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深刻な職人不足 待遇見直しのラストチャンス

建設人材危機(5)

日経アーキテクチュア
職人不足の深刻化によって建設コストが上昇し、建設工事が前に進まない事態が続出している。しかし、労務費の高騰は、長年にわたって単価が下がり続けた反動でもある。売り手市場の追い風を捉え、多くの専門工事会社が職人の待遇改善に乗り出している。連載「建設人材危機」の最終回は、ラストチャンスとも言える待遇改善の状況をリポートする。

「これほどの幅で施工単価が上がると、ますます正確な見積もりができなくなる」。首都圏のオフィスビル新築工事を手掛ける大手建設会社の現場所長は頭を抱えた。手元に届いたのは、コンクリート圧送工事会社(建設現場に搬送された生コンクリートをポンプ車で圧送して流し込む会社)からの「圧送料金改定の御願い」だ。

関東地方のあるコンクリート圧送工事会社から元請けの建設会社に届いた料金改定の要望書。基本料金や圧送料単価は「建築施工単価」(経済調査会刊)の価格より5割以上高い

料金表の内訳を見ると、基本料金は7万円で、圧送料金は700円/m3(立方メートル)。ちなみに、要望書が届いた時期に建築工事の見積もりに利用されていた「建築施工単価2014年冬号」(経済調査会刊)では基本料金が4万5000円で、圧送料金は450円/m3。これと比べると改定料金はどちらも5割以上高い。

現場所長は「確かにコンクリート圧送職人は全然足りないので、単価が上がるのは想定内だったが、それにしても値上げ幅が大きい」と困惑の表情だ。

「普通の会社になりたい」

この値上げについて、コンクリート圧送会社の全国団体、全国コンクリート圧送事業団体連合会(全圧連)の佐藤勝彦会長はこう話す。

「料金改定の幅は各企業が判断することだが、これは必要最低限の構造改善を進めるためのプロセスだと理解してほしい。ここ数年、圧送会社の廃業や作業員の引退が相次いだうえ、若い職人の入職はほとんどなく業界は壊滅寸前だった。この機会に何とか普通の会社になりたい」

全圧連が示している原価計算の実例。10トンのポンプ車を例にとっている(資料:「コンクリート圧送工事業経営ハンドブック」を基に日経アーキテクチュアが作成、写真:日経アーキテクチュア)

全圧連は、経営ハンドブックを作成し、会社の経営規模やポンプ車の重量などに応じた原価計算シミュレーションを、傘下の会員に参考情報として提供している。その一例が、上のシミュレーションだ。作業員の年間給与を450万円とし、社会保険料などの法定福利費も積み上げて試算している。記事冒頭の要望書は、ほぼこれに沿った内容だ。

佐藤会長によれば、傘下の職人の平均年収は300万円台。社会保険には未加入で、退職金制度を整備していない会社も多い。安全面でも多くの問題を抱えたままだ。ポンプ車の法定耐用年数は6年なのに15年以上使う会社が多く、老朽化によるブームの破損事故も後を絶たない。

「賃金も労働環境もこれまでがひどすぎた。必要最低限の水準を維持することで、若い職人の定着率アップにつなげたい」(佐藤会長)

ツケを職人に払わせた

「これまでがひどすぎた」という佐藤会長の言葉は、圧送工事業だけでなく、建設業に携わる職人全体に当てはまる。

1999年の賃金を100として、全産業男性労働者の年間給与、建設業男性労働者の年間給与、公共工事設計労務単価の推移を示したもの(資料:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」と国土交通省「公共工事設計労務単価」を基に日経アーキテクチュアが作成)

上の図は、全産業の男性労働者、建設業の男性労働者、建設業の技能労働者の過去14年間の賃金の推移をまとめたグラフだ。1999年の賃金を100とし、その後の変化を示している。全産業の男性労働者の年間給与は、1999年から2012年までの13年間で6%低下し、建設業の男性労働者の年間給与は8%減少した。

2013年の全産業男性労働者の年間給与は524万円で、職人(建設業男性生産労働者)は394万円。大きな開きがある(資料:厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を基に日経アーキテクチュアが作成)

これに対して、技能労働者の賃金の目安となる公共工事設計労務単価は、同じ期間に約30%も低下している。デフレ経済が続いたこの時代、元請け建設会社は激烈な安値受注合戦を繰り広げ、そのツケを最前線で働く職人に払わせてしまった。

このような労働環境では職人の引退や転職が広がるのも当然だ。コンクリートを流し込むための枠をつくる、型枠工事会社の全国組織、日本建設大工工事業協会(日建大協)の三野輪賢二会長は「2008年のリーマン・ショック前後の3年間で全国の型枠大工が3割も減った。その影響で東日本大震災の前から、職人不足の兆候が首都圏の現場を中心に既に出始めていた」と指摘する。

東日本大震災の発生後に被災地の職人不足が深刻化。2020年の東京五輪の開催が決定した2013年9月以降には、全国でも被災地に匹敵する深刻さになっている(資料:北海道建設業信用保証、東日本建設業保証、西日本建設業保証の「建設業景況調査」を基に日経アーキテクチュアが作成)

「血を吐いても社保に入れ」

東日本大震災で職人不足が一気に深刻化してから、公共工事設計労務単価は上昇に転じた。2013年4月には、全国平均で前年度比15.1%増の異例の引き上げ。2014年2月にも7.1%増と大幅に引き上げた。鉄筋工や型枠工の単価は2万円/日に近いレベルまで回復した。

鉄筋工や型枠工などRC造に関連する職種では、設計労務単価が2万円/日に近いレベルまで回復している(資料:国土交通省の「公共工事設計労務単価」を基に日経アーキテクチュアが作成)

労務費高騰は、職人不足だけが理由ではない。専門工事会社の経営者が、この機会を捉えて職人の待遇改善に本腰を入れ始めたことも影響している。彼らが特に重視するのが社会保険への加入だ。

専門工事会社の各種団体で構成する建設産業専門団体連合会(建専連)の才賀清二郎会長は「いまどき、社会保険に加入しない企業に、若い人は入ってこない。だから、傘下の経営者には、血を吐いてでも職人を社会保険に加入させなさいと言っている。そのうえで、保険証書を元請けの建設会社に提示し、必要な法定福利費を反映した単価を要望する。適正価格でないと仕事を受けないという強い姿勢が必要だ」と話す。

専門工事会社が職人の社会保険の加入を急ぐのには、切実な理由がある。未加入の状態を放置すると、国土交通省直轄の工事を受注できなくなるからだ。

国交省は、国の直轄工事の元請けと一次下請けは社会保険加入企業に限定する方針を打ち出した。これは2014年度中に開始する。さらに、2017年度からは社会保険に未加入の技能労働者は、国交省直轄の公共事業で入場を認めない方針だ。国交省は、地方自治体などほかの公共工事発注者にも同様の措置を講じるよう要請している。

3年後には、社会保険未加入の職人は全国の公共工事から閉め出される可能性が高い。

外国人活用は特効薬ではない

鉄筋工事会社の小黒組は、この春に高校を卒業した新入社員のために東京・亀戸に社員寮を建設した。今後、神奈川、千葉、埼玉にも同様の社員寮を建設する予定だ(写真:日経アーキテクチュア)

国交省の新方針は、専門工事会社の経営方針に影響を与えている。鉄筋工事会社の小黒組(東京都江東区)の内山聖会長は「国がこれだけ明確な方針を打ち出したからには、我々も本気で若い社員の雇用や育成に取り組める」と話す。

国は建設業での外国人労働者の活用を拡大する方針も打ち出したが、内山会長は職人不足解決の決め手にならないとみる。

「当社もこれまで外国人研修生の育成や教育に取り組んだが、想像以上に時間と経費がかかる。最近は中国やASEAN(東南アジア諸国連合)の職人の労務費が高騰し、人集めも難しくなった。これからは、外注化や外国人労働者への依存度を下げ、若い社員を積極的に雇用して育成したい。それしか、鉄筋工事業として生きる道はない」と力説する。

その新方針のもと、この3月に約1億円を投じて3階建ての社員寮を新築した。この春に高校を卒業した新入社員向けに31室を用意した。神奈川、千葉、埼玉の各県にも同様の社員寮を建設する。

向こう5年間で1000人の職人を正社員として雇用する目標を打ち出したところもある。住宅内装の補修、検査を手掛けるレイオンコンサルティング(東京都中央区)だ。戸建て住宅の建設現場で働く職人を育成するのが主な狙い。大工や左官、内外装の仕上げなど、職種別、技能レベル別に職人を養成する。18歳から35歳までの未経験者を中心に雇用し、同社の研修マニュアルに沿って育成していく方針だ。

住宅内装の補修会社、レイオンコンサルティングは今後5年で1000人の職人を雇用し、同社独自の研修プログラムを経て現場に送り込む(写真:レイオンコンサルティング)

バブル経済期の職人の待遇改善は、結局中途半端に終わったが、今回は政府の本気度が違う。社会保険加入を突破口として、動きをどこまで継続できるかがカギになりそうだ。

建設会社は施工の合理化急ぐ

一方で、労務費が高い状況では、人手に頼るよりもシステム化によって手間を省くほうが利益を生み出しやすい。省力化を図る新工法だけでなく、コストが高く通常は採用しづらい材料にも注目が集まっている。

「今、最も求められている技術は省力化工法だ」。大林組建築本部の川上宏伸本部長室長はこう言い切る。省力化工法とは、いわば「なるべく現場の手間を減らす工法」のことだ。建設会社各社は、高騰する労務作業を避けようと、様々な工夫を現場で採用し始めた。

大林組が船橋北本町プロジェクト共同住宅2期・3期工事で採用した梁底PCa工法。写真中央に見えるのがPCa化した梁底だ。同工事では、鉄筋コンクリート造10階建てのマンションを3棟建設する(写真:日経アーキテクチュア)

最も単純な省力化は、現場打ちコンクリートを専用工場であらかじめ製作して現場に運ぶ、プレキャスト・コンクリート(PCa)にする方法だ。高層マンションでは普及している。しかし、PCa化は運搬費などがかかるため、コスト増を招く。柱や壁、梁などを完全にPCa化する場合、工場で型枠をある程度使い回さないと、躯体コストの増加分が労務費や仮設費の削減分を上回ってしまう。

大林組建築事業部でPCa工事を担当する山田雄一郎担当課長は、「一般的に、PCa化で収支が合う境目は25階建てだ」と話す。それ以下のマンションでは、PCa化すると割高になる。しかし、「15階程度のマンションの受注機会は増加傾向なので、省力化する方法を検討していた」(同)

こうして開発したのが、施工手間の掛かる部分だけをPCa化した工法だ。野村不動産と三菱商事が事業主である船橋北本町プロジェクト共同住宅2期・3期工事(千葉県船橋市)で初採用した。10階建ての物件だ。

半分の型枠大工で施工可能

新工法は、2つの技術を組み合わせた。1つ目の技術は、梁の下部だけをPCa化する梁底PCa工法。梁せい830mmのうち、下部150mmをPCaとする。スラブも同様、250mmのうち下部70mmだけをPCa化したハーフPCa板を使う。PCa部分を限定することでコスト増を抑制している。

在来工法と大林組の新工法の手順の比較。在来工法では、下から順に鉄筋や型枠を組むが、新工法では上下階での同時作業が可能になる。水色で着色した部分がPCa化した梁底とスラブ。手間の掛かる梁底や天井の型枠作業が不要になった(資料:大林組)

梁とスラブの下部をPCa化することで、手間が掛かる梁底や天井の型枠組み作業が要らなくなる。

もう1つの技術は、柱筋などを先組みしてユニット化し、現場に運んで設置する先組み鉄筋工法だ。在来工法では、柱と壁の配筋・型枠から梁と上階床スラブの配筋・型枠へ、下から上への作業となる。新工法では、ユニット化した柱筋を先に立てて支保工を組み、梁や床を渡せば、上下階での同時作業が可能になる。下階で梁側や柱の型枠を組むと同時に、1つ上の階では床スラブの配筋をするといった具合に、効率の良い施工が可能になった。

大林組は船橋北本町プロジェクトと、同時期に施工した同規模の集合住宅を比較。50%の工期短縮効果を確認したほか、型枠工の人数は半減、鉄筋工も約26%低減できた。PCaの設置などでとび工が必要になったが、構造体系の全職種を合計しても、職人数は約20%減った。コストも在来工法とほぼ同等だった。同社はさらに2つの物件で同工法の採用を予定している。

日経アーキテクチュア誌は建設会社を対象に、2014年3月に「職人不足緊急実態調査」を実施。上記のPCa化工法のように、建設会社各社が取り組む省力化工法(延べ89工法)をまとめた。

2020年に東京五輪を控え、建設プロジェクトの増加が予想されるなかで、人手不足による制約は早急に解決しなければならない課題の1つだ。職人の待遇改善や省力化工法の採用に加えて、若手の入職者数を増やす長期的な担い手確保や、重層下請け構造に代表される建設業界の生産プロセス見直しも欠かせない。

(日経アーキテクチュア 小谷宏志・島津翔)

[ケンプラッツ2014年7月23日付の記事を基に再構成]
[参考]日経BP社は2014年6月24日、書籍「人材危機―建設業から沈む日本」を発行した。五輪特需に沸くなか、建設業界では人手不足による建設コストの上昇が進行し、日本経済の足を引っ張るリスク要因になっている。本書では、この深刻な事態を3年にわたって取材してきた日経アーキテクチュアと日経コンストラクションが、人手不足のメカニズムや実勢コスト、処方箋を解き明かす。

人材危機―建設業から沈む日本

編者:日経アーキテクチュア、日経コンストラクション
出版:日経BP社
価格:1600円+税

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