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孫社長の夢を阻んだ2人の男 知られざるその素顔

白紙に戻った米携帯電話3位スプリントと4位TモバイルUSの合併話。仕掛けたソフトバンクは2013年に買収したスプリントとTモバイルを合併させ、首位ベライゾン・ワイヤレスや2位AT&Tに対抗できる「強い3位」をつくり、世界最大級の米携帯市場で不動の地位を築く計画だった。綿密に練られた孫正義社長の対米戦略を狂わせたのは、2人の人物だったとされる。どんな素顔なのかを追った。

FCC委員長の真意は「ある日突然に」

1人は、放送・通信業界を規制監督する米連邦通信委員会(FCC)のトム・ウィーラー委員長。「根回しはしない。急転直下に動くのがウィーラー流なので、取材は難しいね」――。首都ワシントンで通信業界を担当するベテラン記者は、こう苦笑していた。

FCCは委員長を含め5人の委員で構成される。一般的に委員会のトップは円滑な組織運営のために、他の委員の意向を事前に把握したり調整したりする。この際にマスコミを含め部外者に委員長の意向が漏れることが多い。だがウィーラー委員長の場合はこうした根回しをせず、議論の方向性や着地点が最後まで見えにくいという。

FCCがネット接続に関する新しい規制緩和案を5月に可決した際には、本来は味方であるべき同じ民主党選出の委員から「草案を渡される時期がぎりぎりすぎる」との苦情が出たほどだ。ただでさえ、ソフトバンクにとってワシントンのロビー活動は今回が初めての経験。ウィーラー委員長の真意をつかむのに苦労したに違いない。

ウィーラー委員長は現在68歳で、携帯通信やCATVの業界団体のトップを歴任してきた。ワシントンでは業界の大物ロビイストとして知られ、13年にオバマ大統領がFCC委員長に任命した際には「業界の規制緩和のために首都で政治献金をばらまいてきた人物が、業界を規制する側に回って職務を果たせるのか」との批判が出た。11年のAT&TによるTモバイル買収計画(後に、撤回)には賛成した過去があり、スプリントによるTモバイル買収にも柔軟な姿勢を示す可能性があるとの見方もあった。だが、実態は違っていた。

ウィーラー流らしく、彼の真意が明らかとなったのは突然だった。きっかけは、8月1日にウィーラー委員長がFCC関係者に回覧させたメモ。FCCは携帯通信の電波(周波数)の利用権を巡る競争入札(オークション)を15年に予定しているが、メモのなかでウィーラー委員長は、上位4社の共同入札を禁じる方向で議論を進めるとの意向を示した。これを受け、Tモバイルとの共同入札を前提に買収交渉してきたスプリントは交渉中断を余儀なくされた。「監督官庁との闘いというのは、いつの時代でも、どこの国でも厳しいものだと思っている」。3月、ワシントンでの講演後に孫社長はこうぼやいたが、その懸念が現実になった格好だ。

孫社長の夢を砕いたもう1人は、買収相手だったTモバイルのジョン・レジャー最高経営責任者(CEO)だった。

「スプリントよ。他社の後追いで値下げしているようではダメだ。価格競争は自分から仕掛けなきゃ」。7月末の4~6月期決算の発表で、スプリントの価格戦略を痛烈に批判した。当時、同社とスプリントは買収交渉中だった。将来のパートナー候補もお構いなしに批判するのが、レジャー氏という人物だ。

公の場には常にTモバイルのロゴの入った明るいピンク色のTシャツで登場する。ややだらしなく伸びた長髪にTシャツという姿は、スーツ姿が主流の通信業界では異色。挑発的な発言で知られ、上位2社(ベライゾンとAT&T)を「金もうけ主義の貪欲野郎ども」と呼んだこともある。ラスベガスで1月に開催された世界最大の家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」では、AT&Tが開いたパーティーに招待状なしで顔を出し、警備員に追い出されてニュースになった。

最も危険な男、孫氏のお株奪う

会見中に下品な言葉を使い、謝罪に追い込まれることもしばしば。もっとも、こうした奇抜な行動がTモバイルの知名度向上に貢献している面は否めない。一部の通信業界アナリストは、親しみを込めてレジャーCEOを「米通信業界で最も危険な男」と呼ぶ。過激な言動だけではない。12年のCEO就任当時、瀕死(ひんし)の状態だったTモバイルを、2年間で米通信業界の「台風の目」に育て上げた実績を認めているからだ。

割安な通信料金に加え、通信会社の乗り換え手数料を肩代わりするといった斬新な販促手法で、不動といわれた上位2社から契約者を引きはがすことに成功。1~3月期には新規契約件数の純増数で上位4社中で首位に立った。Tモバイルが「強い4位」へと変貌する陰で、疲弊したのが3位のスプリントだ。Tモバイルは上位2社だけでなく、スプリントからも契約者を奪ったからだ。

Tモバイルの躍進が続けば続くほど、FCCなどの監督機関の間では「弱い3位に強い4位を買収させることは、米消費者の利益にならない」との意見が強まっていった。レジャーCEOが活躍すればするほど、スプリントによるTモバイル買収は難しくなる――。孫社長の計画はジレンマに陥った。

経営トップ自らが広告塔になり、安さを前面に顧客を獲得する。レジャーCEOの手法は、孫社長が日本の携帯市場で使った手法と似ている。孫社長は、日本で起こした変化をスプリントを通じて米市場でも起こそうと計画したが、レジャーCEOに先手を取られた格好だ。

孫社長が仕掛けた買収劇はひとまず幕を閉じた。だが、世界の携帯市場は買収・再編の機運に満ちている。Tモバイル買収にはスプリントの対抗馬として「フランスのスティーブ・ジョブズ」との異名を持つグザビエ・ニール氏が率いる仏携帯4位イリアッドが名乗りを上げた。中南米の通信王、カルロス・スリム氏は欧州市場などでの事業拡大に関心を持つと噂される。再編劇の幕が再び切って下ろされる日はそう遠くないかもしれない。

(ニューヨーク=清水石珠実)

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