アップル、脱ジョブズ路線と引き換えに失ったもの
フィル・キーズ(米ブルーフィールドストラテジーズ アナリスト)

2014/10/5 7:00
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以前、日本滞在中に寺で仏僧と食事を共にする機会があった。エビが入った料理を供されたので「精進料理以外も食べるのか」と聞いたところ、仏僧は「時には仏様を殺す必要もある」と答えた。9月にアップルが開催した新製品発表会を見て、この会話を思い出した。

カリフォルニア大学バークレー校在学中に交換留学で来日。日本のIT(情報技術)産業にも詳しく、技術誌やウェブサイトなどでジャーナリストとして活動。日本での勤務経験もある。

カリフォルニア大学バークレー校在学中に交換留学で来日。日本のIT(情報技術)産業にも詳しく、技術誌やウェブサイトなどでジャーナリストとして活動。日本での勤務経験もある。

■「アップルウオッチ」 工業デザインの魅力は少なく

写真を見る限りでは、同社の新型腕時計型端末「アップルウオッチ」本体に、工業デザインとしての洗練や魅力は少ないという印象だ。そこに徹底的にこだわったスティーブ・ジョブズ氏が存命ならば、この製品は世に出ることはなかったのではないか。

アップルウオッチ本体のブロックのような四角いデザインは、他社が販売している腕時計型端末と大きな差がない。韓国サムスン電子が10月中に発売する予定の「ギアS」と比較すると面白い。幅39.8ミリメートル、縦58.3ミリメートルのギアSの本体は、アップルウオッチと異なり、腕にフィットするように曲面になっている。人間が手で操作するという観点からアップルウオッチをブロック型に決めたのかもしれないが、デザインという観点ではギアSに魅力を感じる。

さらに気になるのは、アップルウオッチの厚さだ。過去のアップルの製品発表会では、ジョブズ氏は製品をいかに薄くしたかについて毎回強調していた。このコラムの執筆時点では、アップルはアップルウオッチの厚さを公開していない。発売までにさらに薄くする可能性は否定できないが、現時点で写真を見る限り、アップルウオッチに「薄い」という印象はない。

■iPhone6の飛び出たレンズ、ジョブズ氏なら…

9月9日の新製品発表会で腕時計型端末「アップルウオッチ」を発表したクックCEO(米クパチーノ市)。

9月9日の新製品発表会で腕時計型端末「アップルウオッチ」を発表したクックCEO(米クパチーノ市)。

市場で調達可能な部品のみでスマートウオッチを作ると、部品のサイズが製品の大きさを決める。ジョブズ氏ならば、アップルウオッチを薄くて魅力的な製品にする技術が登場するまで発表しなかったのではないか、とすら思う。

今回の発表会でアップルは、伝統に従いiPhone6と6プラスの薄さを強調したが、長年アップルを見続けてきたウオッチャーのなかには、iPhone6の背面から突き出たカメラのレンズに違和感をおぼえた人が少なくなかった。iPhone6の厚さで市場が納得するだけのカメラの性能を実現するために必要な「物理的な長さ」を優先したものと想像される。

カメラ部分が少し出っ張っている新型iPhone

カメラ部分が少し出っ張っている新型iPhone

ジョブズ氏は、製品をできるだけ「パーフェクト」なオブジェにすることをいつも目標にしていた。それはIT(情報技術)業界で知らぬ者がいないほど有名な話だ。その目標を実現するために、初代iPhoneには最低限のボタンと穴しか空いていなかった。その彼が、背面から突き出たカメラを認めるとは思えない。

■理想の実現から市場ニーズを追求する会社に

アップルが携帯音楽プレーヤー「iPod」や初代のiPhoneを発表した当時は、現在に比べアップルの企業規模は小さかった。ジョブズ氏のビジョンやデザインセンスは、他のIT企業と違った、全世界の利用者が魅力的と感じる製品をつくり、尊敬される会社になるためには不可欠だった。

現在のアップルは規模を拡大しながら、米グーグルの基本ソフト(OS)「アンドロイド」を搭載する他社製品と競争していかなければならない。消費者の反応を見る限り、iPhone6は成功するだろう。アップルウオッチも成功すると思われる。アップルは市場のニーズに適合した製品をつくる会社に変わりつつある。たとえそれが、ジョブズ氏の理想という、アップルの「仏」を殺すことになるとしても。

[日経産業新聞2014年9月30日付]

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「新風 Silicon Valley」フィル・キーズ氏の視点

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