味はお店に匹敵のご飯入り缶詰 災害時にもお役立ち
黒川博士の百聞は一缶にしかず(6)

9月1日の「防災の日」は、この日に起きた関東大震災(1923年)を期に創設されたと思っていた。しかし、東京消防庁のサイトを読むと、9月26日の伊勢湾台風(1959年)による甚大な被害も創設のきっかけだった、とある。防災の対象は地震だけじゃなかったのだ。
台風をはじめ、線状降水帯による長雨やゲリラ豪雨など新たな災害が増えている昨今。備えておきたいのが非常食だ。様々な商品があるが、僕がおすすめしたいのは缶詰。もともと軍隊や探検隊の携行食として生まれたものなので、基本的に調理は不要(湯せんが必要な缶詰もある)、金属製の容器は落としたり踏んだりしてもめったに壊れない。外部からの光や酸素も遮断するため、中身が劣化しにくい。
数ある缶詰の中で、非常食として特に注目されるのが、ご飯入りの缶詰だ(正式名称がないため、ここではご飯缶詰と称する)。炊き込みご飯やおかゆ、リゾットなどがあり、ご飯茶わん1杯分(150グラム)より多めの分量になっている。大人の1食分としては十分な量だろう。
かつては一部のメーカーしか作っていなかったが、今では数社が参入し、種類も増えてきた。今回は個性の違う5種類をピックアップし、実食してみた。

避難生活が始まると、水分を摂る機会が減って、体調不良につながるケースが多い。その解決策の一助になるのが、リゾットやおかゆなど水分量の多い食事だ。
伊藤食品(静岡市)の「美味(おい)しい牡蠣(カキ)リゾット」は、多めの水で玄米を炊いてあるので、ある程度の水分補給もできる。具材のカキは旬の時期に水揚げされた生原料で、冷凍ものは一切使っていない。生のむき身を玄米と一緒に缶に入れ、密封してから加熱調理しているので、カキから出たうま味が逃げず、しっかりと玄米に染みこんでいる。
味付けはバターと塩、オニオンペーストで、カキ本来の風味にオニオンの甘味がよく合う。熱々に温めて粉チーズを振りかければ、まるでレストランで提供されるようなクオリティーだ。

大阪の心斎橋で和食店を営む「壽圭」(じゅけい、大阪市中央区)が開発したのは、なんと寿司の缶詰(シャリ缶)。玄米の酢飯の上に、寿司だねがのっており、「鯛(タイ)」、「湯葉」、「但馬牛」、「鯖(サバ)」、「名古屋コーチン」、「鰻(ウナギ)」の6種類がある。
すしやとりめし、カレーまで
「鯛」の缶を開けると、酢のきりっとした匂いと、鯛の香ばしい匂いが立ち昇った。鯛はもちろん生ではなく(缶詰は密封後、殺菌のため加熱するのが定義)、焼き魚に近い食感だ。繊細な身肉がほろほろと崩れ、ほどよい塩味がきいている。酢飯の方はやや甘めで、常温でも食べられる柔らかさになっている。江戸前の握りずしとは違う味で、煮穴子や卵焼きをのせた大阪の箱寿司に近い。
シャリ缶は、新型コロナウイルス禍で客数が減ったため、店の売り上げのもうひとつの柱として開発された。大手ショッピングサイトで扱っているが、たびたび売り切れになるほどの人気商品だ。

ご飯缶詰の元祖と言えるのが、サンヨー堂(東京・中央)の弁当缶詰シリーズである。1971年に発売された楕円形の大型缶(内容量375グラム)は、主に自衛隊や自治体の備蓄食向けに販売され、かつては一般の食品店でもよく見かけた。登山やキャンプに行く際には、必ず持っていったものであります。
2015年には内容量185グラムの小型缶がラインアップに加わった。中身は「とりめし」「牛めし」「五目めし」「赤飯」「チキンドライカレー」の5種類で、どれも開ける前に15分間湯せんで温める必要がある。だから熱源と鍋、水のある環境じゃないと食べられないのが、少々難点ではある(耐熱容器に移してラップをし、電子レンジで温めても食べられるが、どちらにしろ温めないとご飯が固くて食べられない)。
僕が一番気に入ったのはチキンドライカレーだ。鶏肉、ニンジン、タマネギ、マッシュルームが入ったほどよいピリ辛味で、何と言ってもご飯のパラパラ食感が秀逸。まるでフライパンで調理したような食感なのだ。

SNSで話題の吉野家「缶飯牛丼」
19年5月に発売されるや、SNSなどで話題を呼んだのが吉野家(東京・中央)の「缶飯牛丼」だ。牛肉、タマネギの具だけでなくご飯(玄米)まで入っているので、まさに牛丼そのもの。常温でも食べられるが、温めると牛脂が溶けてさらに美味しくなる。牛肉もご飯もかなり柔らかく、店舗で食べるものとは食感が異なるが、脂身のとろける甘み、赤身肉の歯触りが楽しめる。
吉野家は、以前から牛丼を缶詰化し、非常食として販売しようと検討。「金のいぶき」という高機能玄米と出合ったことで開発にメドがついた。この玄米は、白米に比べて食物繊維が約7.8倍あり、便秘になりがちな避難生活にもうってつけの一品といっていい。

これまで紹介したご飯缶詰は、どれも具が入って味付けされているが、トーヨーフーズ(東京・千代田)の「玄米ごはん プレーン」は違う。炊いた玄米を、そのまま詰めてあるだけなのだ。純粋にご飯だけを食べたい場合、塩分の摂りすぎを防ぐためにも、こんなプレーンなご飯が必要だろう。
常温でも食べられる柔らかさだが、べちゃっとしているわけではない。米粒にしっかりした弾力があり、胚芽の部分は特有のプチプチした歯触りもある。原料は国産コシヒカリの玄米で、白米に比べて食物繊維は4倍、ビタミンB1は 1.8倍で、ミネラル類も豊富。栄養が偏りがちな避難生活では、ありがたい存在になるはずだ。
ちなみに、ご飯缶詰の多くが玄米を使うのは、常温でも食べやすいことが理由。白米だと一度炊いても常温になると固くなってしまう。サンヨー堂の弁当缶詰が湯せんして食べる仕様なのは、それが理由だ。
今回紹介した5種類のご飯缶詰は、非常食としてはもちろん、普段の生活でも便利に使えるものばかり。最近はリモートワークがメインになり、一日中机に向かっているような日も増えている。気がつくと、炊事の時間が取れなくなっていることもあるだろう。そんな時でもご飯缶詰はきっと役立つはずであります。ぜひお試しあれ。
(缶詰博士 黒川勇人)
1966年福島市生まれ。東洋大学文学部卒。卒業後は証券会社、出版社などを経験。2004年、幼い頃から好きだった缶詰の魅力を〈缶詰ブログ〉で発信開始。以来、缶詰界の第一人者として日本はもちろん世界50カ国の缶詰もリサーチ。公益社団法人・日本缶詰びん詰レトルト食品協会公認。
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