国産松茸を超える香り? 一つ星シェフが選んだのは…

厳しい残暑の中、秋の気配が漂い始めた。この季節の味覚の王様は、なんといっても松茸(マツタケ)だろう。人工栽培ができないマツタケは、これが自生するアカマツ林の減少が主な原因となり、国産は流通量の数パーセントにすぎない。ほとんどが輸入マツタケなのだが、近年大きく注目を浴びている産地がある。「世界一幸せな国」として知られる南アジアの国、ブータンだ。
ブータン産のマツタケは、国産に引けを取らない香りと味わいを持つというが、価格はぐんと安い。大手百貨店やミシュラン星付き店でも利用されているという。大きく市場を開拓してきたのは、エフユーアイジャパン(東京・港、以下、FUI)だ。
精密機器販売会社がマツタケ事業に
FUIの本業は、放射線測定器をはじめとする精密機械の製造販売だ。マツタケ事業を手掛ける同社の植山宏哉さんは、その本業が、マツタケに目を向けさせたと明かす。東京電力福島第1原発事故の直後、影響があった地域の野生キノコの放射性物質の濃度を同社が測定したところ、高い数値が検出されたのだ。
そこで、同社は「海外の安全な国から輸入すればいいのでは」と思い立ち、世界中のマツタケが採れる国を調べた。キノコの中でもマツタケにターゲットを絞ったのは、天然モノしかないため高値で売れ、小さな会社が新しく始める事業として成り立つと考えたからだ。

マツタケの輸入元は、約7割が中国でカナダ、米国などが続く。ただし、「カナダ、米国のマツタケは国産とは種類が違うため白っぽく、見た目と香りが明らかに違います。ブータン産はほぼ同じで、質がいい」と太鼓判を押すのは、東京・表参道のミシュラン一つ星店「日本料理 太月」の主人、望月英雄さん。修業時代の店で植山さんが客だったつながりから、FUIが輸入を始めた当初からブータンのマツタケを使い続けている。
「テレビの番組でブータン産と国産のマツタケご飯をそれぞれ出演者の皆さんに食べていただいたことがあるんですが、どちらが国産でしょうと言って、全員間違えたことがあるぐらいなんですよ」と望月さんは話す。
ブータンのマツタケの産地はいずれも標高約3000メートルと高地だ。日本ではそれだけの標高にマツタケが採れるような樹林はない。どうしてブータンではそんな高地に生えるのかといえば、沖縄や奄美大島と同じぐらいの緯度にあるため。国産マツタケの主要産地である長野ぐらいの気候なのだ。産地は、国の西側に位置する首都ティンプー周辺と中央ブータンの東側にある。一番の産地はティンプー近郊のゲネカ村だ。この立地がブータン産の強みとなっているのだ。

ステイホームで楽しめるブータン産マツタケ
マツタケは収穫後、時間がたつにつれどんどん鮮度が落ちてしまう。みずみずしさがその質の生命線であるだけに、いかに早く店などに届けられるかが重要だ。望月さんがFUIのマツタケを使い続けるのは、ここに大きな理由がある。鮮度が国産と変わらないというのだ。「産直であれば別ですが、国産でも豊洲市場を経由すれば店に商品が届くまでに1日半かかります」と望月さんは話す。
一方、FUIではブータンのゲネカ村のように空港に近い産地であれば、朝採れのマツタケをその日のうちに空輸できる場合もある。日本の空港からは店などの納入先に直接届けるので、収穫から2~3日程度しかかからない。「中間に業者を入れず、通関なども自社で行っているため、ベストな鮮度で届けられる」(植山さん)という。
マツタケのオフシーズンでも、別品目の輸入などで毎日のように現地と連絡を取り合い、良好な関係を築いていることが、輸入体制作りを支える。FUIが手掛ける前からブータンのマツタケを扱う業者はあったが、こうした体制により、一昨年までに同国産のシェアでは約8割を占めるまでになった。現在は新型コロナウイルス禍で飛行機の減便の影響を大きく受けているが、今年は4トン前後の取り扱いを予定している。

さらに、ブータンのマツタケは産地の標高が高いため、虫がほとんどいないというメリットもある。「うちのような料理店の場合、カウンター席の前にマツタケを置き、お客様の目の前で調理します。だから、虫食いがあるものは商品にならない。国産は、仕入れた商品のだいたい2割ぐらいに虫食いがあるように思いますが、ブータン産は1シーズンに1回か2回あるかないか」(望月さん)
虫食いは、割ってみなければプロでもなかなか分かりにくいそう。もちろん、天然のよいキノコだから虫食いもあるわけで、本来はきれいにして加熱調理をすれば問題はない。国産マツタケを販売するオンラインショップには虫出しの方法も紹介されているが、高級食材であるだけに、ほぼ虫食いを心配しなくてもいいとは、一般の人が購入する際の評価にもつながりそうだ。
さて、気になる値段だが、マツタケの価格は年により変動するため、単純に相場を国産と比較するのは難しいそう。でも、「例えば国産が不作だった一昨年は、ブータン産の価格は国産の5分の1ぐらいでした」と望月さん。今年はコロナの影響でブータン産は輸入コストが大幅にアップしているものの、FUIではそれを価格に大きくは反映していない。
特に同社サイト「ブータン松茸 SHOP」でオンライン販売する一般向け商品は、マツタケの価格を昨年、一昨年と同じに据え置き、送料込みで1キロ2万6760円とした。300グラムなど少ない容量からも販売し、ステイホーム需要からか、「今年は一般のお客様への販売がコロナ前より伸びています」(植山さん)という。
客単価が2万~3万円になる高級店である太月ならば、国産マツタケにこだわることもできそうだが、「価格が高い国産をほんのちょっと使うぐらいなら、ブータン産をたっぷり使った方がお客様にも喜んでいただける。実は、香りも国産に比べ分かりやすいんです」と望月さんは言う。「国産は少し泥のような香りがして、それが国産である証です。でも、泥のような香りが苦手な人には、ブータン産の方がマツタケらしい香りをクリアに感じることができるんです」

売り切れなかったマツタケは極上炊き込みご飯に
ちなみに、ブータンでもマツタケを食べるが、日本のように香りを楽しむわけではない。普通のキノコ同様、同地の料理には欠かせないトウガラシと一緒に調理してしまうのだとか。日本では古くより愛されてきたマツタケの香りは理解されないようで、「日本人がとてもありがたがるので、ブータンではがんに効くんじゃないかなどと、誤解している人もいます」と植山さんは苦笑する。
太月で入荷したばかりのマツタケを炭火で焼いてもらった。収穫から時間が経つと、だんだん色が茶色くなってしまうのだが、目の前のマツタケは真っ白。ほどなく身から、玉のような「汗」が噴き出した。新鮮である証拠だ。大ぶりのマツタケを裂くと、ふわぁっと香りが立ち上る。ほおばるとエキスがじゅんわり染み出し、だしのようなうま味が口の中に広がった。密度が高くしまった身の食感もたまらない。
鮮度命の食材であるからには、どうしても売り切れなかったマツタケも出る。そのため植山さんは、望月さんと共にレトルトのマツタケご飯も開発した。1箱に1~2袋、マツタケご飯の素が入った商品で、用いるマツタケの量にこだわり1袋に100グラム入っている。

「普通のマツタケご飯の素の5倍は入っていると思います。一般的なマツタケご飯の素は、量が少なくてもマツタケが入っているように見せるため、めちゃくちゃ薄くこれをスライスするんです。でも、これだとマツタケならではの味も食感もでない。開発した商品では、なるべくサイコロのように切り、スライスも厚めにしました」(望月さん)
太月で調理した具を工場で再度加熱しレトルトパウチにしたもので、開発には1カ月以上かけた。味付けは、濃い口と薄口の2種類で、「どっちがいいかと決められず、結局2パターン作りました」と植山さん。薄口はマツタケの香りを、濃い口はマツタケの味わいがご飯にもしっかり染み込むため、ご飯自体をより楽しんでもらえるという具合で、それぞれにファンがいるという。

実はブータンのマツタケの旬は日本より早く、7月中旬から9月まで。太月では、ブータンのマツタケづくしのコースを提供しているが、毎年これを楽しみにする客がいるという。7月になると「そろそろマツタケの季節だ」と心待ちにするのだろう。マツタケは秋の味覚――これからは、この旬の感覚も変わってきそうだ。
(ライター メレンダ千春)
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