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寝不足の金利は悪徳業者並み 眠気に打ち勝つ力(3)

ナショナルジオグラフィック日本版

「寝だめ」――よく使われる言葉だが、正確には貯金ではなく平日にため込んだ睡眠不足の借金返済である。借金をしているという認識があればまだしも、「ツケで飲めるなじみの店から送られてきた月末の請求書を見てビックリ」「リボ払いが重なって気付いたら返済不能」みたいな、ひそかに膨れあがる借金型の睡眠不足が多いので要注意である。そこで「眠気に打ち勝つ力」の第3回として、知らず知らずのうちに危うい状態にまで蓄積してしまう睡眠不足の実態についてご紹介する。

ここで第1の質問。

「あなたは毎日十分に満ち足りた睡眠時間を確保できていますか」「自然な目覚めで朝を迎えていますか」

この問いに「イエス」と答えたあなたは、今回の話は気楽に読み飛ばしていただいて結構です。しかし読者の多くは「少し寝足りない」日々を過ごしているのではないだろうか。睡眠不足でバタンキューというほどではないが、できればもう1時間、せめて30分寝たい、でも遅刻はマズイからはうようにして寝床から出て出勤…。

そんなあなたに第2の質問。

「少し寝足りないことで、日々の生活に支障が出ていますか」

睡眠不足にもイロイロある。徹夜の影響は分かりやすい。眠気が強くて会議で居眠りをしてしまった、イライラして部下に辛く当たってしまった、逆に少しハイになりオヤジギャグを口走って後悔した、などといった経験をお持ちの方も多いだろう。

もちろん徹夜明けは危険がいっぱいなのだが、「一睡もしていない」という危機感があるため運転も含めてむちゃはしないのが普通だ。

かたや、普段の生活でもしばしば経験する「少し寝足りない」についてはどうだろう。「起きるのは大変だけど、いったん職場に出るとそれなりに仕事はこなせている」「徹夜はマズいけど、6時間くらい寝ていれば何とかなる」――。ついつい軽視しがちだが、さほど問題ない、眠くなければ大丈夫、などという判断は非常に危険であることが数多くの研究から明らかにされている。

(イラスト:三島由美子、以下同)

睡眠不足の「金利」は悪徳業者並み

ここで今回のキーワード。

「少し寝足りない日々が1、2週間続いただけで徹夜以上のダメージが生じる」

少し借りたつもりでも法定外金利で膨れあがる借金、それが睡眠不足なのである。少し寝足りない状態が人の認知機能に及ぼす影響を調べたユニークな研究がある。21~38歳の被験者48人を4グループに分け、3グループにはそれぞれ14日間にわたって4時間、6時間、8時間睡眠で過ごしてもらい、不運な残る1グループには3日連続の徹夜(!)に耐えてもらった。それぞれのグループの眠気や認知機能(刺激への反応能力)の変化を表したのが下のグラフである。

「ちりも積もれば山となる」寝不足ローン(Van Dongenらのデータから筆者が作成)

8時間睡眠のグループはさすがに2週間の試験期間中を通じて眠気が強まることはなかった。しかし、4時間睡眠と6時間睡眠のグループは試験開始直後から眠気が強まり、4時間睡眠では1週間を超えると1晩の徹夜と同じレベルの眠気を感じるようになる。

「少し寝足りない」状態が認知機能に与える悪影響はさらに甚大である。6時間睡眠ですら10日を超えると徹夜明けと同じレベルにまで認知機能が低下する。これでは運転や危険作業に従事するのは非常に危うい。

4時間睡眠ともなると2週目には3晩連続の徹夜と同程度にまで低下する。筆者も2晩連続の徹夜しか経験が無いので、3晩連続の徹夜でどのような状態になるのか想像がつかないが、上司は言わずもがな、推しメンのまゆゆの前ですら寝てしまうことは間違いない。

寝不足の状態で眠気だけを軽くする実験をしてみたら

普段の生活では週末に借金返済をすることで睡眠不足の悪影響を軽減しているわけだが、忙しくて週末の休みが取れないときにどうするか。目の前の仕事をフラフラになりながらやるか、睡眠を確保して能率よく片付けるか、その選択は個人の考え方次第である。キレイ事を言っていられない場合も多いだろう。しかし、危険作業や運輸など眠気や集中力低下が人命に関わる仕事に従事している人々については後者の発想であるべきだ。実際、過密勤務のバス運転手が引き起こした痛ましい事故も記憶に新しい。

この研究結果では、眠気の強さと認知機能の低下との間に異なったトレンドがあることにも注意する必要がある。眠気は一定程度強くなると頭打ちになるが、認知機能は睡眠不足の蓄積に応じてドンドン低下するのだ。このような眠気と認知機能の乖離(かいり)こそがヒューマンエラー(事故)の大きな原因となる。

通常我々は眠気の有無を睡眠不足のセンサーとしているため、下手に眠気だけが軽減されるとかえって事故が起こりやすいのだ。これに関連して筆者らはある実験を行ったことがある。若者に徹夜をさせ、深夜から明け方にかけて細かな注意力を必要とする幾つかの認知機能テストを何度も繰り返し実施したのだ。

若者には徹夜試験に2回に参加してもらった。1回は静かにデスクワークをさせ、もう1回は定期的に眠気覚ましの軽運動や会話を許した。その結果、眠気覚ましのあるセッションでは明らかに眠気は軽くなり気分も良好に1晩を過ごせた。一方、静かに過ごしたセッションでは明け方の眠気をこらえるのが大変で、苦しい夜を過ごすことになった。この違いは経験的にもご納得いただけるのではないだろうか。

一方、認知機能テストの結果は…

一方、認知機能テストの結果はと言うと、2つのセッションで全く違いは無かったのである。眠気があろうがなかろうが、数字と記号合わせでケアレスミスを多発する、モニター上で動くターゲットを追跡しようとしてもうまく捉えられないなど、いずれのセッションでも認知機能は明け方に向けて一直線に低下していったのであった。

では、コーヒーを飲んだ場合はどうだろうか。カフェインは眠気を軽減するだけではなく認知機能の低下を防ぐという報告もあれば、いや認知機能は低下したままだというものもあるなど、残念ながら一定の結論は出ていない。コーヒーの力を過信するのは禁物だろう。

今回の話のまとめである。生活をしていれば十分な睡眠時間を確保できない時期もある。睡眠不足によって判断能力やパフォーマンスが低下するのも避けがたい。しかし、自分自身が睡眠不足に陥っている危険性を認識して、適切な予防策をとることは可能である。運動やカフェインなどを使った一時的な眠気覚ましは事故防止の根本的な対処にならないことは、ぜひご記憶願いたい。

また、睡眠不足が慢性化している人は眠気をうまく自覚できなくなることが知られている。たまに眠気が強くなるから自覚できるのであって、毎日眠気が強ければそのことに違和感を感じなくなるからだ。居眠り運転も危機感が薄れた時に起こりやすいので要注意だ。

    三島和夫氏
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
[Webナショジオ 2014年10月16日付の記事を基に再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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