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ジャストインタイムで半導体適量生産 日の丸の夢

クリーンルームを使わず、直径2分の1インチのウエハーから半導体を1つずつ作る、日本発の半導体生産システム「ミニマルファブ」が動き出した。トヨタ自動車グループのジェイテクトが半導体の研究用に初めて採用した。装置を作ったのは産業技術総合研究所と全国各地の中堅・中小企業。巨額投資にあらがう逆転の発想は成功するか。

初めて採用したのはジェイテクト

2分の1インチのウエハー(右)とそれを格納するミニマルシャトル

奈良県橿原市のジェイテクト研究開発本部。部外者が入れない部屋に今年、ひっそりと5台の装置が搬入された。レジストの塗布装置、露光装置、現像装置と洗浄装置だ。同社はこれらの装置を使い、写真の現像の要領で半導体回路を描くフォトリソグラフィーの研究を始める。車のパワーステアリングや工作機械を生産する同社がミニマル装置を入れるのはなぜか。車の電装化はパワーステアリングも例外ではなく、半導体を数多く使う。その結果、「デバイスの構造を熟知しないと、開発競争に後れをとる」(長瀬茂樹パワーエレクトロニクス研究室長)。現在はユニットレベルの研究だが「半導体素子まで入り込むことで、競争に勝つ」のが目的だ。そのためには1台が2000万円程度のミニマルファブは敷居が低い。メガファブ用の半導体製造装置は1台数億円以上するのはざらだからだ。それだけではない。長瀬氏はトヨタグループの一員として、必要な時に必要なだけ作るジャストインタイムの発想から「半導体生産は無駄が多い」と感じていた。

ミニマルファブは高さ140センチほどの細長い箱型の装置をいくつも並べ、半導体を作る。作るものの種類によって装置を簡単に並べ変えられるため、製造工程に無駄がない。この構想を提唱する産総研の原史朗ミニマルシステムグループ長は「半導体のサプライチェーンには大いなる無駄がある」と主張する。まずは半導体の設計段階で検証に多大なコストがかかる。また、多種多様な半導体を作るため「製造装置コストの7~8割がソフトの検証に費やされる」と言う。そしてユーザーが実感する発注単位の大きさ。巨額の半導体投資を回収するには、大量生産しないと割に合わない。よって、数個から数百個単位の発注は受けてもらえない。ユーザーは無駄な在庫を抱えることになる。

中小企業ほどその悩みは深い。ジェイテクトに露光装置のマスクアライナーを納めた三明(静岡市)もその1社。内藤義之社長は原氏からミニマルファブの構想を初めて聞いた時、「まさにその通り」と思った。グループ会社の三明電子産業(静岡市)の半導体調達でまったく同じ思いをしていたからだ。

「産業機械のオーダーは多くても100台。しかし、そんな数ではどこも売ってくれない。社内在庫の山を抱えて商売することになる」。しかも、半導体産業の寡占化が進み「事態はどんどん悪化している」という。同社はミニマル装置に共通する搬送機構のPLADも開発。各社に納めている。

ミニマルファブは半導体の製造そのものは従来のプロセスと同じだ。新しい仕組みではない。しかし、装置の開発は簡単ではなかった。

リソテックジャパン(埼玉県川口市)の扇子義久取締役は原氏から参加を呼びかけられた時「カスタマイズということだな」と軽く考えていた。レジスト塗布装置を顧客の依頼に応じて改造することはよくあるからだ。ところが、すぐにそう簡単ではないことが分かる。初号機は大人の肩の高さほどのミニマル装置の規定の大きさにまったくおさまらなかった。大きなものでは畳数畳分もあるメガファブ用装置と同じ機能を持たせようとするのだから当たり前だ。3次元CAD(コンピューターによる設計)を使っても解決策は分からない。配線など、ぐにゃぐにゃ曲がる部品はCADではどこまで押し込めるか分からないからだ。

4号機でようやく小型化できたが……

「とにかく現物を作って、小さくなるように配管や構造を工夫する方が早かった」という。4号機でようやく小型化できたが、すぐに次の難問に突き当たった。熱の発生だ。大型のメガファブ用装置なら熱をいくらでも逃がせる。ミニマルは「装置内部の密度が濃く、モジュール熱が出る」。

プロセスエリアの清浄度の維持も課題だった。ジェイテクトに納めたのは6号機。間髪入れずに7号機の開発に入った。扇子氏は「小型化がすべてのハードルを上げている」と語る。

プレテック(東京都府中市)が4月初めにジェイテクトに納めた洗浄装置はトラブルが頻発した。小さなウエハーをPLADから受け取って洗浄するまでの機構が問題だった。同社は耐薬品性を考えて、樹脂部品を使ったが、強度に問題があり部品が変形、精度が上がらず搬送が安定しない。結局、納めた後で部品を取り換えることになった。プレテックは品質を安定させようと、社内の体制を一新、ミニマルファブは開発部から品質保証部門も入る事業部に移し、平野一文社長直轄になった。

ミニマル装置はまだ開発から製品に移行する段階のものが多い。ジェイテクトは「我々がバグ出しをして、より使いやすいものに改善できれば」と考えている。同社はファブシステム研究会のメンバーでユーザー班だ。今後はグループ会社の光洋サーモシステム(奈良県天理市)が開発する抵抗加熱炉など順次、装置を導入していく。

光洋サーモも小型化によるリーク電流の発生に苦労したが、4号機までに完成度が高まった。今年は減圧タイプの化学的気相成長法(CVD)装置を完成させる予定。

タツモではこの夏、バキュームPLADを集中生産している

各装置の開発が進んだことで、バルブや流体制御装置などの共通部品を強化しようという動きが出てきた。バルブを担当する1社がフジキンだ。同社は筑波研究工場(つくば市)で従来の半分の大きさのバルブを目標に2009年に開発に着手した。小型化すると深い穴などの切削加工が難しくなる。ガスのバルブの場合は、万全な漏れ対策が求められる。耐久性の高い第2世代品がこのほど完成、これから量産に入る。

参加企業は全国に広がる。ウエハーを装置内部で搬送する「バキュームPLAD」を開発しているタツモは岡山県井原市。バキュームPLADは真空内で製造するスパッタリング装置やイオン注入装置で欠かせない。

同社は技術部技術1課の若い今井慎一氏が「(顧客が回路構成を自由に変更できる)FPGAでは物足りない。ミニマルファブなら特別のマイ大規模集積回路(LSI)が作れる」と考え、上司に参加を提案した。「半導体産業は作る側の論理で動いている。ミニマルは初めて使う側の論理だ」という。

ウエハーを動かす動力の軸の方向や、ウエハーを作業する場所にふわりと置く制御など、いくつもの独自の工夫を考えだし、供給を始めた。今年はまとまった量のPLADを納めるため、この夏は集中生産している。

まとめ役は大手企業

サンヨー(群馬県藤岡市)は装置の筐体(きょうたい)を担当。細長い装置を隙間なく並べて使うミニマルファブは、板金を正確に溶接する「職人技を連発しないとすぐに曲がってしまう」(成形加工事業部の安保忠成氏)と繊細さを求められる。

さらに装置の下部に、窒素と電源、圧縮空気、排気の4つをワンタッチで着脱するドッキングステーションの共同開発を進めている。装置間を自動搬送する仕組みを共同開発するプロジェクトも動き出した。

中堅企業が集まるミニマルファブ技術研究組合だが、大手がまとめ役となっている。

ミニマル装置がずらりと並ぶ産総研のモデルルーム(つくば市)

大成建設は最終的に建設するミニマルファブ工場の空気清浄度などの必要性を検証するため、つくば市の産総研内にモデルルームを建設、ちりや温度・湿度などのデータをとっている。今のところ、通常のオフィスと同じ環境で微細回路を描くのに支障はないという。

同社はこれまでもソニーや富士通などの半導体工場の建屋やクリーンルームを手掛けてきた。クリーンルームがいらないミニマルファブは、一見、これまでの技術蓄積が生きず、大手建設会社としてビジネスチャンスがないと見える。

しかし、「これからどれだけ従来型の半導体の国内投資があるのか。半導体の生産革新の動きに追随すれば、市場は出てくる」(鴫原新一ソリューション営業本部テクニカルアドバイザー)として参加した。これからつくばにもう一つモデルルームをつくる予定だ。

装置のメンテナンスや営業を担当するのが横河電機グループの横河ソリューションサービス。すべての装置に精通するため、つくばのモデルルームに常時4人を送り込んでいる。

保守のしやすさだけでなく「装置の改良も開発企業と一緒に取り組んでいる」(西村一知半導体サービスセンター長)。実用時のメンテナンスに備えて、移動式のクリーンブースも手当てした。「ミニマルファブはクリーンルームがいらないが、保守時にはクリーン環境が必要」だからだ。

ジェイテクトだけではない。ミニマルファブを検討している大手企業は多い。

堀場エステック(京都市)は、半導体製造で使うガスを制御するマスフローコントローラーの世界最大手。ミニマルファブ用に従来の3分の1の装置を開発、提供を始めた。半導体製造は使うガスの種類が増えていることから、メガファブ用でも小型・軽量化の開発を進めていたため、比較的短期間に開発できた。

同社は堀場製作所の子会社。堀場製作所グループは現在エステックの本社工場内に半導体センサーの開発・生産拠点を建設中。実はこの中にミニマルファブを入れられないか見積もりを取った。その時は装置がそろわず見送ったが、今後、一部のミニマル装置を入れる検討をしている。

ミニマルファブはすべての装置を入れる必要はない。既存装置と組み合わせて使うハイブリッド型も可能だ。「回路パターンの原版にあたるマスクを外部に作ってもらうと、数カ月単位で時間をとられる。回路をミニマル装置で自分で作れば期間もコストも圧倒的に有利になる」(堀場エステックの山口裕二営業本部マネジャー)からだ。

到来するか「ミニマル元年」

装置を開発するミニマルファブ技術研究組合は20社以上が参加、毎年暮れの半導体分野の大規模な展示会、セミコン・ジャパンに出展している。今年は昨年のトランジスタから一歩進んでイオン注入装置、CVD装置を完成させ、CMOS(相補性金属酸化膜半導体)を展示会場で作り、パッケージまでできないか、各装置の開発を急いでいる。製造する半導体を想定したミニマルファブのレイアウトや総投資額も提示しようとしている。

国から資金が出るミニマルファブの国家プロジェクトは今年が最終年。それだけに「今年をミニマル元年にしたい」という思いは関係者に強い。予算もこれまでの3倍以上の約25億円ついたため、一気に100台の製造装置を製造、東京などにチップをその場で作れるショールームの開設も検討している。

プレテック会長で技術研究組合の原田康之理事長は「究極の目標は家電のように一般の人が取り扱い説明書がなくても使えるような装置」と指摘する。それが実現すれば、大学や研究機関、中小企業など様々な所で半導体が自分のものになるからだ。

足元では初受注はしたものの、量産用のミニマルファブの装置がそろい、一括受注できるのはまだ先だ。国家プロジェクトが終わる来年以降どうするのか。装置開発と並行して、事業体制をどうするのか、そろそろ結論を出さなければならない。

記者の目

産総研の原氏は参加企業を決して甘やかさない。研究者志向の強い産総研の中でもかなり異質のタイプだ。2分の1インチのウエハーサイズも、各社が苦しみ悩む小型の大きさの規格も、最初に決めた寸法から決してぶれない。「いろいろ言う前に、まずきちっとデバイスを作るのが先」と泣き言は聞かない。

ミニマルファブを主導する産総研の原氏(左)

ミニマルファブの開発が本格化したのはファブシステム研究会が発足した2010年だが、源流は原氏が局所クリーン化の研究を始めた1990年代半ばに遡る。原氏は半導体装置メーカーを回り、メガファブによるものづくりの問題点を探っていった。そこからミニマルファブに発展していく。

2007年に構想の基本となる「1000分の1のスケールでのファブが最適」との結論に至るとそこから開発プランと参加してもらう基本的な方針をたてた。

生産性より設備投資額が大きく減るメリットを高める、無理に新しいプロセス開発に取り組まないなどだ。全装置がそろわなくても事業ができるように、既存のメガファブ装置と組み合わせて使うハイブリット型も想定していた。

キー技術となるウエハーを密封するミニマルシャトルと、ウエハーをシャトルから受け取り、装置のプロセスエリアにきちんと届けるPLADの原型の開発も程なく始める。09年にはシャトルのPLADの原型が完成する。そこから一気に開発が加速した。

平行して参加企業を募り始めた。原氏は大手の半導体装置メーカーなどにも参加を求めた。しかし「現場の反応は良かったが、事業モデルが合わない」と断られ、それなら「中小の方が意思決定も早いはず」と技術を持った中小企業を探して1社1社訪問し、自らの構想を話した。これまで会った企業は1000社に上るという。今はミニマルファブも有名になり、参加を求める企業がつくばの産総研を訪れるが、「構想を真に理解し、やる気があり、ミニマルでの仕事が明快になる企業とだけ一緒に進める」として、今も原氏がすべて会っている。

各装置の詳細な仕様を決めてあり、スペック通りにできなければ、意匠登録したロゴは装置に付けられない。参加企業が多く、装置ごとの製造プロセスの内容も異なるため、「各社の意見を聞いていると仕様がばらばらになり収拾がつかなくなる」という実情もある。

ジェイテクトに納めたプレテックの洗浄装置の不具合が連発した時、原氏は激怒した。ファーストユーザーで問題が起きればミニマルファブの信用問題につながりかねないからだ。

各装置の細部まで熟知しているため、原氏の矢継ぎ早の指摘に疲弊気味の参加企業は多いが「大変ではあるが、原さんがいなければ、このプロジェクトは絶対ここまで来なかった」と参加者は口をそろえる。

技術研究組合は寄り合い所帯だ。しかも中小企業は日々の仕事に追われる。原氏も「もっと経営資源を集中投下してくれると思っていたが、中小はそうもいかない」という悩みがある。

ここにきて技術組合は1つの装置を複数で開発する体制に切り替えつつある。競争原理を導入して開発を急ぐためだが、もう1つ理由がある。「核となる装置を開発した企業がもしどこかの海外企業に買収されたら、全体計画がストップしてしまう」恐れがあるからだ。

原氏はミニマルファブを「21世紀型の製造産業エンジン」と指摘する。産業のコメを1つずつ作る「半導体版の3Dプリンター」とも言える。

半導体産業は崩壊し、デジタル家電は失速、工作機械は世界1位の座を奪われた。日本の製造業は車と素材・部品以外、国際競争力の凋落が激しい。

ミニマルファブはまだどこまで大化けするかわからない。ただ、毎年、セミコン・ジャパンのミニマルファブのブースで、各装置を説明する中小企業の担当者は目がきらきらしている。そしてブースを毎回、人だかりにするだけの魅力がこの構想にはある。

▼ミニマルファブとは 幅30センチ弱、奥行き45センチ、高さ144センチの大きさに統一した小型の製造装置をつなげて口径2分の1インチのウエハー1枚からチップを1個作る。製造方法は基本的に既存の半導体製造と同じ。作る半導体の種類によって装置を入れ替える。同じ寸法の装置を隙間無く並べれば装置間のウエハーの搬送も保守・故障時の装置の差し替えも容易になる。
 ウエハーを密封する特別な容器(ミニマルシャトル)とシャトルからウエハーを受け取り、装置内部の製造エリアに送り込む、密閉型の搬送システム(PLAD)を独自開発したため、クリーンルームがいらない。各装置の価格は現在は1000万~3000万円程度だが、量産が進めばコストダウンできるため、工場投資額はメガファブが5000億円かかるところを、5億円程度になるという。
 既存のメガファブは300ミリ(12インチ)、450ミリ(18インチ)と大型化する大口径ウエハーから微細化技術により半導体を多数個取りし、コストを削減する。微細な回路を描く露光装置の開発や大口径ウエハーの均一な加工など技術的な課題が多く、膨大な設備コストは投資回収の壁になっている。
 ミニマルファブは「生産規模は最大でも年50万個程度」とスマートフォン向けなどの大量生産の半導体には向かないが、実はこの程度の数は産業機械や新製品の投入間隔が短い家電、車載半導体では多い。最先端でないデバイスを数万個作るビジネスモデルだ。
 産業技術総合研究所のコンソーシアムとして2010年に東芝、オムロンなどの大手企業や中小企業、大学などが入るファブシステム研究会が発足。12年度から国家プロジェクトとなり、半導体製造装置メーカーなど中小企業が20社以上参加して「ミニマルファブ技術研究組合」が立ち上がった。最終年度の今年は約25億円の予算がついている。
 配線し、パッケージ化する後工程の装置は産総研の九州センター(佐賀県鳥栖市)と九州大が主導するミニマル3DICファブ開発研究会が進めている。
 最初は半導体加工技術を応用しシリコンなどの基板に微細なセンサーなどを作る、微小電子機械システム(MEMS)が対象とし、その後、各装置の精度を高めてLSIの生産に移る計画。

(企業報道部 三浦義和)

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