食虫植物の概念変える沼地の可憐な花草 ムシも油断?

真夏に北米西海岸の山の中を歩いていると、沼地でよく見かける花がある。濃い緑色の花茎に控えめな白い花を咲かせるイワショウブの仲間、Triantha occidentalis(チシマゼキショウ科イワショウブ属)だ。
最新の研究で、この植物の知られざる秘密が明らかになった。食虫植物だったのだ。
きっかけは、研究者のチェンシ・リン氏がカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学の学生だったころに、別の学生から聞いた話だった。Triantha occidentalisの茎には、モウセンゴケが虫を捕まえるのに使うわなに似た、粘着構造があるという。
Triantha occidentalisは食虫植物なのか。リン氏が詳しく調べたところ、100年以上前から知られているTriantha occidentalisは、実際に小さな昆虫を捕らえて栄養分を吸収していることが判明、2021年8月17日付の学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に研究成果が発表された。論文によると、Triantha occidentalisの葉に含まれる窒素の3分の2は、捕らえられた昆虫に由来するという。窒素は、植物にとって必須の栄養素だ。
「このタイプの植物は、動物との立場を逆転させているのがクールですね」と、現在はカナダ、トロント大学の博士研究員であるリン氏は語る。
現在、世界には約800種の食虫植物が知られている。これら食虫の形質は、11のグループで別々に進化したことがこれまでの研究でわかっている。今回見つかった食虫植物はこれまで食虫性が知られていなかった新たな系統だ。つまり、少なくとも12回、食虫性が独立して進化したことを示しているとリン氏は言う。
珍しい食虫植物
Triantha occidentalisは、150を超える種を含むモウセンゴケ科モウセンゴケ属と似ているところがある。モウセンゴケは、粘着性のある色鮮やかな毛で昆虫を捕らえ、酵素を分泌し、虫の栄養分を吸収する。
一方、Triantha occidentalisが属するのは、これまでに食虫植物が確認されていない、小さな多年草であるチシマゼキショウ科だ。また、Triantha occidentalisの生育期間は非常に短く、5月の雪解け後に芽を出し、6~7月に花を咲かせ、種を作り、秋口には枯れてしまう。
沼地に咲くTriantha occidentalisと同じく、食虫植物の多くは、日当たりがよく、栄養の少ない土壌に生息している。こうした場所で昆虫を消化する能力があることは、生存に有利に働く。しかし、動物を捕らえて食すことのできる構造を作るには、多くのエネルギーを必要とするため、この能力を持つ植物は被子植物の0.2%しかないと考えられている。
Triantha occidentalisの肉食性が見過ごされてきた理由の1つは、毛が非常に小さく、またその毛が花茎にしか生えていないという、既知の食虫植物にはない特徴があるからだとリン氏は語る。

食虫植物のわなは花のそばにあることが多いが、今回のTriantha occidentalisのように、違う場合もある。そう述べるのは、オーストラリアのカーティン大学で食虫植物を研究する生態学者、アダム・クロス氏だ。なお、同氏は今回の論文には関わっていない。リン氏が言うには、花粉媒介者になりうる昆虫を捕食することは非生産的に思えるかもしれないが、Triantha occidentalisが捕らえるのはハチのような大きな花粉媒介者ではなく、小さなアリやハエがほとんどだということが今回の研究でわかった。
ドイツの植物標本室・研究センター「Botanische Staatssammlung Munchen」の科学者アンドレアス・フライシュマン氏は、この植物を単に「肉食」とみなすだけでは、潜在的な性質を見落とす可能性があると言う。棒状の毛には花粉を媒介しない昆虫が花の中に入るのを防ぐ機能もあるようなので、「防御的な殺し」と表現する方が適切かもしれないと、同氏は話す。
「私の考えでは、植物の食虫性については、昆虫を消化するかどうかよりも、獲物を引き付けることが重要な基準です」。同氏は、Triantha occidentalisの毛が昆虫を引き付けているかどうかについては、確信を持てないと言う。なお、同氏は今回の論文には関わっていない。
植物の秘密に迫る
植物が食虫性を持つことを証明するのは想像以上に難しい。リン氏はまず、飼育しているミバエ150匹に、窒素15を含む培地を与えて取り込ませた。窒素15は窒素の安定同位体で、これを使えば動物から植物への栄養分の移動を追跡できる。
その後、ブリティッシュ・コロンビア州の沼地に自生する25本のTriantha occidentalisの花茎にミバエを付着させた。数週間後、これらのTriantha occidentalisを収穫し、化学物質を分析した。その結果、葉の中に窒素15が含まれていること、つまりハエからの栄養分が植物に吸収されていることが判明した。正確には、この植物の窒素の64%がハエからのものだった。
また、粘着性のある毛を調べたところ、他の食虫植物に見られる酵素であるホスファターゼが分泌されていることがわかった。ホスファターゼには、組織から植物にとって重要な栄養素であるリンを分解する働きがある。
今回の発見が示しているのは、よく知られている種についても、植物学者がまだ発見していないことが数多くあるということだ。
「このような隠れた食虫植物を発見するためには、鋭い観察力を備えた植物学者の存在が必要です」。マレーシア国立大学の植物研究者で、今回の論文には関与していないホーハン・ゴー氏はそう語る。
リン氏も同意見だ。「知られざる食虫植物が、世の中にはもっとあるということです」(文 DOUGLAS MAIN、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年8月19日付]
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