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仮想現実と音楽の融合 エイベックスが開く新境地

エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ(東京・港)はこのほど、ヘッドマウントディスプレー(HMD)の仮想現実(VR)技術を駆使したミュージックビデオを制作した。別に撮影した通常のミュージックビデオと合わせて視聴することで、映像の世界観が理解できる仕組みだ。周囲すべてを別世界に変貌させるHMDが音楽の新境地を開くのか。世界初の試みが注目を集めている。

歌いながら倖田さんが自分の周囲をぐるり

VRのミュージックビデオは人気アーティスト・倖田來未さんが11月に発売する新曲「Dance In The Rain」のプロモーションの一環で制作された。同社第2音楽事業部が企画し、制作期間は構想から数えて約6カ月。藤沢友美主任は「作品にもよるが、通常のミュージックビデオに比べ2~3倍の時間がかかっている」と打ち明ける。

エイベックスが選択したHMDはゲームなどのコンテンツが豊富で、「本命」との呼び声も高い米オキュラスの「オキュラスリフト」だ。足が地面につかない脚高なイスに座って視聴する。映像は2分54秒と短めだが、VRだからこそ楽しめる映像が盛り込まれている。

例えば、倖田來未さんが視聴者の周囲をぐるりと歩くシーン。倖田來未さんの歩みを視線で追いかける体験はHMDならではだ。視線を前方に固定していると、倖田來未さんの移動に合わせて歌声の聞こえる方向が変わる様子を楽しめる。

ハイライトは終盤。突然、足場がなくなり、ローマの古代遺跡のような廃虚をすり抜けるように浮遊する場面だ。足元に目をやると、遠く下の方まで遺跡が見えてゾッとする。足がつかないイスに座るのは、このシーンで空中に浮かぶ感覚を演出するためだ。没入感を超越し、「別世界に自分が入り込む」とさえいわれるHMDの真骨頂を体験できる。

監督を務めたのはアートディレクターの横部正樹氏(YKBX)。かねてオキュラスリフトによる映像表現に興味を持っていたところ、音楽とテクノロジーの融合を模索していたエイベックスの藤沢主任らと巡り合った。

業界でも前例がない取り組みだけに「スタッフと一緒に一から試行錯誤して作り上げた」(横部監督)という。任天堂で7年間働き、ゲーム機「Wii」の開発にも携わった経験も最大限に生かした。

別撮りしたミュージックビデオは倖田來未さんらしい激しいダンスが持ち味だが、VRでは視線のブレが酔いの原因になってしまう。映像の急な加速や減速を抑えたり、目線の高さを維持したりする工夫が必要だった。加えて、視聴者は自由に視線を変えられるため、「製作側が見てほしい部分だけを見てくれるとは限らない」(横部監督)。後方を振り向かないと目に入らない細部まで作り込んだ。「2度、3度と繰り返し視聴するたび新しい発見がある」という。

横部監督が見どころの一つに挙げたのが、楽曲が止まり、映像がフリーズする場面。視聴者が不安にかられて周囲を見渡してしまう瞬間だ。「現実では体験できない『時間が止まった世界』を表現した」という。「今後は嗅覚や触覚を組み合わせた表現方法も考えたい」と目を輝かせる。

「アーティストはただ歌を歌うだけじゃない」

「HMDの経験はなかったが、新しいプロジェクトに挑戦できるのはとても光栄だと思った」――。倖田來未さんはプロジェクトの開始当時を振り返る。12月でデビュー15年目を迎える実力派アーティスト。撮影手法や演出方法についても、自らの意見や考えを横部監督らスタッフに物おじせず伝えた。

爽快感や迫力を優先するため、巨大ながれきが通り過ぎる効果音を強調するなど、従来のミュージックビデオでは避けられてきた演出もためらいなく取り入れた。「歌声が聞こえにくくなるとスタッフは気を使ってくれたけど、その方が絶対に面白い」とあっけらかん。日ごろから「動く東京ディズニーランド(TDL)になりたい」と話す根っからのエンターテイナーらしく、「いろんな表現方法が生まれるのはアーティストにとって良いこと」と言い切る。

「VRを使ったのは、倖田ファンのため、とはちょっと違う」と藤沢主任は打ち明ける。メジャーアーティストが活用して話題になれば、VR技術が普及するきっかけになると期待する。「アーティストはただ、歌を歌うだけじゃない。世の中に何かを提案する。そうした役割もあるはず」と話す。

問題は制作したVR映像をどうやって広めるか。オキュラスリフトは一般販売していないだけに、リスナーの各家庭で、とはいかない。そこで、VRを疑似体験できる特設サイトを準備しているほか、倖田來未さんのライブ会場でオキュラスリフトを実際に体験してもらえる仕掛けなどを検討している。「デビュー15年目のイベントが続く2015年中には形にしたい」(藤沢主任)と意気込む。

日本レコード協会によると、2013年の日本の音楽ソフト生産額は2704億円で、ピーク(1998年)の半分以下に落ち込んだ。無料動画サイトの影響で有料音楽配信も不振が続いており、復活の糸口がつかめていない。音楽とVRの巡り合いが長期低迷にあえぐ業界の光明となるか。

(新田祐司)

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