暖房の前にまず「断熱」 失敗しない家づくりの常識

──エコ住宅や省エネ設備の資料を見ていると、見慣れない言葉がたくさん出てきます。先生にその意味を教えていただきたくて、伺いました。まず、断熱性の計算に使う「熱貫流率」といった言葉の意味を…。
まあまあ、そう急がずに。専門用語の前に、そもそも断熱の目的とはなんだと思いますか。
──冷暖房のエネルギー使用量を抑えるためでは?
私も以前はそう考えていました。しかし、断熱性を高めても、光熱費はそれほど劇的に削減できるわけではありません。断熱施工のコストはなかなか回収できないように思えるわけです。
──えっ、がっかりです。
でもね、例えば5000万円で100m2(平方メートル)の家を建てたとしましょう。断熱性が低いと、冬は暖房が効きにくいからリビングの一部だけで縮こまって暮らす、なんていう状況がたくさんあります。そうすると、5000万円の住宅の一部しか使っていないことになる。100m2のうち、50m2しか使えないとしたらどうですか。それこそ、かけたコストに見合いませんね。
断熱性が高いと、空間を広く使えるようになります。住む人が不快でなく過ごせます。このことこそが、断熱の一番の目的と考えるべきです。光熱費の節約は、結果としてついてくる「おまけ」と考えておくのがよいと思います。
──断熱性が高いと、どうして快適なんでしょうか。
断熱性が高いと、床や壁・天井の表面温度が適度に保たれるからです。
──表面温度? 室温ではないのですか。
そこで、理解しておかなければならないのが、「放射」の概念です。「輻射」と呼ぶこともあります。
私たちの身体から発する放射熱は、目に見える光(可視光)や紫外線、そしていわゆる放射線(エックス線やガンマ線)と同じく、みなすべて電磁波です。ただ波長が違うだけなんです(図1)。

可視光は私たちの視細胞を刺激して、身の回りのものを見せてくれる。それより振動の激しい(短い波長を持つ)紫外線は、日焼けの原因になりますね。さらに、紫外線よりもっと短い波長を持つのがエックス線やガンマ線などの放射線というわけです。放射のうち、私たちが全身で温かさや冷たさとして感じる放射を、可視光に比べて波長が長いので、特に「長波長放射」と呼びます(図2)。

放射は体の芯から温まる
身の回りにあるすべての物体が、その温度に応じた長波長放射を発しています。建物の中では、床も壁も天井も放射している。そして、その表面温度が高ければ高いほど、長波長放射の量は大きくなります。一方で、私たち人間の身体も、表面温度に応じて長波長放射しています。この身体から発せられる放射の量が、快と不快を分ける重要な要因になります。
──床や壁や天井からの放射が、私たちの身体の放射の量に影響するということですか。
そう。人間の身体の表面温度は30~35℃ぐらいで、それに応じた放射をしています。夏に壁の表面温度が36℃ぐらいに上がると、壁からの放射の方が大きくなり、それが身体に伝わってくるので、暑く感じられます。
逆に、壁の表面温度が15℃ぐらいに下がると、身体から出ていく放射が増えてきて、寒さを感じるようになってきます(図3)。

──身体を包む空気の温度より、床や壁からの放射のほうが重要なのですか。
例えば、焼き鳥を想像してみてください。一方では、炎が燃えさかる中で肉を焼いている。もう一方では、七輪で赤くなった炭の上に肉をかざして焼いている(図4)。どっちを食べたいですか。

──もちろん、炭火のほうです。
ですよね。炎とは対流です。高温の空気が肉を包むと表面だけが焦げて、中には火が通りにくい。一方で、炭火焼きは放射熱で肉を焼くから、表面温度はそれほど上がらなくても中にはじんわり火が通る。これが放射の原理です。
断熱で表面温度を適度に保つ
──空気を暖めても、身体の芯からは温まらないのですか
エアコンで暖めた室内の空気はせいぜい20~22℃で、身体の表面温度より10℃近くも低い。それをかき混ぜて身体に当てたら、身体からは熱が奪われてしまいます。床や壁の表面温度がそれなりに上がっていれば、身体の表面温度が下がらないで済みます。
「空調」という言葉が誤解のもとですね。空気を暖めたり冷やしたりすることより、床・壁・天井の表面温度をコントロールすることがまずは重要であることを見落としてしまうからです。さきほど「断熱性が高いと、床や壁・天井の表面温度が適度に保たれる」と言ったのは、そういうことです。

──壁の表面温度は簡単に測れるのですか。
非接触式の温度計を使えば測れます(図5)。
建築設計に携わる人にはぜひ携帯してもらったらよいと思います。いろいろな場所で測ると、体感との対応付けができてくるでしょう。値段は様々ですが、数千円で入手可能です。
── 床・壁・天井の表面温度は、どのぐらいに保てればよいのですか。
関東の冬ならば、暖房なしでも壁の表面温度を最低でも16℃ぐらいには保ちたいですね。そうすれば、万一、電力やガスなどのインフラが断たれても、凍えるようなことはありません。
──夏はどうですか。
壁や窓の表面温度が31℃ぐらいまでなら大丈夫。それでも、体表面の温度よりはやや低めです。そこにそよ風が吹けば、皮膚の表面温度より低い温度の空気が流れていくのですから、不快に感じずに済みます。
──でも、真夏に窓を開けても、生暖かい空気が入ってくるだけで、気持ちが良くないですが…。
それは空気の温度が高いのではなくて、アスファルトやコンクリートの表面からの放射熱が入ってくるためです(図6)。その場合は、庇(ひさし)を掛けて日差しを遮るとか、地面に水をまくとか、表面温度を下げる工夫が必要です。

次回は、宿谷教授に「断熱」と「遮熱」の役割の違いについて説明してもらう。
(書籍『建てる前に読む 家づくりの基礎知識』の記事を基に再構成)