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自動運転車との並走で見た「人間と共存」の課題

宮本和明 米ベンチャークレフ

ITpro
米Google(グーグル)は、シリコンバレーにあるお膝元のマウンテンビュー市で、自動運転車の走行試験を集中的に展開している。最近は、自動運転車を頻繁に見かけるだけでなく、一緒に道路を走行する機会が増えた。並走してみると、自動運転車は安全であるが、風変わりな運転スタイルであることに気が付く。万が一事故を起こした際は、誰が責任を負うのか。そもそも、自動運転車を"運転"するには免許証がいるのか。激変が予想される、米カリフォルニア州のクルマ社会を考察する。

Googleは、2013年からマウンテンビュー市で自動運転車の走行試験を重ね、2014年夏までに市内全ての道路をカバーすると表明した。最近では自宅周辺で自動運転車の姿を見かけたり、自動運転車と並走する機会が増え、その特性も分かってきた。

左の写真はGoogle自動運転車(右側の車両)と並走している様子。ちなみに、メガネ型端末「Google Glass(グーグル・グラス)」を使うとウインクするだけでその様子を撮影でき、運転中ハンドルから手を離さないで安全に写真が撮れる。

右の写真は、前を走る自動運転車を撮影したものだ。しばらく後ろから見ていたが、滑らかな走行で、「機械が運転しているとは思えない」というのが第一印象だ。この先、車線を変え、信号機のある交差点で左折レーンに入っていく。一連の運転は自然だ。

上の写真左は、信号が青になり左折しているところ。前の車と適切な車間距離を取り、安全に走行した。慎重過ぎる運転ではなく、流れに沿った自然な運転である。屋根の上に「LIDAR」と呼ばれるレーザー・センサーが搭載され、円柱が高速で回転している。一目でGoogle自動運転車と分かる。

後部バンパーには会社ロゴと「self-driving car(自動運転車)」と表示されている。これは日本の若葉マーク (初心運転者標識) のように、後続車に注意を促す意味がある。

上の写真右は、信号が赤になりブレーキを踏んでスピードを落としているところ。ここでも運転は滑らかで、安全に減速し停止した。急停止でもなく、慎重すぎる運転でもなく、流れに沿った自然な運転だ。

でも、ちょっとタイミングが合わない

しかし、異変を感じたのは、スタートの場面。信号が青になりスタートしようとしたが、自動運転車は一呼吸おいて発進した。交差する自動車が、ぎりぎりのタイミングで通過することもあり得るため、自動運転車は安全を期してプログラムされている。追突事故を起こす状況ではなかったが、ちょっと気になる運転スタイルだった。

ハイウエーとの合流地点で、ニアミスがあった。上の左写真がその場面で、ハイウエーから合流してきた四輪駆動車のランドローバー(右端の車両)をきわどいタイミングで追い抜いた。自動運転車(中央の車両)は定速で走行し、右からランドローバーが合流してきたが、最後のタイミングで左にひょいとハンドルを切り、きわどい間合いでかわした。

人間が運転していれば、速度を上げて先に行くシーンであるが、自動運転車は定速で走行する。ここでも事故が起きる状況ではなかったが、なぜ加速しないのかと、疑問を感じる運転スタイルである。

直進すると思いきや右折

交差点での右折は、明らかに違和感を感じるものだった。上の写真右は、Google自動運転車(右側先頭の車両)が赤信号で止まっているところ。自動車はウインカーを出しておらず、ハンドルも真っ直ぐで、直進すると思っていた。しかし信号が青になると、急にウインカーを出し、自動運転車はゆっくりと右折を始めた。後続車もそれに従って右折した。米国は右側走行なので、日本でいうところの左折に当たる。

カリフォルニア州では、赤信号でも安全を確認すれば右折できる。しかし、自動走行車にはこのルールはプログラムされていないようで、信号が赤の時は右折しない。安全性を重視した設定であるが、周囲から見るとこの光景は奇異に映る。

直進しようとしたのだが、急に気が変わって右折したようにしか見えない。Google自動運転車は明らかに人が運転する車とは異なる動きをする、と感じた瞬間である。

自動運転車の特性を理解すべき

自動運転車が市販されると、好むと好まざるにかかわらず、一緒に走行することになる。Google自動運転車は安全面で問題を感じることは無いが、その挙動はやはり人間が運転する車とは異なる。初心者運転のような危うさは感じないが、風変わりな運転スタイルである。

数年後には、Google自動運転車と一緒に走行する際は、周囲のドライバーはその特性を理解し、安全に対応することが求められる。赤信号の時は右折しないなど、運転スタイルを理解して、事故防止に努めることが求められそうだ。

法整備が技術の進化に追随できていない現状も見えてきた。「自動運転車を運転するには運転免許証は必要なのか」「もし、交通違反で警察に止められた場合、自動運転車も罰金を払うのか」「万が一、交通事故が起こったら、責任をどう切り分けるのか」など、考慮すべき課題は少なくない。Googleが、自動運転車をどういう形態で販売するかもまだ決まっていない。

免許保持者と損害保険を条件に試験走行許可

前提条件が見えない中、カリフォルニア州で法整備が進み始めた。一般ドライバー向けルールを制定する前に、カリフォルニア州はGoogleが自動運転車を公道で試験することの是非について検討を重ねてきた。最終的にカリフォルニア州はこれを認め、2012年9月、ジェリー・ブラウン州知事が法令 (SB 1298) に署名し、自動運転車の公道での試験走行が認められた。

この法令では、運転免許を持ったドライバーが乗り、問題が発生した際に対応することを条件に、自動運転車を公道で走らせることを認めている。Googleはこの法令に基づき、カリフォルニア州の公道で自動運転車の試験を展開してきた。カリフォルニア州知事がこの法案に署名した背景には、同州が自動運転技術開発で主導的な役割を担いたいという意図がある。

この法令を受け、Department of Motor Vehicles (DMV、自動車登録と免許証発行を担う州政府機関) は2014年5月、自動運転車の公道での試験運転を正式に承認した。これにより道路交通法を改定し、自動運転車向けのルールを制定する作業が進むこととなる。

その第一弾として、DMVは試験走行の際の条件を制定した。試験走行では、資格を有したドライバーが座席に座り、緊急の際に対応するという条件が定められた。さらに会社は損害保険に加入し、500万ドル以上の保証額を義務づけている。この条件で自動運転車を公道で試験でき、試験者はハンドルから手を離し、アクセルやブレーキから足を離すことが、正式に認められたことになる。

具体的には、試験を希望する企業は、DMV専用サイトから申し込みを行う(上の写真)。試験運転をするためには、運転免許証に相当する「Autonomous Vehicle Testing Program Test Vehicle Operator Permit」という許可証を取得する。試験者は緊急時の対処法と、自動運転車の操作取り扱いについての教育を受けることを義務づけている。

上記は試験走行のための規定であるが、DMVは消費者が自動運転車を購入し、それを公道で使う時のルールについても準備を進めている。これは前述の法令 (SB 1298) の規定で、2015年1月1日までに、素案が制定されることになる。

「自動運転車免許証」が登場?

DMVは素案を準備中であるが、その内容はまだ公開されていない。一方、試験運転向け法令から推測すると、自動運転車であっても、公道を走るための「許可証」が必要で、ドライバーは自動運転車に関する基礎知識と非常時の対応が求められる。自動運転車とはいえ、DMVで「筆記試験」と「実技試験」を受け、これに合格して「自動運転車免許証」が交付されると思われる。つまり、自動運転車となっても、現行方式と大きな違いはなさそうである。

公道を走行するため、万が一の事故に備え、自動車保険も必要となる。自動車保険の料率については、保険会社がGoogle自動運転車の性能や安全性を精査して決定する。製品仕様などは公表されておらず料率は不明であるが、保険料は大幅に値下がりするのでは、というのが市場の観測である。

交通事故の原因の90%がドライバーにあるといわれており、Google自動運転車では事故率が大幅に低減する、というのがその根拠である。

事故率が大幅に低下することは、社会にとって大歓迎だが、保険会社としては自動車保険事業が大幅に縮小することを意味する。米国の保険会社は、自動運転車の登場を必ずしも歓迎していない気配を感じる。

事故の切り分けはどうなるか

もしGoogle自動運転車が交通違反をしたら、誰が罰金を支払うのかということも議論となる。万が一、交通事故を起こした場合、過失をどう切り分けるかが大きな課題となる。

自動運転車は一般車両と異なり、運転履歴がシステムに記録される。これが飛行機の「ブラックボックス」のような役割を果たし、過失の切り分けが今より明瞭になるとも言われている。自動運転車のプログラム・エラーなのか、利用者の設定ミスなのか、それとも外的要因なのかが判明する。

一方、保険会社や警察がシステム・ログを解析できるのか、またGoogleが障害切り分けサービスを提供するのか、考慮すべき点が山積している。このような未知の問題を抱えながら、カリフォルニア州は自動運転車に向けた法整備を一歩ずつ進めている。

ネバダ州はいち早く合法化

これに先立ちネバダ州は、2012年5月に、自動運転車の公道での試験走行を認めている。同州では、委員会がGoogle自動運転技術を評価し、さらにDMVの責任者がGoogle自動運転車に試乗して州内の主要道路を走行し、安全性を評価した。

その結果、Googleがネバダ州で自動運転車の走行試験を行うことを認め、そのためのライセンスプレートを発行した。上の写真がそれで、赤色の背景に無限大のロゴが入っている。

これは自動車技術の進化が、未来に向かい無限大に開けていることを示している。また背景の赤色は、自動運転車が走行試験をしていることを示し、他のドライバーや警察に注意を喚起することを意図している。自動運転車が一般消費者向けに販売される際には、ライセンスプレートの色は緑色に変わる計画になっている。

自動運転車が市販されると、これが犯罪に使われる可能性があるとのレポートがある。FBI(アメリカ合衆国連邦捜査局)は、Google自動運転車が市販された際の課題について分析した。このレポートは非公開であるが、イギリスのガーディアン紙が資料請求して取り寄せた。

自動運転車が犯罪に使われる懸念

このレポートでFBIは、Google自動運転車が犯罪で使われる可能性を指摘している。犯罪者がGoogle自動運転車を逃走用に悪用すると、運転の必要がないため、犯罪者は警察などの追跡者を銃撃しやすくなるとしている。Google自動運転車は、道路標識に従い、法定速度を守るようプログラムされているが、犯罪者が自動車をハッキングしてこれを改造することが懸念されている。

このレポートでは、テロリストが自動運転車に爆破物を搭載し、目的地で爆破させるテロ行為も指摘している。自爆テロの代わりに、自動運転車が使われるというシナリオである。自動運転車が登場すると交通事故が減り、安全な社会が訪れると期待していたが、犯罪やテロ行為への警戒も必要となることをこのレポートは警告している。自動運転車においては、格段に厳格なセキュリティー対策が求められる。

日本製自動運転車も東京五輪で活躍か

Googleは自動運転車の販売時期を明らかにしていないが、2017年ごろではないかと噂されている。一方、日産自動車は、2020年頃に自動運転車を投入すると表明している。東京五輪が開催される2020年には、一定量の自動運転車が街を走っていることになる。日本製の自動運転車が選手や競技関係者を運ぶ構想も、現実味を帯びている。

一方、そのためのインフラ整備が急務となる。行政は道路交通法を自動運転車向けに改定し、新しい交通ルールの制定が必要となる。保険会社は、自動運転車向けの自動車保険の商品化が必要で、保険料率制定がカギとなる。公安当局は、自動運転車を悪用した犯罪に、いかに取り組むかが問われる。

一般ドライバーは自動運転車の「クセ」を把握し、安全に対応することが求められる。Googleなど民間企業が新製品を出荷するだけに留まらず、自動運転車では社会インフラ整備が前提条件となり、クルマ社会が激変することとなる。マウンテンビュー市でGoogle自動運転車と並走することで、2020年のクルマ社会を垣間見ることができた。

宮本 和明(みやもと・かずあき)
米ベンチャークレフ代表 1955年広島県生まれ。1985年、富士通より米国アムダールに赴任。北米でのスーパーコンピューター事業を推進。2003年、シリコンバレーでベンチャークレフを設立。ベンチャー企業を中心とする、ソフトウエア先端技術の研究を行う。20年に及ぶシリコンバレーでのキャリアを背景に、ブログ「Emerging Technology Review」で技術トレンドをレポートしている。

[ITPro 2014年7月30日付の記事を基に再構成]

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