ヤマハ、クラウドで簡単作曲 聞き手を作り手に
ヤマハは8月、音声合成技術で簡単に作曲できるクラウドサービス「ボカロネット」をベンチャーのアピリッツ(東京・渋谷)と共同開発した。利用者数は1万人を突破し、これまでに2万~3万曲が作曲されたという。現在も利用者数は1日に100人程度のペースで増加中だ。同サービスを「ボカロ(ボーカロイド)文化」の入り口と位置づけ、ファン層の拡大に取り組む。

「ボカロネット」はスマートフォン(スマホ)やパソコンから無料で使える。音楽の素人でも手軽に作曲できる「カンタンモード」だ。操作は2小節ずつ、4つの歌詞を20文字以内で入力し、声色と曲調を選ぶだけ。後は「作曲開始」ボタンをクリックすれば、約30秒で楽曲ができあがる。
入力した歌詞の文字数などを手がかりに楽曲を自動生成する。ヤマハが用意した音の素材を組み合わせて作る仕組みだ。「同じ歌詞でも1万パターンぐらいは作れる」(事業開発部VOCALOIDプロジェクトの中山智量主任)
所詮は自動生成と侮るなかれ。できあがった曲を聴いてみると、完成度の高さに驚く。ドラムがリズムを刻み、ベースが音に厚みを加える。作成した曲はクラウド上に自動保存され、いつでもダウンロードできる。気に入った曲をフェイスブックなどの交流サイト(SNS)に簡単に投稿できるのも楽しい機能だ。
クラウドサービスのため、音の素材や再生する歌声の種類を順次追加できる。想定する主な利用者は音楽の素人らで、使い続けてもらうには飽きさせない仕掛け作りが重要だ。ガチャピンの声を追加したところ、SNS上で話題を呼んだ。
ヤマハが音声合成技術で作曲するパソコンソフト「ボーカロイド」(ボカロ)を発売したのは10年前。別売りの応用ソフトと組み合わせ、作曲した楽曲をいろいろな声で歌わせることができる。2007年にクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)がキャラクターデザインにまでこだわった応用ソフト「初音ミク」を開発し、人気化した。
ボカロネットをリリースしたのは、生まれたばかりのボカロ文化の裾野を広げ、定着させるためだ。ボカロで頻繁に作曲し、動画投稿サイトで人気を集める「プロ」は100~200人で、作曲意欲が高いアクティブユーザーは1万~2万人という。一方で、作曲しない聞き手専門のファンは100万人にも達するとされる。
「アマチュアのない文化は滅びる」。VOCALOIDプロジェクトの剣持秀紀リーダーはこう話す。ボカロネットを通じて聞き手専門だったファンにも作り手側に加わってもらえれば、ボカロ文化に厚みが増す。
曲作りに慣れてくると次第にこだわりが芽生える。月500円の有料会員になれば、より多くの曲調や歌声を試せる。作曲した曲に磨きをかけたいなら、従来のボカロに楽曲データを移植して編集することもできる。ボカロネットを入り口に、有料サービスへ誘導する戦略だ。
「ボカロネットを酒席のちょっとした余興に使ってほしい」と剣持氏は期待する。長らく作曲活動は一握りの天才や愛好家の楽しみに限られていた。発信者と受信者の境界をなくすネットの力によって、いつでも誰でも作曲に参加できる世界が実現した。(新田祐司)
〔日経MJ2014年10月1日付〕
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