深海の人気者 光を放つチョウチンアンコウ

昨年のダイオウイカ人気から、深海生物ブームが続いている。深海生物の中で最も知られている魚の一つがチョウチンアンコウだ。
光の源は共生するバクテリア
東海大学海洋科学博物館には、全長50.6センチの立派な標本が展示されている。1978年2月に清水港の漁船が刺し網で捕獲した個体だ。博物館のスタッフが引き取りに行ったときはすでに死んでいて、発光するところは見られなかった。写真を撮るために水から出すと、全体が真っ黒で、手で触れると煤(すす)のような黒い物質が手についた。
チョウチンアンコウの頭に突き出ているアンテナのような竿(さお)は背ビレが変化した「誘引突起」で、先端の膨らみを「エスカ(擬餌状体)」という。
エスカの膨らみの中心はバクテリアの培養室で、発光バクテリアを共生させている。培養室の上部は半透明で、細い開口部があり、ここから発光物質を噴出させる。エスカから出ている肉質突起や10本ほどある糸状の部分は光ファイバーと構造が似ている。中心に透明な組織が通っていて、培養室の発光バクテリアの光を先端の発光器に届けているのだ。
生きているチョウチンアンコウが捕れることは非常にまれで、発光している状態を見る機会は限られている。67年2月に鎌倉の海岸で発見された35.6センチの個体が江ノ島水族館で8日間生存した。魚を刺激すると、突然青白い発光液を海水中に噴出。発光液は20~30秒間海水中を漂い、光雲となった。

発光液の噴出が見られたのは初日だけだったが、エスカはその後も弱く光り続けた。エスカの左右に延びた肉質突起の発光器は連続的に光り、エスカから垂れ下がった糸状の部分の先端にある小さな発光器は、刺激すると銀白色の電気的な光を発していた――と観察記録にある。
たぶん、肉質突起や糸状の部分のチラチラ光る小発光器で小魚をおびき寄せ、大きな口の近くに来たときに、エスカの膨らみから発光液を噴出し、小魚の目を光の雲でくらまし、捕食するのだろう。

話は変わるが、チョウチンアンコウとその仲間には、発光以外にも変わった特徴がある。それは繁殖システムで、オスがメスに比べて非常に小さく、メスに寄生する。暗い深海で、繁殖相手を探すのは大変なので、一度めぐり合うと簡単に別れることはなく、繁殖するまでメスに寄生している。中には、オスがメスの体表に付着した後、完全に癒合する種も知られている。オスがメスに寄生する動物は脊椎動物の中でチョウチンアンコウの仲間だけである。
オスは4センチほど 繁殖時にメスに付着
オスが癒合する種類はチョウチンアンコウ類162種のうち23種で、その中の1種であるビワアンコウが東海大学に展示されている。この標本は80センチほどの大きさで、約10センチのオスが寄生している。寄生したオスは、外部から見える眼や口だけでなく歯、腸、エラなども退化し、精巣だけが発達する。オスの血管はメスとつながり、メスの血液によって酸素や栄養が供給されるという。
最初に説明したチョウチンアンコウでは、繁殖期のときにオスは一時的にメスに付着するが、癒合しないで自由生活をおくっている。細長い体で約4センチにしかならない。
一度だけ、チョウチンアンコウを採集したことがある。83年8月に東海大学の実習船に乗った際、三宅島の近海において、夜間に直径1.6メートルの大きなプランクトンネットを水深300メートルまで沈めて生物採集を行った。この時に、全長5センチほどのかわいいチョウチンアンコウ(メス)が捕れたのだ。
生きていたので、すぐに暗い所に持ち込み観察したが、残念ながら発光を確認することはできなかった。チョウチンアンコウの光はウミホタルの光に似た青白い光だという。いつか、自分の目で光る姿を見たいものだ。
悪役と言えばダミ声ちょうちん鮟鱇(あんこう) 正比古
(葛西臨海水族園前園長 西 源二郎)
※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。