火星の歴史解明に前進 地震計が示した意外な内部

火星内部には予想以上に大きな核が潜んでいることが、米航空宇宙局(NASA)の火星探査機「インサイト」の測定データによって明らかになった。
2018年に火星に着陸したインサイトは、高感度の地震計を搭載している。人類が初めて他の惑星に送り込んだ地震計だ。今回、そのデータを解析し、火星の内部構造に迫った3つの研究成果が、2021年7月22日付の学術誌「サイエンス」に発表された。
内部構造から見える火星の成り立ち
地中を伝わる地震波は、これまでも地球の内部構造を知るために利用されてきた。異なる構造の境目で、地震波の速度や方向が変化するからだ。火星でも同じようにして地震波を調べたところ、内部はやはりいくつかの層に分かれ、中心に直径約3700キロメートルの核が存在していることがわかった。
地震データを直接測定して核の大きさを求めた天体は、地球と月に次いで、今回の火星が3番目となる。地球の核は1900年代初期に、月は2011年に測定された。インサイトは核だけでなくマントルと地殻の測定も行っており、これらの結果をすべて合わせれば、火星の歴史についてさらに詳しい理解が得られると期待されている。
過去45億年の間に火星はいかにして形成され、変化していったのか。かつては液体の水をたたえ、磁場を持ち、生命がいたかもしれないこの星は、どのようにして今日のような砂漠の広がる過酷な環境に変わってしまったのだろうか。

たった1台の地震計で挑む
インサイトのデータを解きほぐして火星内部の構造を明らかにするのは、なかなか困難な仕事だ。地球上では数万台もの地震計のネットワークを使って地震波を観測するが、火星には、インサイトの地震計がたった1台、1カ所にしか置かれていない。
おまけに、地球と違って火星には大きな地震がほとんど起こらない。火星で最大級の地震でも、震源地から数キロ以内に立っていなければ人間の体では感じることもない。その点インサイトは極めて敏感なため、地震の少ない火星では遠くで発生したごくわずかな揺れでも感知することが可能だ。とはいえ、風の音や舞い散る砂じん、気温の変化によってインサイトに生じるきしみや破裂音など、雑音を完全に遮断するのは難しい。
地球上の地震波と同様、火星の地震波にもP波とS波がある。P波は固体、液体、気体を通過できるが、S波は固体しか通過しない。こうした性質を利用することで、惑星の内部構造を推測できる。
火星内部においては、P波は固体のマントルの先にある液体の核まで通過するが、S波は核まで入り込むことができない。一部のS波は核とマントルの境界面で跳ね返り、地表まで戻ってくる。
スイス、チューリヒ工科大学の惑星地震学者シモン・シュテーラー氏を含むインサイトの研究者たちは、まさにこの跳ね返りを探していた。2019年7月に発生した地震データからヒントを得た研究チームは、地震波が3段階に分かれて届いた地震がないかを調べた。P波、S波、そして数百秒後に跳ね返ってきた微弱なS波が届くような地震だ。
すると、該当する地震は火星で6回発生していた。これを5000種類の火星マントルのモデルと照らし合わせてみると、地震波は地下およそ1600キロで何かにぶつかって跳ね返ってきていることがわかった。ここが、固体のマントルと液体の核との境界面ということになる。
この境界面の深さを基に、インサイトのチームは、火星の核の直径がこれまで考えられていたよりもわずかに大きい3580~3740キロであると推定した。つまり、核の平均的な密度は考えられていたよりもわずかに低いということになる。この推定を過去の研究成果と合わせて考えると、液体の核は鉄とニッケルから成り、総重量の10~15%の硫黄を含み、その他少量の酸素、水素、炭素といった軽元素を含んでいると考えられる。

また、火星のマントルは地球ほどの深さと圧力がないため、下部マントルは形成されていないことも示された。地球の場合、地下約660キロより深いところに高温高圧の岩石でできた下部マントルが存在し、核の熱を閉じ込めている。火星の核が冷えやすかった原因は、この下部マントルがなかったためとも言えそうだ。
この冷えやすさが、太古の火星の核における熱移動を助け、惑星全体を包む磁場を作り出していたのかもしれない。
現在の火星にはそのような磁場は存在しないが、南半球の地殻は強力な磁気を帯びている。これは45億~37億年前に、火星に地球のような磁場があったことを示している。火星が磁場を失ったのは、大気の大部分が失われたことと関連付けられており、なぜ磁場がなくなったのかがわかれば、火星が今のような乾燥した不毛の星になった時期や原因も明らかになる可能性がある。
あと2つの論文が明らかにしたこと
インサイトのデータは、火星の核だけでなく、マントルや地殻についても理解する手がかりを与えてくれた。
「サイエンス」誌に発表された第2の論文によると、チューリヒ工科大学の地球物理学者アミール・カーン氏率いるチームは、火星の地震データを使って約400~600キロの地下で温度が大きく変化していることを発見した。そこよりも上にある地殻とマントルは、熱を伝導するリソスフェア(岩石圏)を構成している。一方、それより下のマントルは粘性の液体のようにふるまい、ゆっくりと熱を対流させている。
さらに、火星地殻の下部に熱を発する元素が豊富に含まれていることも示された。その量は、その下にあるマントルの13~21倍とされている。これらの結果から、火星に地殻変動がないにもかかわらず火山が存在する理由が明らかになるかもしれない。
3つ目の論文は地殻の構造に迫ったもので、その結果によると地殻は2通りの解釈ができるという。一つは2層から成る厚さ20キロの地殻、もう一つは3層から成る厚さ39キロの地殻だ。どちらが正しいかがはっきりすれば、これもまた火星の起源やこれまでの変化を知る手がかりとなるだろう。
(文 MICHAEL GRESHKO、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年7月29日付]
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