「圏外」でもユーザーつなぐ、スマホ間通信の仲介役
日本国内では携帯電話・スマートフォン(スマホ)が全くの圏外になる場所は非常に少なくなっている。山間部でも、例えば富士山では登山道でのカバレッジが確保されており、登山時期にはLTEも利用できる。
狭い場所にユーザーが集中するようなイベントでは、各キャリアが基地局車を動員してカバレッジを確保する例は多数見られる。
一方、海外では日本ほどきめ細かくカバレッジが確保されているとは限らない。特に登山やトレッキングの際はスマホを当てにできない場合が多い。従来、山間部での連絡手段はトランシーバーが使われてきたが、山登りの装備は重量を極力減らしたいものだ。
このような場面でのユニークな解決案の一つとして注目されているのが、圏外の場所でも仲間とスマホで連絡を取れるようにする「goTenna(ゴーテナ)」というデバイスだ。
ニューヨークのベンチャーが開発
goTennaは、米ニューヨークのベンチャー企業・goTennaが開発したデバイスで、USBメモリーを大きくしたような外観をしている(図1)。

簡単に言うと、goTennaはスマホ間の交信を仲介するデバイスである。具体的には、スマホ-goTenna間の通信には、Bluetooth(ブルートゥース)の低電力版である「Bluetooth Low Energy(LE)」でペアリングする。スペック上は、スマホ-goTenna間の最大通信距離は20フィート(約6m)となっている。
一方、goTenna間は150MHz帯 (151M~154MHz) の電波で交信する(具体的な無線方式は非公開)。

goTennaによる通信は、モバイルネットワークやインターネットを利用しない「閉じた系」である(図2)。このため、モバイルWi-Fiの輻輳(ふくそう)や基地局がダウンするなどトラブルが発生した場合でも、goTennaの通信は影響を受けない。
図2ではスマホ2台での一対一の通信を示しているが、実際は電波が到達する範囲内にいるgoTennaユーザーの誰とでも通信できる。各ユーザーはIDで識別されるため、特定ユーザー/複数ユーザーのどちらにもメッセージを送れる。
障害物なければ通信距離は80kmにも
goTennaの技術的な最大の特徴は、150MHz帯というかなり低い周波数帯を利用している点だ(スマホは700MHz帯、900MHz帯、2GHz帯などを利用している)。
電波は一般に、周波数が低いほど到達距離が長く、ビルや山の陰に回り込みやすい性質(回折性)を持つ。スマホと比べるとgoTennaは電波が遠くまで届き、山やビルといった障害物の影響を受けにくいわけで、緊急時に仲間と連絡を取るという目的に合致した周波数帯を使っている。地形や高度といった条件にもよるが、goTenna同士の通信距離は砂漠や海上という障害物のない平坦な場所では最大50マイル(約80km)にも達する、と同社は説明している。
データレートを9.6kbps(ビット/秒)という必要最小限に抑え、低周波数の使用と併せて消費電力を抑えている。現在のLTEのデータレートが100Mbps強であることを考えると非常に低レートだが、テキストメッセージや位置情報をやり取りする用途なら十分な速度だ。
ユーザーは専用アプリを使用

携帯電話のネットワークやインターネットを利用しない仕様なので、goTennaを利用する際には通常の音声通話やSMS(ショート・メッセージング・サービス)、メッセージングアプリは使えない。代わりにAndroid(アンドロイド)/iOS用の専用アプリが付属する(図3)。
このアプリは以下の通信機能を一まとめにしている。1.テキストメッセージの送受信(160字まで)、2.オフラインマップ上での位置情報の共有(位置情報はスマホのGPSから取得)、3.個別ユーザー向け/グループ向けのメッセージング、4.「シャウト」機能(電波が到達する範囲にいる全goTennaユーザーへの一斉報知)、5.RSA-1024による暗号化――である。
goTennaはデータレートが9.6kbpsであることから上記以外の機能を制限しており、音声や静止画、動画のやり取りにはあえて対応していない。
goTennaによると、トランシーバーと比べて以下の点で優れているとしている。1.今使っているスマホを利用できる、2.メッセージの送達確認、自動再送ができる、3.個人宛/グループ宛にメッセージ送信できる、4.混信の心配がない、5.オフラインマップで位置情報を共有できる、6.暗号化に対応している
巨大ハリケーン被害が開発のきっかけ
goTenna創業者のPerdomo姉弟がgoTennaの開発を決心したのは、2012年に米国を襲ったハリケーン・サンディだったという。「サンディ」の被害を受けた10州では携帯基地局の4分の1がダウンし、延べ数百万人がコミュニケーション手段を失った。
この状況を目の当たりにして彼らが考えたのは、基地局を介さない端末間直接通信で、かつ一般に普及しているスマホを使うことだった。その結果goTennaは、基地局のダウンや輻輳とは無関係に通信する「オフグリッド」な環境を提供可能とした。
想定する利用シーン
goTennaは、想定される利用シーンをプロモーション動画で紹介している(図4)。

1.停電時:大規模な停電で基地局がダウンしてしまった場合でも、goTenna同士はメッセージをやり取りできる(図4(a))。
2.山奥でのトレッキング:整備された登山道と違い、山奥の道もないようなところではカバレッジが必ずしも保証されていない。従来はトランシーバーが活躍したが、goTennaならスマホのGPSを活用して自分の居場所を伝えられる。この点はトランシーバーより優れている(図4(b))。
3.混雑した場所:乗降客が非常に多い駅や大きなイベントなど、混雑には様々なパターンがある。携帯キャリアが混雑を見越したネットワーク整備をしていない限り、輻輳によってつながらないケースが生じ得る。テキストメッセージ限定だが、goTennaは輻輳とは無縁で通信できる(図4(c))。
日本での利用シーンは限定
goTennaが想定するこれらのシーンを、日本の事情に当てはめて考えてみよう。
日本ではほとんどの基地局に停電対策の蓄電池が配備されており、停電と同時に基地局がダウンするということはまずない。さらに、キャリア各社は東日本大震災を教訓として主要な基地局の蓄電池を強化し、停電時でも基地局が24時間以上稼働できるようになっている。実際に長時間の停電が発生したら、基地局よりも先にスマホのバッテリーが切れてしまうだろう。
一方で、山奥や沢では今でも携帯電話の電波が届きにくい地域がある。このため、goTennaのようなデバイスは有効かもしれない。
イベントで輻輳が想定される場合は、キャリアが基地局車を動員して輻輳対策を取る。しかし、慢性的に混雑する駅のホームは常に輻輳している状態で、特に渋谷や新宿などの地下鉄ホームは非常につながりにくい。
ただし、地下鉄のホームでわざわざgoTennaを使ってまでテキストメッセージをやりとりする需要があるかは疑問だ。つまり、日本でgoTennaが活躍する場は、山奥や沢といった特殊な地理的条件を持つ場に限定されそうだ。
M2MやIoTに活路
そこで、goTennaが想定している利用シーンから一歩進めて、携帯電話やWi-Fiとは独立した通信システムという観点で、別の用途がないかを考察してみよう。
すると、M2M(Machine to Machine)やIoT(Internet of Things:モノのインターネット)といった用途が浮かんでくる。
goTennaの特徴であるオフグリッド性、長距離通信、低電力、低伝送レートは、すべてがM2MやIoTに対して求められる条件であるからだ。
M2Mデバイスには、通信部分にスマホをそのまま利用しているケースもある。ただしその場合、M2Mデバイスの利用可否はスマホのカバレッジやネットワークの状況に左右される。
一方、goTennaの運用では携帯電話のネットワークを必要としないため、携帯電話が「圏外」でも問題にならない。むしろ、goTennaによってネットワークが拡張される。ここでは複数のgoTennaによるカバレッジをまとめて、「goTennaネットワーク」と呼ぶことにする。
図5に、携帯電話のネットワークがgoTennaで拡張される様子を示す。破線で囲った部分は携帯電話キャリアのカバレッジ、実線の楕円はgoTennaの電波が届く範囲、つまり「goTennaネットワーク」を表す。図中では、M2Mの用途でスマホとgoTennaを配備したブルドーザーやフォークリフトは携帯電話カバレッジの圏外にある。携帯電話のネットワークは基地局を中心としたスター型の構成を取るが、その先端にgoTennaネットワークがぶら下がるイメージだ。

goTennaネットワークは、インフラの建設が不要という特徴を持つ。スマホとgoTennaをセットで導入して、現在のgoTennaネットワーク内の任意の場所に配置するだけで、ネットワークを拡張できる。
従来のトランシーバーはほとんどが一対一の運用で、そこにネットワークの概念はなかった。それがgoTennaによって、ネットワークを構築する新たな機能が生まれることになる。
goTennaで通信インフラに厚み
goTennaの開発意図を拡張すると、既存の携帯電話ネットワークに頼らないもう一つの通信インフラを確保しようという考えに行き着く。
扱う情報はテキストのみで、データレートが9.6kbpsであるgoTennaネットワークが携帯電話のネットワークと対等とは考えられない。それでも緊急時や、平時でも特定の利用シーンでは十分に役立つ。goTennaは通信インフラに厚みを持たせ、移動通信市場を成熟・成長させるものになり得るだろう。
商用化はまだこれから

goTennaは現在、ユーザーから購入予約をオンラインで受け付けている(図6)。価格は2本セットで299.99ドルだが、期間限定で半額セールを実施中だ。出荷は2015年第1四半期を予定している。
ただし、米国内でもFCC(連邦通信委員会)への認可を申請中であり、認可が通らなかった場合は購入予約金を返金するとしている。
日本では、スマホの特定無線設備は、商用化に当たって総務省が認める「技適(技術基準適合証明)」マークを取得しなければならない。goTennaを日本で運用する場合も技適が必要になるが、現状の出荷予定地域は米国域内のみなので、goTennaは技適をおそらく申請していないだろう。
このためgoTennaがFCCで認可され日本から購入できたとしても、現状ではgoTennaを日本で使用すると電波法違反に問われる可能性がある。
[ITpro 2014年10月9日付の記事を基に再構成]