会社説明会の前に理解したい 働き方のトレードオフ
ふつうの大学生のための就活ガイド 第9話

N大学経済学部3年生の美咲は、安藤先生のところへ就活の相談に来ています。前回は、企業研究のやり方について聞きました。そして志望企業での働き方の実態を知りたいという美咲に対して、先生は美咲にとっての「理想の働き方」とはどういうものかをまず尋ねました。
理想の働き方、時間軸で考える
美咲 理想の働き方ですか……。そうですねぇ、理想を言っていいなら、忙しいときは仕方ないですけど、基本的には定時に帰れることや在宅でも仕事ができる柔軟性、あと結婚して子供ができた後も働きやすい職場だといいなと思います。
安藤先生 なるほど。それでは賃金など収入面ではどうですか?
美咲 賃金って給料ですよね。ふつうに生活できる程度の給料はほしいです。あと、たまに高価なものを買ったり、おいしいものを食べたりもしたいです。それに、将来のために貯金もしたいなぁ。だから、会社の福利厚生も結構重要です。家賃補助や寮があるといいですね。
安藤先生 いろいろと具体的な要望があるようですね(笑)。
美咲 はい。でも、こんなことばかりを説明会できいたり、先輩に質問したりしてくる学生って、企業も嫌ですよね? それは私も分かっています。まだ成果も何も出してない学生が、働き方や福利厚生のことばかりをきいてくるなんて、私が先輩でも嫌ですから。だから聞けないし、あんまり実際のところはわからないんです……。
安藤先生 そうですか。それでは、松本さんの理想の働き方を書き出してみましょう。その際に、注意してほしいことが2点あります。
1点目は、希望する働き方は時間の経過にしたがって変わるということです。たとえば、入社3年目くらいまでは、仕事を覚えるために忙しくてもいいと思えるかもしれません。しかし、結婚して子供ができたら、休みを多くとりたいなと思うようになるかもしれない。このように時間軸を意識して記入してみてください。
2点目は、なるべく具体的に想像するということです。例えば、仕事をするときの服装はどんなものか、在宅ワークの頻度はどの程度か、転勤の有無なども含めて、できる限り詳細に自分の希望を想像してみましょう。
(かなり悩みましたが、美咲は自分のノートに記入しました)
美咲 書けました!どうでしょうか?

安藤先生 お疲れさまでした。とても具体的に書けましたね。それでは、見ていきましょう。
美咲 志望企業に見せるものではないと思ったら、遠慮せずにたくさん書くことができました(笑)。
安藤先生 最初に、「残業が多くてもがんばる」というところについてです。実は、会社側が命令して、労働者側が受け入れたとしても、時間外労働ができる時間には法律で定められた上限があります。
美咲 はい。それは労働経済論で勉強しました。企業側と労働者が最低限守る必要があるルールがあるということですよね。
安藤先生 そうです。新入社員の松本さんが、仕事を覚えたいから毎日深夜まで残業したいと思っても、上司が毎日朝まで仕事しろと指示したとしても、そのようなことは法律で明確に禁止されているわけです。松本さんは、労働経済論の授業を受講していますから、本日は説明を省きますが、こういった労働法関連の制度については、自分自身を守るためにも、ある程度は知っておく必要があります。
美咲 はい、わかりました。
働き方の実態、どうやって調べる?
安藤先生 労働法を守ることを前提としたうえで、企業はそれぞれ独自の労働条件や福利厚生の内容を決めています。また、実際にそうした制度や仕組みを活用しやすい社風かどうか、なんていうことが働き方に関わってきますね。
それでは、志望する企業の働き方に関する条件や社風が松本さんの希望する働き方に合っているかどうかを確認するためには、どうすればいいでしょうか?
美咲 そこがわからないのです。企業ホームページや会社説明会で確認する、先輩社員に聞くだけでは不十分だというのはわかるのですが。
安藤先生 そうですね。さまざまなアプローチが考えられますが、本当に気になる企業があるなら、その会社の前まで行って、働いている人々を確認してみるという方法はいかがでしょうか。
一日中その会社の前で観察するのは難しくても、数時間観察してみるとわかることもたくさんあるでしょう。具体的には、社員の皆さんの服装の様子や楽しそうに会話しているか、夜遅くまで電気がたくさんついているかといったことから働き方を読み取るのです。
美咲 なるほど。自分の目で確認してみるのも1つの方法ですね。
安藤先生 あとは働く人の髪形や服装、また表情などを見て、自分がその中に入って働いていることが想像できるなら、自分に合った会社として真剣に検討できますよね。
美咲 確かに!
安藤先生 会社を見に行くだけでなく、商品があれば購入して使ってみる、サービス業なら利用してみることも、その企業について知ることにつながります。
次に、先輩社員に聞くのはためらわれるという話についてです。松本さん自身が、企業ホームページや会社説明会などを利用してきちんと情報収集したうえで、理解できない点について要点をしぼって質問するのであれば、企業側も嫌な気持ちはしないと思います。
例えば、企業HPに「子育て休暇を付与」「社員の誕生日に特別お祝い金」なんて記載があれば、子育てに理解がある、社員を大切にする会社であることが垣間見えるわけです。企業研究をしているという点と合わせて、働き方の実情について質問することは可能だと思います。
美咲 確かに、そうですね。興味を持って質問しているということが相手にわかれば、嫌な気持ちはしないですね。じゃあ、私の希望が全部かないそうな企業も見つかるかもしれませんね!
働き方の「一長一短」を理解しよう
安藤先生 ちょっと待ってください。「希望がかなう」といっても、いいとこ取りはできませんよ。
松本さんの希望をみると、都内で働き続けたい、勤務時間や働き方に自由がほしい、給料が高く福利厚生もしっかりしていてほしいといった条件がありますね? 残念ながら、これらのすべてを同時に満たすのは難しいのが現実です。
美咲 えっ!
安藤先生 余人をもって代え難い、とても希少価値がある能力を持つ人は別です。しかし多くの人は、現実には、いずれかの条件を優先させる代わりにほかを諦めています。たとえば、
・転勤はなく勤務体系も自由な中小企業だけれども、給料はそれなりで福利厚生は少ない
といった働き方をしています。
労働条件というのは全体を総合評価して、魅力的かどうかを判断するわけです。そして松本さんと同じくらいの貢献度が期待できるほかの労働者が受け入れている条件よりも、どこかの面で高い条件を求めるなら、どこかでは譲ることも必要です。
美咲 やっぱり、希望は全部はかなわないんですね。じゃあ、働き方を調べる意味ってあるのでしょうか。結局は、企業の言う通りに働くしかないようにも感じてしまいます。
安藤先生 いいえ、調べる意味がないことはありません。なぜなら、先ほどの記入の際に注意点として挙げた「時間軸を考える」という点に注目すると、松本さんのライフイベントに合わせて働き方の希望は変わっていくことが予想されます。
自分にライフイベントがあって働き方を変えたいというときには調べておいたほうがいいことがあります。たとえば、会社にどのような制度があって、さらにその制度をほかの社員に気兼ねすることなく利用できる雰囲気かどうか。時代の変化に合わせて経営者が必要な制度を導入していく会社かどうか、などです。こうした実態を調べることは、松本さんの今後のキャリアにとっても、非常に大切です。
美咲 今後のキャリア……。
安藤先生 先ほど、「どちらか一方の希望がかなえば、どちらか一方の希望はかなわない」という話をしました。たとえば、会社説明会で「若いうちから仕事を任せる」などという話があれば、半面「残業や転勤も頻繁にある」のかもしれません。
松本さんも若いうちは、それでも大丈夫と思うかもしれませんが、年齢を重ねると残業や転勤をすることが厳しくなり、給料は下がるけれども転勤のない仕事に変更したいと思うかもしれません。そうなったときに、社員の生活に合わせて対応してくれる会社かどうかあらかじめ見極めておく必要があります。
美咲 なるほど。会社説明会での説明ひとつとっても、自分なりに解釈して理解しておく必要がありますね。
すべての働き方の希望がかなうわけではないけれども、自分なりに志望する企業の働き方を調べていきたいと思います。まずは、納得して就職先を決めたいですから。
安藤先生 その通りです。転職はもちろんできますが、最初に入社する会社はとても大切です。多くの人は未経験者として就職して、研修などもありますが、実際に仕事をこなすことを通じてスキルを身につけていきます。そして若いうちの経験がその後のキャリアに大きな影響を与えるのもよくあることだからです。
美咲 わかりました。あの、もうひとつ質問してもいいですか?
(つづく)

日本大学経済学部教授。2004年東京大学博士(経済学)。政策研究大学院大学助教授、日本大学大学院総合科学研究科准教授などを経て、18年より現職。専門は契約理論、労働経済学、法と経済学。厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で公益代表委員などを務める。著書に「これだけは知っておきたい 働き方の教科書」(ちくま新書)など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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