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鍛え・学び・食べる…教習所体験、肌で知った大相撲

そこそこの大相撲好きでないと、その存在すら知らないことだろう。東京・両国国技館の敷地内にある相撲教習所は、相撲部屋に入門した新弟子たちを半年間の実技と座学を通じて力士に育てる場だ。9月の秋場所で新入幕ながら1横綱2大関を破って話題になった大型新人・逸ノ城も、場所後の10月に教習所を卒業したばかり。1957年の設立以来、全ての力士がここから角界人生をスタートさせている。

友綱親方(元関脇魁輝)の指導を受けて四股を踏む記者

人生初のまわし、下半身に安心感

10月中旬、相撲記者向けに教習所の体験入門が開かれた。今年入社したばかりで幕内の遠藤と同じ24歳の「序ノ口」記者が、力士の原点を文字通り肌身で知るために参加してみた。

教習所の門をくぐったのは午前7時半。黒板の置かれた教室と土俵のある稽古場、稽古後に体を洗う風呂場がある。教習生は10代後半が中心だからそう感じさせるのか、教習所自体も高校の教室や体育館によく似た雰囲気がある。

最初は実技。稽古場に入る前に指導員の力士の手を借りて白いまわしを締める。人生初のまわし姿は、何とも気恥ずかしい。ただ、かなり強く握られてもほどけないようギッチリと腰回りを固めると、心なしか下半身に力が入って安心感も得られる。

現役幕下力士と元幕内の親方の指導の下、まずは力士が「稽古の基礎の基礎」と口をそろえる四股踏みだ。両足を開いて腰を低く下ろす。軸足に体重を移し、反対の足を膝を真っすぐに伸ばして振り上げ、一気に振り下ろす。この一連の動きは、相撲をよく知らない人でも容易に思い浮かべられるだろう。まして記者は取材で幾度も見てきているので、すぐできると高をくくっていた。

土俵上でのすり足

四股を続けて10回、体中から悲鳴

だが、見るとやるとでは大違い。重心が不安定でよろけたり、上げた足を伸ばせなかったり……。股関節の筋がすぐに痛くなってきた。教習所長の友綱親方(元関脇魁輝)の手ほどきで何とか様にはなったものの、10回も繰り返すと体中が悲鳴を上げ、足を振り下ろすたびに汗が飛び散った。

四股で始まった稽古は、所作や攻めの型を確認する基本動作、土俵上でのすり足、丸太柱を左右の腕で突っ張るてっぽう、相手を土俵の外に押し出すぶつかり稽古、そして勝ち抜き方式で相撲の番数を重ねる申し合いと、メニューがずらりと並ぶ。こうして稽古は2時間ほど続くというから、気が遠くなってしまう。

とはいえ、きつい稽古ばかりではない。基本動作では攻めの型や腕立て伏せのほか、つま先立ちで両膝を開いて腰を下ろす蹲踞(そんきょ)、もみ手をして拍手をする塵手水(ちりちょうず)、相手と向き合った時の仕切りなどを教わる。塵手水のもみ手は屋外で相撲興行をしていた時代に、水の代わりに草で手をもんで清めたことに由来するという。所作を一つ一つ学び、必死についていくうちに、相撲のたどった歴史を体で感じられた。

ぶつかり稽古では関ノ戸親方に胸を出してもらう

元三役と申し合い、大人と子供の差

ぶつかり稽古と申し合いでは、指導員の親方と肌を合わせる得がたい経験をした。ぶつかり稽古の受け手は、大関豪栄道の兄弟子である関ノ戸親方(元小結岩木山)。165センチ、56キロと小柄な記者がありったけの力でぶつかっても188センチの巨体は全く動かず、突進の勢いは脂肪につつまれた分厚い胸板に吸収されてしまう。

申し合いでは稲川親方(元小結普天王)のまわしを取りにいくが、さすがに相手は元三役である。腕を差すことすらできず、あっさりと前にはたかれて終わった。まるで大人と子供ほどの差。この年になってそんな感覚を味わう体験など、めったにあるものではない。

午前9時半、砂と汗で泥まみれになりながら実技の稽古を一通り終えた。風呂で泥を洗い落とした後、座学を受けるため教室に向かうと、壁に相撲教習所の「校歌」ともいうべき錬成歌がかかっていた。「磐石(いわお)の如き胸板に、鋼鉄(はがね)の腕(かいな)火花散る……」。稽古を終えた今では「火花散る」という歌詞もあながち誇張でなく感じられる。

座学で社会の講義、睡魔との戦い

風呂につかってタオルだけ巻いた格好の教習生たちと一緒に、力士用の一回り大きい机と椅子についた。時間割は月曜が相撲史、火曜が国語(書道)、水曜が社会、木曜が相撲甚句と修行心得、金曜が運動医学で、相撲に必要な専門知識とともに一般の高校で習うような科目もある。

講義は日本語のみで、通訳はつかない。モンゴルをはじめとする外国出身者たちは日本語を学ぶ間もなく"入学"するため、座学すら悪戦苦闘なのだ。この日は逸ノ城が好きだという社会で、少子高齢化社会について1時間ほどNHK学園の講師が講義をした。

社会の授業で少子高齢化社会について学ぶ教習生

疲れ切った心身が風呂ですっかり弛緩(しかん)している。座学は睡魔との大いなる戦いだ。机に突っ伏す教習生の背中を見ているうちに、学生時代は居眠り常習犯だった記者もいつの間にか意識を失っていた。ふと気付くと、教習生を指導する兄弟子がこちらを見てニヤニヤしている。教習生なら罰としてデコピンを見舞われるところ。恥ずかしさで眠気が一気に吹き飛んだ。

トンカツ1.5人前、食も稽古なり

座学を終えると、国技館地下の食堂で昼食をとった。稽古で消耗したカロリーを補い、脂肪と筋肉をつけて体を大きくする食事も、力士にとっては大事な稽古の一つである。

力士が作り、食べる料理は「ちゃんこ」と総称され、オムライスでもスパゲティでもちゃんこになる。いわゆる「ちゃんこ鍋」にも決まったレシピはない。教習所の食堂では若い力士の大きな胃袋を満たすメニューが定番で、教習生時代の友綱親方は特にカレーライスが好きだったそうだ。

国技館地下食堂でのちゃんこはトンカツ定食。ご飯はおかわり自由

この日のちゃんこはトンカツ定食。カツこそ普通の大きさだが、力士用の食器は一回りも二回りも大きく、茶わんに米1合分のご飯が優に入る。さらに「俺はもう食べないんだよ」と、友綱親方からメーンのカツを半分分けてもらった。親方の好意を無にしないよう、腹をはち切れんばかりにしながら何とか完食。食べることもまた力士の戦いなのだと胃袋で学ぶ。

別世界にあらず、若者の一つの姿

こうして午前11時半、4時間の体験入門は終わった。教習生たちは月~金曜日、毎朝7時から10時すぎまで教習所で学び、食事をとってからそれぞれの部屋に戻る。大相撲という特殊な世界に足を踏み入れた力士たちは日々、想像を超える稽古をしている。ただ厳しさの差こそあれ、彼らが鍛え、学び、食べる姿は、誰しもが経験した10代後半の日々によく似ている。記者自身、部活や委員会活動に明け暮れた中高校時代を思い出した。

今年に入って大相撲の各場所は連日の満員御礼で、相撲人気が復活しつつあるようだ。近年では部屋の朝稽古を見学するツアーを旅行業者が企画するなど、一般のファンが稽古を目にする機会も増えた。稽古など土俵外の力士たちを見て、彼らが決して別世界の人間ではなく、どこにでもいる若者の一つの姿だとわかれば、応援にもさらに力がこもるに違いない。

(田村修吾)

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