷と藤浪、平均球速が3キロアップ
なんと大谷が152.5キロで過去10年の投手の中でトップ、藤浪が149.7キロで2位だった。大リーグに移籍したダルビッシュ(日本ハム→レンジャーズ)、田中(楽天→ヤンキース)より2人の方が速かったのだ。10月5日の楽天戦で日本人最速の162キロをマークした大谷の快速球は今年大いにクローズアップされたが、「藤浪も破格のスピードボールを投げていた」と佐々木さんは語る。
昨年の平均球速は大谷149.4キロ、藤浪146.3キロで、2人とも3キロ以上、直球が速くなっている。「先発から救援に転向して短いイニングを全力でいけるようになった投手ではたまにあるが、先発という役割は変わらないのに1年間で3キロも速くなるのは考えられないような数値」と佐々木さん。2キロ上昇でさえ驚きなのに、3キロアップは異例中の異例という。大谷と藤浪が示したプロ2年目の確かな成長は、こんな数字も裏付けている。
■もっと防御率が良くてもよかった能見
それではxFIPと実際の防御率を比べてみるとどうなるか。防御率からxFIPの値を差し引いたのが差分ランキングで、12球団で阪神の能見が0.66と最も大きかった。能見の場合、四死球率(9イニング当たりの四死球数)が2.71と抜群の制球力を誇ったことがxFIPの数値が良かった要因で、「xFIPの数値から考えると、能見はもっと防御率が良くてもよかった。比較的不運だった投手といえる」と佐々木さん。
逆にxFIPよりも防御率が大幅に良かったのは大野、山井の中日勢。広いナゴヤドームを本拠とするだけに、防御率については有利に働くといえるかもしれない。
データスタジアムでは1試合ごとに「Game Score」という数値も取っている。投手の場合、(1)50ポイントからスタート(2)アウトを1つ取ると1ポイント(3)五回からは1イニング投げ終えるごとに2ポイント(4)奪三振1つごとに1ポイント(5)安打を1本浴びるごとに2ポイント減点(6)自責点1点ごとに4ポイント減点(7)自責点以外の失点は1点ごとに2ポイント減点(8)四死球1つごとに1ポイント減点――といった具合に算出される。
50~52点ぐらいが一つのラインで、それ以上の成績を残すと「先発の役割は果たしたといえる」と佐々木さんはいう。このGame Scoreからみて、勝っていても不思議ではなかったと考えられる試合を「GSc勝」、負けていてもおかしくなかった場合を「GSc負」と名付けるとする。
■今季最も「運なし」はメンドーサ?
実際の白星からGSc勝を引いた数値と、GSc負から実際の黒星を引いた数値を足したものがLuckで、今季このマイナスが最も大きかったのが日本ハムのメンドーサだ。7勝13敗に終わったものの、Game Scoreの年間トータルでは10勝9敗ぐらいの成績を残してもおかしくなかったと考えられ、「今年最も運のなかった投手といえそう」と佐々木さん。
2番目にマイナスが大きかったのが能見で、実際の成績は9勝13敗だったが、10勝9敗ぐらいでも不思議ではなかったといえそうだ。
逆に、13勝5敗でセ最多勝に輝いた中日の山井は、Game Score上は11勝9敗ぐらいでもおかしくなく、打線の援護に恵まれるなどして「今年最も幸運だった投手」といえるかもしれない。
今年、幸運または不運だったからといって、それがいつまでも続くわけではない。各投手は来季どんなパフォーマンスを見せてくれるだろうか。
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