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ディーゼル革新の立役者がこだわった10万分の1秒

黒煙や騒音をまき散らすディーゼルエンジン車。かつてのそんな悪印象を払拭し、今ではクリーンな次世代車として存在感を高めている。それを支えるのが燃料噴射制御技術だ。デンソーの最新の技術では、燃料である軽油を燃焼室に噴射するインジェクターにセンサーを載せ、エンジン細部に通わせた"電子の神経"で10万分の1秒の噴射ズレを細やかに補正。燃費を従来より2~5%改善する。現在トヨタ自動車の新興国戦略車「IMV」の車種やスウェーデンのボルボの世界展開車など計9車種が採用しており、そのほか複数社が採用を検討しているという。

10万分の1秒のズレ補正

i-ARTを搭載したインジェクターは、10万分の1秒の噴射のズレを補正できる

「性能を上げるために少しでも大きくしたい」「搭載しやすくするためには小型化が必要だ」――。ディーゼルエンジン、電子機器、生産、生産技術などのスペシャリストらを一堂に集めたある会議。インジェクターに小型センサーを内蔵し、10万分の1秒の噴射のズレを補正する技術「i-ART」の開発で、各自が譲れない一線を巡り意見を戦わせていた。

議論していたのはインジェクターにどうやってセンサーを組み込むか。センサーは、インジェクター内の燃料の圧力の感知に使う。噴射のたびに変わる圧力をもとに燃料の噴射量を割り出し、適切な量を噴射できなかった場合にすみやかに補正する。

だが、長さ25センチメートルほどのインジェクターの内部は既に精密部品がぎっしりと詰まっている。この中にセンサーをどう入れるか。センサーを入れる数ミクロン単位のスペースを巡って、激しい議論が展開された。このほか、エンジンで電子制御の頭脳にあたる「ECU」とセンサー同士は膨大な量の情報を通信を通じてやり取りするが、電気ノイズの影響などの中で、通信をどう安定させるか。乗り越える課題は山積していた。

i-ARTは、コモンレールシステムと呼ばれる燃料噴射制御システムで活用する。同システムは超高圧燃料を一時的にレール(蓄圧室)に蓄え電子制御でインジェクターに送り、タイミング良く噴射する。高圧噴射で燃料の粒を小さくし燃えやすくすることで粒子状物質(PM)の発生を抑える。デンソーが1995年に商用車向けで世界で初めて量産に成功。クリーンディーゼル車の普及で外せない技術となった。例えば、ディーゼル車のPMは2010年に95年当時の40分の1にまで削減している。

世界に先駆け、コモンレールの量産に成功したはずの同社だが、自動車部品大手の独ボッシュは乗用車向けを投入、欧州を中心にクリーンディーゼル車の潮流をつくっていった。コモンレールの開発に携わり、現副社長の宮木正彦氏は、後にi-ARTの実用化を担う、竹内克彦ディーゼルシステム技術部長に注文をつけた。「コモンレールシステムの開発後、新たな付加価値を生み出せていないじゃないか」――。

機械と電子の融合、壁破る

i-ARTを搭載したインジェクターの生産ラインにも、機械と電子機器の生産技術を活用(愛知県西尾市の善明製作所)

くしくも、世の中の技術革新を背景にECUの性能向上と、センサーの小型化が進んでおり、社内では機械と電子の技術融合で既存技術の壁を打ち破る「機電一体プロジェクト」がスタート。デンソーは欧州連合(EU)で14年に施行する排ガス規制の新基準「ユーロ6」へ新技術の開発も必要に迫られており、同プロジェクトの当初案件として開発を進めることになった。

だが各部署からスペシャリストを集め、個々の意見を尊重しつつ1つの製品に仕上げるのは、困難を極めた。例えば、センサーを入れる数ミクロン単位のスペースを巡る議論。12年に実用化するまでの開発期間の4年、定例会議だけでも実に200回超にのぼったが、徹底的に議論を積み重ね、解決策を探った。センサーのスペース問題はセンサー部分を覆う部品を外して組み込み乗り越えた。

生産ラインづくりも苦労した。機械を組み立てるラインの工程の中、電子部品であるセンサーを裸のままで内部に組み込む、ものづくりの経験は当時、ほとんど無かった。一般の機械的な自動車部品に比べて高い清浄度の生産環境の整備、電気ノイズの発生抑制――。機械と電子機器の工場担当者が一緒に手探りで設計、ラインを作り上げた。「何事も初めてずくめだったが連携で乗り越えた。他社が簡単にマネできない製品に仕上がり、そこが競争力の源泉になっている」と、竹内氏は強調する。

i-ARTの強みは、個々のインジェクターの噴射のズレを制御できる点。従来型のコモンレールも蓄圧室に燃料の圧力を感知するためのセンサーを組み込んでいたが、複数あるインジェクターのそれぞれの噴射が適切かどうかを把握するのに限界があった。i-ARTはハード面の経年劣化などによる噴射のズレも含め車の生涯にわたり噴射精度を最適に保つ。

この特長は、バイオ燃料など各地域で異なる燃料成分によらず噴射精度を最適に制御できる。あらゆる地域の燃料事情に適合する世界展開車を開発しやすくする。

コモンレールでは、ライバルのボッシュのシェア約5割に対し、デンソーは約2割。だが、竹内氏は「シェアを貪欲に求めるのが我々の価値ではない」と説明する。その上で、「より厳しい排ガス規制や燃費の改善に挑む顧客に新技術を提供したい」とも。そのためにも技術で常に先を走り続ける必要がある。機械と電子技術を融合する「機電一体」のものづくりは、グローバル展開で限られた経営資源を有効に生かし技術革新を狙う知恵ともいえる。

(名古屋支社 新沼大)

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