磯村勇斗さん 様々な役こなすカメレオン俳優の求道心
NHK大河ドラマ『青天を衝(つ)け』は東京五輪中継で3週分が休止となり(パラリンピックを含めると休止は計5週)、8月15日に再開される第24回の放映を待ちわびている方が多いようです。放映される物語は、まさに明治維新の時代を描いていますので、幕末ファンにとっても、見応えのある局面を迎えています。
14代将軍の徳川家茂を演じる不安

大河ドラマファンの間では、大政奉還にまつわるエピソードもさることながら、磯村勇斗さんが演じた14代将軍・徳川家茂の困難な人生についても、ツイッターで話題に上がっていました。
6月27日に放送された第20回「篤太夫、青天の霹靂(へきれき)」では、第2次長州征討の最中に大坂城で病に倒れた家茂が21歳の若さでこの世を去るシーンが描かれました。13歳で将軍となった家茂は、幕臣や天皇など様々な人物の身勝手さに翻弄される人生を送ります。最期は徳川慶喜に抱かれ、笑みを浮かべつつも自身の意志を全うできない不甲斐(ふがい)なさと無念さを抱えてこの世を去ります。
家茂の初登場シーンは13歳でしたが、演じている磯村さんは28歳でした。少年のあどけなさが残る存在感を自然と醸し出すことで、年齢差15歳の壁を見事に乗り越えていました。
NHKの番組紹介サイトのインタビュー特集に、磯村さんも出ています。そこで家茂への思いや役作りについて語っています。
将軍役とあって、磯村さんは「自分にできるのか」という不安もあったようです。そうしたなか、家茂の本当の姿を知っている人はいないので、「自分がつくっていくしかない」と覚悟を決め、自分なりに勉強したとか。そればかりでなく、クランクインの前から、将軍としての姿勢や手の動き、歩き方などの所作指導を受け、撮影に臨んでいたのだそうです。
磯村さんはこのインタビューのなかで、「こだわりだしたらちゃんとやらないと気がすまない性格で…(笑)」と語っています。先ほどご紹介したエピソードをはじめ、このインタビューから、心技体をフル稼働させて役づくりにこだわった磯村さんの姿が浮かんできました。
若手を代表するカメレオン俳優に
磯村さんといえば、2015年にテレビドラマ『仮面ライダーゴースト』でレギュラーをつかんで以降、次々と出演が続き、今では若手人気俳優の地位を確立しています。
17年のNHKの連続テレビ小説『ひよっこ』では、ヒロインの相手役である好青年を爽やかに演じました。翌年のテレビドラマ『今日から俺は!!』では、極悪非道のヤンキー役で「第14回コンフィデンスアワード・ドラマ賞」新人賞を受賞するなど演技力の高さが評価されています。
その後も、『きのう何食べた?』で同性愛者の美青年役という新境地に挑んでいます。また、『恋する母たち』では既婚の女性上司と恋に落ちる魅力あふれる若手ビジネスパーソン役に扮(ふん)し、「壁ドン」「強引なキス」「全裸待機」などで、世の女性たちを虜(とりこ)にしました。
テレビドラマだけでなく、様々な映画にも出演しています。特に今年公開された『ヤクザと家族 The Family』では、抗争で死んだ柴咲組の若頭の息子で、半グレと呼ばれる集団のリーダー格を演じ切りました。ツイッターで「存在感が凄(すご)かった」をはじめ、様々な称賛の声が数々上がっていました。
最近では、多様な役柄になりきる「カメレオン俳優」の若手代表として、磯村さんを取り上げる記事が増えています。
『ひよっこ』への出演で多くの人に知られる俳優になってから、わずか4年の間に、磯村さんは様々な役柄を演じてきました。しかも、どの作品においても確実な存在感を残しています。どんな役にもなりきる演技力の高さはすでに折り紙つきです。
自身が納得できる正解を探す姿勢
3月放送のドキュメンタリー番組『情熱大陸』において、髪形などの細かなディテールや、心持ちに至るまでをストイックに役作りする磯村さんの姿が映し出されていました。
特に、注目したのは「『OK!』と言われても喜べないですよ。うまくいけたなんて一切思ったことない」と語っていたことです。それらの言葉から、自身と闘い続けている様子が伝わってきました。その姿は、自身が納得できる正解を求め続ける「求道(ぐどう)心の塊」そのものでした。
こうした姿勢は、役者という職業に限らず、どのような職種においても、キャリアアップを目指すのであれば必要とされるものであるように感じます。
どのような業界でも、どのようなビジネスであっても、経験を積めばある程度までのレベルにはたどり着けるものです。
例えば、売り上げ目標などが掲げられている場合には、その数字に到達することにより、ビジネスとしての合格点を得られます。プレゼンテーションであれば、取引先との契約にたどり着くことにより、プロジェクトやイベント業務であれば、問題なく無事に遂行できれば、評価されるでしょう。
多方面から必要とされる仕事人に
しかし、現時点における自分自身の知識、人脈、実力で十分であったとしても、今いるステージのままだと、パフォーマンスはやがて頭打ちになってしまいます。
特にいま、ビジネス社会はデジタルトランスフォーメーション(DX)化という大きな変革期を迎えています。人工知能(AI)が本格的に導入されるなど、私たち1人ひとりの役割と担務が日々変化し続ける時代なだけに、次のステージを目指す姿勢が従来以上に求められます。
すなわち、合格点の先の景色を見たいビジネスパーソンであれば、その向こう側に行くという高い意識を持つ必要があります。
磯村さんは『情熱大陸』で、自身について「たぶんカラカラなんでしょうね。中身が」と語り、自己満足することなく、自分自身をかたくなに戒め続けていました。
自らを繰り返し戒め、正解のないゴールに向かって、納得できる答えを求め続けている磯村さん。だからこそ、結果的に、多方面から必要とされる仕事人になれているのだと感じます。
かつて、シャネル創設者のココ・シャネルは次のように言いました。「20歳の顔は自然からの贈り物。30歳の顔はあなたの生き様。50歳の顔はあなたの功績・価値なのよ」
9月に29歳になる磯村さんの表情や演技を見ていると、自然からの贈り物を活(い)かすことにとどまらない、生き様そのものが顔つきや仕事ぶりに反映されているように感じます。
今後、役者として実績をさらに積んでいくなかで、どのような功績と価値がにじむ50歳の顔つきに向かうのか――。その変遷を観察しながら、私たちも合格点の向こう側に行くために、正解を求め続ける努力をしていきたいものです。
経済キャスター。国士舘大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。JazzEMPアンバサダー、日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。地上波初の株式市況中継番組を始め、国際金融都市構想に関する情報番組『Tokyo Financial Street』(STOCKVOICE TV)キャスターを務めるなど、テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへ出演。雑誌やニュースサイトにてコラムを連載。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
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