人手不足の救世主か 点検ロボ、老朽インフラに殺到
インフラ市場異種争奪戦(下)
2014年7月13日の昼下がり。東京都八王子市内に架かる新浅川橋の桁下に集まった数十人の団体を、通行人が不思議そうな表情で眺めていた。
カメラやレーザー距離計を片手に主桁や床版を熱心に視察するこの集団は、国土交通省が公募していた「次世代社会インフラ用ロボット」の、現場検証に参加する開発者たちだ。

同省は2014年4月から、維持管理と災害対応の部門で、3年以内に実用化を見込めることなどを要件にロボット技術を募集。維持管理部門では、橋梁、トンネル、河川やダムを対象に近接目視・打音検査の代替や支援が可能な技術を求めた。
11者がUAVの活用を提案
2014年7月初旬には、現場で実際に点検してみて性能を検証する技術を選定。橋梁が最も多い25者、トンネルは10者、河川やダムは14者だ。応募数は同省の想定以上に多かった。建設関連企業だけでなく、ロボット関連のベンチャー企業や大学などの研究機関も目立つ。
下の写真や図は、橋梁分野で選んだ点検ロボットの一例だ。同分野では現場検証を実施する25者のうち11者が、マルチローターヘリコプターなどのUAV(無人航空機)の活用を提案した。

マルチローターヘリコプターは、低価格化や高性能化が急速に進んでおり、災害現場の空撮や写真測量などに用いる事例が増えてきた。橋梁などの点検に当たり前のように使われる日は、遠くなさそうだ。このほか、ポールなどに計測機器を取り付けて、高所や狭い空間を点検できるロボットも複数あった。
同省は10~12月の3カ月間を掛けて、供用中の橋梁など全国10カ所の会場で性能を検証する。評価結果は2015年1月以降に公表。改善を進めて実戦への投入を目指す。
「現場で役立つロボットを選ぶ」
現場検証の会場の一つである新浅川橋は、1986年に架けた橋長385mの非合成鈑桁橋。上り線中央の1径間を対象に、主桁1本と床版8枚、張り出し床版を1時間程度でどれだけ点検できるかを確かめる予定だ。
「国交省がコンテスト形式の技術開発とは、珍しいですね」。こう水を向けた記者に対して、ロボット開発を担う国交省総合政策局公共事業企画調整課施工安全企画室の岩見吉輝室長は、次のように真意を説明した。
「コンテストとは全く違う。点検要領を満たし、現場で使えるものを選ぶ。『合格』したロボットは、いろんな場面で使っていく」(岩見室長)。あくまで現場で役立つロボットを選び、選んだからには国が普及を後押しする点で、競技会のようなイベントとは一線を画するというわけだ。
国が潤沢な開発費を提供
国交省はロボット開発を進めるに当たって、経済産業省との連携を図っている。土木側のニーズと検証用の現場を国交省が、開発者が持つシーズと開発費を経産省が提供する。
経産省が所管する新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2014年7月、7億5000万円を充てるインフラの維持管理向けロボット開発の委託先に11者を選んだ。国交省の現場検証への参加を、採択の条件とした。
このほかにも、社会インフラ向けのロボット開発には大きな予算が付いている。2014~2018年度に実施する内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、2014年度だけで約9億円を投じる予定だ。
突如、多額の予算が降ってきたことで「雨後のたけのこ」のように登場した点検ロボット。足場や橋梁点検車を用いた従来の点検方法とコスト面で競争力を持ち、性能と現場での使い勝手を両立した技術だけが、普及への切符を手に入れられる。国交省の現場検証は、その試金石となる。
米国は一歩先に具現化
インフラの点検ロボットの開発に取り組むのは、日本だけではない。国内に橋長6m以上の道路橋を60万橋も抱える米国では、連邦道路庁の委託を受けたラトガース大学(ニュージャージー州)が、「RABIT(ラビット」と呼ぶ床版の検査用ロボットを2012年に開発。今後5年間で1000橋に適用する目標を掲げて改良と量産に取り組んでいる。同庁が進めるLTBP(長期橋梁性能プログラム)の一環だ。
米国のロボット会社、アデプト・テクノロジーの関連企業が開発した機体を改造した。サイズは全長1.4m、幅1.2m、高さ1.1m。自由に回転する四つのタイヤを備え、その場で方向転換が可能だ。基地を兼ねる専用車両に収納し、橋梁まで運搬する。

位置情報を取得するGPS(全地球測位システム)、ひび割れなどを高解像度で撮影するカメラのほか、次の四つの非破壊検査技術を搭載した。鉄筋の腐食環境を探る電気抵抗法、鉄筋の位置を調べるGPR(地中レーダー法)、コンクリートの浮きや強度を調べるインパクトエコー法(衝撃弾性波法)と超音波法だ。
これらの技術で床版のデータを同時に取得。専用車両のコンピューターに無線で送信し、その場で確認できる。特徴が異なる複数の手法を組み合わせ、健全度を定量的に評価するのが目標だ。
非破壊検査技術の普及ツール
ラビットは、非破壊検査技術の普及を促す「ショーケース」としての意味合いを持つ。政府公認のロボットに組み込んでお墨付きを与え、強制的に1000橋に適用すれば、一気に「米国標準」になる可能性がある。
搭載した非破壊検査技術は、SHRP2(第二次戦略的ハイウェイ研究プログラム)での研究成果を基に選んだ。このプロジェクトでは、様々なメーカーが保有する技術の特徴を実地試験などに基づき検証。道路管理者が使いやすいように、精度や適用限界などを公表している。
実は、改良中のラビットに、日本発の非破壊検査技術が新たに組み込まれる公算が高い。西日本高速道路会社の米国現地法人「ネクスコ・ウエストUSA」の、赤外線技術を利用した路面点検システムがそれだ。
高性能の赤外線カメラで表面温度を測定し、健全部と異状部で生じる温度履歴の違いで浮きや剥離(はくり)を特定する。西日本高速道路エンジニアリング四国が開発したソフトウエアで損傷箇所の危険度を判定できる。
人手の点検では間に合わない
現在、ラビットに積んでいるのは車線を規制して計測しなければならない「接地方式」の技術だ。点検の効率を上げるために、高速走行しながらデータを取得できる同社の技術にラトガース大学が注目した。
「ラビットを収納する専用車両に赤外線カメラを取り付けられないか大学と検討中だ。我々の技術で点検箇所を絞り込んでから、ラビットを使って詳細に点検する」(ネクスコ・ウエストUSAの松本正人副社長)。
米国では、ラビットに搭載したような非破壊検査技術を活用せざるを得ない事情がある。2012年7月に成立した新たな陸上交通法「MAP-21」のなかで、幹線道路である全国ハイウェイシステムの橋梁について、ひび割れや浮きの箇所などの詳細なデータを集める「部材レベル点検」を2014年10月から義務付けたのだ。
7月から5年に1度の点検を自治体に義務付けた日本と同様、州政府や点検を担う建設コンサルタント会社から戸惑いの声が上がる。詳細なデータを取得するには、人手で点検していては間に合わないからだ。
一方、ネクスコ・ウエストUSAのように、新技術を売り込む企業にとっては好機だ。松本副社長は「ラビットに組み込まれれば、道路管理者からの信頼が高まる。点検義務付けも相まって、大量に調査業務が発注される可能性がある」と期待する。
政府が大胆な施策を打ち、民間が開発した新技術の普及を急速に促そうとする米国。日本よりも先にインフラの老朽化と向き合ってきた同国の取り組みは示唆に富む。
(日経コンストラクション 浅野祐一・木村駿)
[日経コンストラクション2014年8月25日号の記事を基に再構成]