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元幹部が語るサムスン 日本負かしたワクワク感創出力

サムスンの競争力、日本の競争力(1)

日経テクノロジーオンライン
日本のものづくりが韓国や中国に押されているのは、グローバル化の時代に必要な「何か」が決定的に欠けているためである。しかし同時に、日本企業は韓国や中国の企業が逆立ちしてもかなわないような強さを持っているのも事実である。1994年に韓国サムスングループ会長の李健熙(イ・ゴンヒ)氏に請われてサムスン電子(Samsung Electronics)に入社し、同社のその後の成長に大きく貢献した東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員の吉川良三氏に、日本のものづくりが再び繁栄するために必要なもの、もっと大事にすべきものなどについて、連載形式で解説してもらう。

韓国サムスン電子は、1997年に韓国がアジア通貨危機により国際通貨基金(IMF)の救済を受けた際に、倒産の危機に瀕していた。そのわずか15年後の2012年には売上高17兆円、営業利益2兆5000億円(利益率14.7%)と非常に大きな変身を遂げた。

最近でこそ高成長がやや一服しているとはいえ、半導体、携帯電話機/スマートフォン(スマホ)、テレビといった製品分野の世界市場で、日本メーカーを大きく凌駕する存在である。

図1 韓国サムスングループ会長の李健熙(イ・ゴンヒ)氏

こうした華麗な変身ができた最大の理由は、同社が2000年以来のグローバリゼーションの動きに的確に対応し、世界各地のニーズを満たす製品を造り続けてきたことにある。

筆者は1994年から約10年間、サムスン電子に在籍し、同社が成功を収めるまでの過程を内部で直に見てきた(図1)。日本ではしばしば、ウォン安誘導や各種の優遇策など、韓国政府の国を挙げての支援にその要因を求める声が上がる。だが、それだけではこれほどの成功と、同時に生じた電機分野を中心とする日本メーカーの地盤沈下を説明することはできない。

一方で、サムスン電子もまた多くの弱点を抱えている。今回の連載では、同社の事例を基に、日本メーカーが再び成長軌道を歩むために、どのような方向に進むべきかを考えていきたい。

競争力は「安いこと」だけにあらず

まずは、「競争力とは何か」を改めて考えるところから始めたい。というのも、多くの日本メーカーが今認識している競争力の定義では、今後の議論にずれが生じてしまうからだ。

読者の皆さんは、競争力と聞いて何を思い浮かべるだろうか。ある企業で部課長クラスを対象に講義した際にこう問いかけると、ざっと9割の人が「コスト競争力」と答えた。恐らく、日本企業の技術者も経営者も、そのほとんどが「競争力=コスト競争力」という認識だろう。この認識では、サムスン電子の競争力もまたコスト競争力だという理解になってしまう。しかし、事実はそうではない。

競争力とは、「選ばれる力」のことだ。製造業でいうと、自分の製品をユーザーに選んでもらえる魅力のことである。特に2000年以降、製品に対するユーザーの価値観は多様化している。そのため、例えばある人は機能で製品を選ぶかもしれないが、ある人は機能よりもデザインで製品を選ぶ。実際、こうした傾向は欧州で強く見られる。

あるフランスメーカー製のブランド物のハンドバッグは、材料は軟質プラスチック製。恐らく原価4000~5000円と安価なものに20万円もの価格をつけて売っている。デザインが秀逸だというブランドが確立しているからだ。それが欲しいという客に、「うちが造ったハンドバッグは2万円とリーズナブルで品質も優れています」と持っていっても売れるわけがない。この事例は、必ずしもコストが競争力を決定しているわけではないことを端的に示している。

ワクワク感があるか

今日では、ユーザーが製品を選ぶ基準は多様である。機能で製品を選ぶユーザーももちろんいる。例えば、液晶テレビのバックライトにLED(発光ダイオード)を採用し、率先して大々的に売り出したのはサムスン電子だ。開発で先駆けたのは日本メーカーだが、価格が高くなるからと製品化では後手に回った。

しかし、LEDバックライトの明るさは、一度見たら他のものは見られなくなるほどの魅力がある。サムスン電子はその点をコストよりも重視して、高くても売れる製品を造ることに成功した。

他にも日本の薄型テレビよりも2~3割高いにもかかわらず売れている製品に、ワイングラスをモチーフにした欧州向けの薄型テレビがある(図2左)。デザインが優れていれば、2割でも3割でも高く買う人が欧州には存在するからだ。つまり、コスト競争力ではなく、ユーザーが望んでいるものをいかに提供するかが重要であるという現実を、サムスン電子はきちんと把握している。

図2 海外で売れているサムスン電子の製品。欧州向けワイングラス形薄型テレビ(左)と、インド向けカギ付き冷蔵庫(右)

インドでは、カギ付き冷蔵庫がよく売れている(図2右)。いくら安くても、インドではカギのない冷蔵庫はあまり受け入れられない。サムスン電子は、その製品を販売する国や地域の事情を的確に把握し、重視しているのだ。

ユーザーの多くは今、ワクワク感を望んでいる。心が躍りドキドキするようなもの、それを買ったら自分の人生が変わるんじゃないかと思えるような製品を手に入れたいという傾向が強まっている。こうしたワクワク感のあるものを考案できるのがサムスン電子の大きな長所だ。価格が高くてもワクワク感を付与すること消費者に受け入れられている、米アップル(Apple)の「iPad」や「iPhone」、英ダイソン(Dyson)の遠心分離方式の掃除機のものづくりと似たところがある。

新興国市場で躍進

IMF危機さなかの1998年以降、サムスン電子は携帯電話機や半導体、テレビに狙いを定める戦略を立てた。しかし、当初はそれほどうまくいかなかった。それらがすべて、日本メーカーの製品とバッティングしていたためだ。

当時、そうした製品の市場はほとんど先進国だったため、ブランド力不足により、日本製より2割~3割値引きしても売れない状況だった。もちろん、日本メーカーに対抗する技術力もなかった。

ところが、その後に新興国が市場として浮上してきた。先進国以外で国内総生産(GDP)が年率で4~5%成長していくような国が中国、インド、ブラジルなどと次々に現れた。そこで、サムスン電子はまずブラジルに積極的に進出した。

ブラジルでは当時、日本メーカーのシェアが高かったが、高付加価値の領域ばかりに力を入れていたため、サムスン電子は中間層を対象にボリュームゾーン領域の製品づくりのマーケティングを積極的に仕組んだ。語学に堪能な「地域専門家」と呼ばれる社員を育成して派遣し、マーケティングによって現地のニーズを徹底的に把握した。

ニーズを把握したら、それを実現する手段は「リバース・エンジニアリング」(ハードウェアなどを分解、解析し、その仕組みや構成部品、要素技術を明らかにする手法)だ。リバース・エンジニアリングを用いれば、既存の技術を組み合わせることによって製品を開発できる。それでワクワク感を出せばよい、と割り切っている点が、多くの日本企業の技術者にはない視点だろう。

このリバース・エンジニアリングでは、スタート時に日本メーカーの製品を持ってくる。ただし、日本メーカーが開発する、機能てんこ盛りの製品をそのままコピーするのではなく、機能単位に分解して再構成する。これにより、新たな技術を開発せずに多様な製品を生み出すのだ。部品も独自に開発するのではなく、汎用部品ばかりを組み合わせることで短期間に設計する。

ここで、単純にもの真似をするのなら、ただのコピー商品にしかならない。製品の形や構造をそのまま真似るのではなく、機能まで戻って、その機能がなぜ設けられているのかを検討する。その上で、要らない機能を外したり、あるいは冷蔵庫のカギのように機能を追加したりして、派生モデルを造り出す。

こうした手法によって新興国で実績を築いた後、2004年ごろからは日本の技術者も相当数が入社するようになってきたため、先進国向けの高級品も造れるようになった。前述の、ワイングラスをモチーフにした薄型テレビなどがその典型例だ。現在では、先進国においてもかなりの収益を得ていることは言うまでもない。

「もの」と「つくり」を分ける

こうして見てくると、日本メーカーが得意とする生産技術や生産管理、現場の改善といった能力とは別に、ワクワクするものを考え出す能力が改めて重要であることが分かってくる。

というよりも、「ものづくり」はワクワクするものを考える局面と、それを物理的に製作・製造する局面の2つがあって初めて成立するもの、と理解すべきではないか。筆者は前者の「ワクワク感」を「もの」、後者を「つくり」と呼んでいる(図3)。こう分けるとサムスン電子は「もの」に非常に長けていると言える。

図3 ワクワクする「もの」を考える部分と、「つくり」との2つから成ると考えるべき。日本では、「ものづくり」といえばほとんど「つくり」を指し、「もの」を念頭に置く人は極めて少ないようだ

一方、昨今の日本メーカーは残念ながら「もの」を考える力を失っているのではないかとすら筆者は考えている。特に日本の中小企業は、これまで取引先から出てきた図面通りに、言われたままの品質で造ることを要求されてきた。だから、「つくり」を厳しく鍛えられた半面、何を造るべきかという「もの」を考える必要がなかった。「もの」を考える能力がないというより、「もの」の概念そのものが希薄だったと言えるかもしれない。

サムスン電子に多くの日本メーカーが負けてしまった理由は、ものづくりを「つくり」に限定して考えている限りは決して見えてこない。だから日本メーカーではいつまでも、技術的に高度ならば売れるはずだとか、それでも売れないのは営業が悪いのだ、あるいは売るためにひたすらコスト競争力が必要だとかいった本質から外れた議論に終始してしまう。日本は「つくり」で負けているわけではなく、「もの」で決定的に負けているという本質を直視すべきだ。

そして、「もの」で成功しているのは何もサムスン電子だけではなく、韓国のLG電子(LG Electronics)も現代自動車(Hyundai Motor)も、アップルもダイソンも同じである。世界中の成長企業が、グローバリゼーションの進展に伴って「もの」を重視しているのに、日本企業は「もの」の意識が薄すぎるのだ。

「つくり」はサムスンの弱点

しかし、裏返して言えば、「つくり」はサムスン電子の弱点である。製造装置はほとんど日本頼みだ。半導体も携帯電話機もディスプレーパネルも、日本の装置を使い、大量に造って製品1個当たりの固定費を下げることで成り立っている。もし中国がサムスン電子を真似て同じ手法を採ったら、同社はたちまち吹き飛ぶ可能性がある。

さらに、韓国には技術面でのイノベーションを起こすことができないというもっと大きな弱点もある。イノベーションは長期にわたって安定した国でなければ落ち着いて取り組むことができないからだ。ところが、地政学的に北朝鮮が背後に控えている韓国ではその条件が整っていない。中国も同じで、優秀な人材の多くが欧米に移住してしまう。そうしないと研究開発にはじっくりと取り組めないからだ。

イノベーションでは日本に勝てず、一方で中国が量産技術を獲得すれば、サムスン電子をはじめとした韓国企業は日本と中国に挟まれてしまい、何をしたらいいのか分からなくなる。これは企業と国家の存亡にも関わる切実な問題だ。

筆者は、サムスン電子と韓国の弱点を明らかにし、そこに付け入ることを主張しているわけではない。むしろ「つくり」を勉強し始めている韓国企業に対して、日本企業が得意な「つくり」を指導し、逆に日本企業は韓国企業から「もの」を考える力を補ってもらうといったように、互いに補完することでWin-Winの関係を築けるのではないかと考えている。

韓国人は中国人に負けないほど世界にネットワークを持ち、ものを売ることにも長けているから、その力を借りることも考えられる。

吉川良三(よしかわ・りょうぞう) 1964年に日立製作所に入社後、ソフトウエア開発に従事。1989年に日本鋼管(現JFEホールディングス)エレクトロニクス本部開発部長として次世代CAD/CAMを開発。1994年から韓国サムスン電子常務としてCAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進。帰国後、2004年より日本のものづくりの方向性について研究。現在は東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員。著書に「サムスンの決定はなぜ世界一速いのか」「勝つための経営」(共著)などがある。

[日経テクノロジーオンライン2014年5月27日/29日/6月2日付の記事を基に再構成]

[参考]日経BP社は2014年6月24日、書籍「サムスンを変えた吉川氏が語る ものづくり維新世界で勝つための10箇条」を発行した。かつて韓国サムスン電子で開発革新業務を推進し、同社の成長に貢献した筆者が、日本のものづくりの強さと弱さ、そして世界で勝つための条件などについて独自の視点で提言する。

サムスンを変えた吉川氏が語る ものづくり維新世界で勝つための10箇条

著者:吉川 良三
出版:日経BP社
価格:2,160円(税込み)

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