北欧の巨人はよみがえる ノキアが狙う新領土
編集委員 関口和一
かつて世界の携帯電話市場でシェア4割という圧倒的な地位を誇ったフィンランドのノキア。今年4月、その携帯端末事業を米マイクロソフトに売却した。携帯電話を失ったノキアは新たな事業領域に挑もうとしている。そもそも祖業はパルプやゴム製品。大胆な事業ポートフォリオの入れ替えはお手のものだ。3度変わろうとするノキアの姿とは。
次はビッグデータに賭ける

「我々の事業再構築は着実に進んでいる。狙っているのはビッグデータのインフラ整備だ」。ノキアのラジーブ・スーリ社長兼CEO(最高経営責任者)はこう語る。
ノキアの2014年4~6月期決算は、米マイクロソフトへの携帯電話端末事業の売却で純損益は25億1000万ユーロ(約3436億円)の黒字に転換した。ノキアの本業はネットワーク事業となり、これが売上高全体の90%を占める。
日本市場も基地局事業での存在感が増す。高速データ通信技術「LTE」の設備では日本の携帯大手3社に技術を提供し、日本市場で首位。先月にはパナソニックから基地局事業を買収することで合意、NTTドコモの第5世代(5G)携帯電話の開発計画にも加わる。
1865年 | スウェーデン系フィンランド人のフレドリク・イデスタムがパルプ工場を設立、製紙会社としてスタート |
1967年 | ゴム製品メーカーのフィンスカ・グミ社、電信ケーブル会社のフィンランド・ケーブルワークス社と3社合併、電気通信分野へ進出 |
1970年代 | 電気通信分野に注力、電話交換機用デジタルスイッチを主力商品とする |
1980年代 | 電子計算機分野、携帯電話へ進出 |
1990年代 | 大規模な事業再編により、携帯電話端末・携帯電話インフラ等の電気通信分野に集中し、テレビ製造やパソコンから撤退 |
2007年 | 独シーメンスと合弁で無線ネットワーク機器会社ノキア・シーメンス・ネットワークスを設立 |
2011年 | この年まで10年近く携帯電話端末で世界シェアトップに君臨 |
2012年 | 韓国サムスンに抜かれ携帯電話端末世界2位に |
2013年 | ノキア・シーメンス・ネットワークスに17億ユーロ(約2250億円)を投じ完全子会社化、ノキア・ソリューション・ネットワークス(NSN)に社名変更 |
米マイクロソフトに携帯電話事業を54億4000万ユーロ(約7190億円)で売却すると発表。スティーブン・エロップCEOはマイクロソフトに移籍 | |
2014年 | NSNを社内に吸収、ネットワーク事業部へ移行 |
ノキアは携帯電話事業の弱体化と同時に手を打っていた。合弁相手のシーメンスの持ち分を買い取り、米モトローラの通信機器事業も買収。その責任者がスーリ社長で、端末事業の売却に伴う再編とともに通信機器部門からノキア全体のCEOに抜擢された。
ノキアは基地局事業と同時に、データサイエンス分野へも舵を切ろうとしている。その一つがデジタル地図事業の「HERE(ヒア)」だ。携帯電話で培った地図情報サービスを自動車のカーナビなどに提供。ホンダや三菱自動車など日本メーカーも採用し、欧米市場で高いシェアを持つ。
地図情報は自らの基地局配備にも役立つが、さらに地域の通信需要を即時に分析し、各基地局に設けたサーバーからデジタルコンテンツを高速配信することもできる。その基盤となるのがリキッド(液体)技術だ。スーリ社長は「2020年の東京五輪でも活用できる」と話す。
製紙から携帯端末、通信機器そしてビッグデータへ。過去の姿にこだわらない変身ぶりがノキアの強さの源泉と言える。
モバイルやクラウドなど様々なIT(情報技術)の普及により、膨大なデータを有効利用することが企業の重要戦略になっている。データサイエンスの時代を迎え、欧米の企業はビッグデータの活用や情報インフラの整備にどう取り組もうとしているのか。有力企業の経営トップに聞く。
ラジーブ・スーリCEOに聞く

――ノキアの事業体制はどう変わったのですか。
「携帯端末部門の約2万5千人はマイクロソフトに移った。残ったのは約5万5千人。事業の柱は通信機器、デジタル地図、技術ライセンスの3部門で、約4万9千人が通信機器部門で働いている。各部門に経営責任者がおり、私は売上高の9割を占める通信機器部門の責任者でもある」
「携帯端末事業の売却益をもとに50億ユーロを株主還元や負債削減などに充て、財務も大幅に改善した。通信機器部門の営業利益率は2ケタだ。地図事業を強化するため、人工知能(AI)の会社を買収したが、今後は企業買収や研究開発にも積極的に資金を投入していく」
――携帯端末事業の穴をどう埋めますか。
「当面はモバイルブロードバンドのインフラ市場に注力する。高速データ通信のLTEでは欧州市場で第2位、アジアで第1位だ。日本では我々だけが携帯大手3社に入っている。米国ではソフトバンクが買収したスプリントにも技術を提供することになった」

「我々の強みは通信速度の速さにある。狭い混雑した場所でも速度が落ちにくく、特にアップリンクが速い。スタジアムなどでのコンテンツ配信に向いており、2012年のロンドン五輪でも採用された。東京五輪でも我々は貢献できるだろう」
――端末やクラウドの普及でビッグデータへの関心は高いようです。
「東京五輪が開かれる20年には世界の無線通信需要は1人あたり1日1ギガバイトになると予想している。そうした需要に応えるには、無線LANのほか、収容能力が高いスモールセル技術や複数の電波を束ねて高速化するキャリアアグリゲーション技術なども必要だ。こうした分野は日本の通信会社が積極的で、我々も技術支援している」
「もう1つユニークなのが我々の開発した『リキッド(液体)技術』だ。各基地局にサーバーを置き、需要が集中するコンテンツを蓄積しておいて、もとまで取りにいかなくてもいいようにする。動画配信などは従来に比べ、6~7倍速い。中東では利用が始まっており、日本にもぜひ導入したい」
――地図事業は日本ではあまり知られていません。
「携帯端末向けに提供したデジタル地図情報サービスが最初で、『HERE(ヒア)』の名称で車のカーナビにも提供するようになった。米国のナブテックという同業企業を買収し、欧米の車載専用カーナビの5台に4台は我々の情報を利用している。13年の売上高は約10億ユーロで、2ケタの伸びを示している。我々が狙っているのは位置情報によるビッグデータのインフラ整備だ」
[日経産業新聞2014年8月14日付]