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新薬開発で3000億円超 「本当に新しいもの」見つける極意

上野隆司 医薬発明家

 技術のボーダーレス化が進む中、これまでとは異なる分野の事業者が他分野の技術を活用することで、急成長する事例が増えている。日本企業は今、「外」に活路を求め、多様な人たちと議論し、従来の殻を打ち破る必要に迫られている。新規事業や異業種連携を加速させる取り組みをはじめ、技術の波及がもたらす新ビジネスの可能性などを紹介していく、特集「リアル開発会議」。連載第7回は、自ら発見した「プロストン」という物質を医薬品に応用する創薬ベンチャーを日本と米国で立ち上げ、いずれも上場企業に育て上げた実績を持つ上野隆司氏に、「開拓者の流儀」について語ってもらう。
上野隆司(うえの・りゅうじ) 医薬発明家、米スキャンポ・ファーマシューティカルズ 共同創業者兼名誉会長。米VLPセラピューティクス 会長兼CMO(最高医学責任者)。1953年大阪生まれ。慶應義塾大学医学部卒。医師、医学博士、薬学博士。米国消化器学会名誉会員。1989年に日本で創薬ベンチャーのアールテック・ウエノを創業。1996年に拠点を米国に移し、スキャンポを共同創業。2012年に米VLPセラピューティクスを共同創業し、現在に至る。これまでに開発した二つの新薬の売上高は、世界で3000億円を超える。著書に『世界で3000億円を売り上げた日本人発明家のイノベーション戦略』(朝日新聞出版、2013年3月)

「ピカ新」「ゾロ」「ミーツー」。これらは、製薬業界の専門用語である。ミーツーは英語の「me too」で、新薬ではあるものの、既存薬と化学的に少しだけ違うというレベルのもの。ゾロはジェネリック(後発)医薬品のことである。ぞろぞろと後を追い掛けるところから名が付いた。

私が研究開発で追求している医薬品は「ピカ新」である。従来の医薬品とは化学構造が骨格から異なる画期的な医薬品のことで、「ピカピカの新薬」が語源だ。もちろん、ピカ新だからすごいと言いたいわけではない。患者の金銭的な負担を減らすゾロやミーツーも社会の中で重要な役割を担っている。

ただ、ピカ新は新しい治療の可能性を開き、市場を大きくする、いわば「イノベーション型」の商品だ。一方、ゾロやミーツーは、既存の市場を奪い合う置き換え型の商品と言えるだろう。

臨床医としての「勘」を生かす

ピカ新の研究開発を手掛ける中で実感してきたことがある。それは、本当に新しいものは市場調査の結果からは生まれてこないという事実だ。医薬品も他の分野と同じように、先行薬があれば、その売れ行きで市場規模が分かる。しかし、ピカ新は、どんなに市場調査をしても、「市場がありません」という回答しか返ってこない。なぜなら、先行事例が世の中に存在しないからである。

例えば、私が開発した2番目の新薬で、2012年に日本でも承認を受けた「アミティーザ」という慢性便秘症の治療薬がある。新しい処方箋便秘薬の登場は、業界では32年ぶりのことだった。慢性に使用できる便秘症の処方箋薬では日本初である。

これだけ長い間、新薬が出ていなかったということは、処方箋医薬品としては忘れられた分野だ。便秘は病気ではなく、正常の中のバリエーションだと思っている人がほとんどである。仮に製薬会社が市場調査をしても、大したマーケットは存在しないという結果になるだろう。

ではなぜ、私がこの分野の可能性に気付くことができたか。それは、臨床医として患者に触れた経験による「勘」があったからだ。

医師の視点では、便秘で苦しんでいる人は老人を中心に非常に多い。これまでは「便秘は単に便通を良くすればいい」と考えられてきたが、実は違うケースがある。慢性便秘でお腹が痛いという症状は、単に便が詰まっているだけではなく、ストレスなどで腸にダメージを受けている可能性があるのだ。

それを修復すれば、便通が良くなることに加え、腸のダメージを修復する治療にもつながる。そう発想すると、これまでとは全く異なるアイデアが生まれる。その結果がアミティーザである。

分からないからこそ多くの可能性

「何となく、ここに市場がありそうだ」。こうした直感は商品開発する際にかなり重要な要素であるが、市場調査の数字からは獲得できない。薬であれば、医療現場で売れている状況や、患者に使われている様子を知っていることが勘につながる。デジタル関連の商品ならば、ユーザーが商品を使っている姿かもしれない。

技術者が技術だけを見て、どんなに技術的に優れていると主張しても、使う人がいなければ商品にはならない。技術革新、つまり発明は、必ずしもイノベーションにつながるとは限らないのである。

例えば、難病にすごく効く薬を発明したとしよう。その薬によって救われる患者にとっては素晴らしい発明である。しかし、患者が世界に50人しかいなければ、ビジネスにはならない。発明という観点では重要な発見だが、開発までに数十億円、数百億円の費用が掛かる以上、ビジネスを見越した計画性がなければ、新しい事業にはつながらないのだ。

その際に難しいことは、リスクをどう捉えるかだろう。先行事例がない開発を手掛けようとすると、資金を提供する多くの人々から「やめておきなさい」と言われがちである。判断指標がなく、リスクが高いからだ。もし、既に成功した商品を持つ企業であれば、その傾向はさらに強くなる。

しかし実際は、分からないことの多い、リスクの高い分野だからこそ、より多くの可能性がある。既に可能性が証明された分野でできることは、すそ野を広げる取り組みだけである。そうした取り組みにも意義はあるものの、その分野でナンバーワンになるには先行者たちとの激しいシェア争いが待ち構えているだろう。

一般的な企業で誰も手掛けたことのない新規事業に挑戦する部署は、周囲から「大丈夫か」という目で見られるかもしれない。しかし、ナンバーワン、オンリーワンとなる発明は先駆者の少ない分野にこそ眠っている。新しいビジネスを生み出したいのなら、リスクが高くても積極的に新しい挑戦に踏み出すべきだ。

常に「パス」を狙ってきた

もちろん、徒手空拳で挑んでも成功には結び付かない。「分からないこと」を解くための不断の努力が不可欠である。そのアプローチは二つある。一つは、事実を積み重ねて這うように進む方法。もう一つは、仮説を交えて跳ねるように論理を展開する方法である。

これは、アメリカンフットボールの戦略に例えると分かりやすい。ボールを保持しながら「ラン」で数ヤードずつ確実に前進していくか、「パス」で数十ヤードを一気に前進するかである。どちらも間違いではない。場面によって、使い分けることになる。

私は、研究開発の取り組みで常に「パス」を狙ってきた。より遠くに仮説を立てて、そこに向かっていくスタイルだ。資金に乏しい発明家が一気に独走するためには、精度の高いロングパスに賭ける必要があったからである。一発逆転のパスを狙わなければ、大きな成功は望めなかったのだ。

(写真:上野隆司)

「何かがある」との直感を信じる

二つの新薬開発につながった物質「プロストン」を発見した当時、この物質は一般に「何も作用がない(不活性)」と思われていた。だが、かねて「傷ついた細胞が再生・修復するのはなぜか」に興味を持っていた私は、「何かがある」と直感した。

それを信じて実験を重ね、組織が壊れたり、細胞が増殖したりする際にプロストンが出てくることを突き止めた。この修復・再生作用の発見が新薬開発のカギになった。常識から外れた仮説によって、新しい分野を生み出せたのである。

今でこそ、この物質が新薬につながるということを理路整然と説明できるが、当時は「何となく行けそうや」程度のものである。「将棋の一手を後で解説するか、打っているときに考えているか」ということと同じ感覚だろうか。「何となくここに打ったら、勝てそうや」くらいのものだった。

社会の常識やマニュアルに合わせた取り組みからイノベーションが生まれることは、まずあり得ない。発明家にとって常識は事後説明の手段で、ルールやマニュアルは事実ができた後からつくられていくものなのだ。

常識の鎧を脱ぎ捨てろ

私が日本で創業したアールテック・ウエノでは、「ゼロからイチ」をつくることに挑む気持ちを持った人が集まった。特に多かったのは、高学歴の女性である。最初の薬である点眼薬の開発に携わった研究者の平均年齢は20代だった。

若者の挑戦が日本で新薬の認可を得る成功にたどり着いた。日本にも挑戦したいという意識を持った人は、たくさんいるのである。

日本は、ゼロからイチを生み出すことが好きな人を後押しする仕組みがうまく回っていない。一流大学を出た優秀な人材は、大企業の中で型にはめられてしまう。大企業に入ってしまうと、ゼロからイチをつくる取り組みにはなかなか携われない。それでは、本気で新しいものを見つけようと挑戦している人の競争相手にはならないはずだ。

発明には、ある程度の偶然の要素が避けられない。しかし、大企業は「100万円投資したら120万円取り返す」という発想で商品やサービスを開発する。その感覚ではリスクは取れない。投資を捨てる結果になることもあるという決意を持ってやらなければ、100万円を投じた挑戦は失敗してゼロになってしまう。

世界的に見て、日本の技術者や研究者のレベルは高いポジションにある。いつの間にかまとってしまった「常識」という鎧(よろい)を一人でも多く脱ぎ捨てることが、日本発のイノベーションを生み出すきっかけになるはずだ。

「『リアル開発会議 2014 Spring』の記事を基に再構成」

[参考]日経BP社は新事業開発と異業種連携を推進する「リアル開発会議」を2014年4月に創設した。情報誌『リアル開発会議 2014 Spring』を発刊し、第1弾としてオープンイノベーション型の新事業開発プロジェクトを始動した。詳細は、http://techon.jp/real/

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