鳴き声や銃声 森の音のビッグデータ活用で密猟防ぐ

ゴリラが胸をたたく音、チンパンジーの高い声、ゾウが出す低周波音、そして密猟者による銃声。これらはアフリカ、コンゴ共和国の熱帯雨林に設置した50台のマイクがとらえた、100万時間を超える音声データの一部だ。
この大規模な音響モニタリングは、米コーネル大学によるエレファント・リスニング・プロジェクトの一環だ。コンゴ共和国北部のヌアバレ・ンドキ国立公園の3分の1ほど、約1200平方キロメートルをカバーしている。
1999年に設立されたこのプロジェクトの目的は、マルミミゾウの間のコミュニケーションを検知すること、そして密猟を特定することだ。プロジェクトのウェブサイトには「音を使ってゾウの個体数、石油探査や伐採の影響を推定し、保護区域での銃による違法な狩猟を定量化する」と書かれている。
「私たちが録音してきた音声データを、誰もがより利用しやすくなるよう、何年もかけて作業を進めてきました」と、プロジェクトの指揮をとる行動生態学者のピーター・レッジ氏は語る。そして現在、数え切れないほど多くの森の音が、クラウドプラットフォームを通して世界中の研究者に公開されている。
レッジ氏によると、今回収集した音声データにより、密猟対策の効果も評価できるという。たとえば、レンジャーを訓練するためにパトロール回数が減った2018年初めの3カ月間は、銃声が記録された回数が跳ね上がった。
また、密猟が起きていたのは予想よりも奥深い地域だったこともわかり、レンジャーのパトロール戦略の改善につながった。一方でレッジ氏が驚いたのは、コロナウイルスのパンデミック期間中に密猟が増えていないことだった。
多くの国で密猟対策に多額の費用がつぎ込まれているが、それで密猟が本当に減っているのかが問題だと、レッジ氏は言う。今回の音声データからは、18年に密猟対策のパトロールを強化したとき、実際に狩猟活動が減ったことが確認できる。
データを囲い込む習慣に終止符を打つ
音による密猟の監視は、現在、急成長を遂げている分野だ。音声データを共有するという手法も、新たに広がりつつある。
ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(協会が支援する研究者)でもある技術者のトファー・ホワイト氏は、違法な伐採や密猟を監視し、熱帯雨林の音のデジタルライブラリーを作るため、14年に生物音響監視会社「Rainforest Connection」を設立した。ライブラリーには、レッジ氏がコンゴで集めた音も含まれている。
ホワイト氏のチームは、中古の携帯電話を利用し、20カ国でトラックやオートバイ、チェーンソー、銃声のリアルタイム検知を行っている。Rainforest Connectionの生物学者の一人であるマルコーニ・カンポス氏によると、同社が目指すことの一つは、研究者に録音データをアップロードしてもらうことで、データを囲い込む習慣に終止符を打つことだ。
ホワイト氏はこう述べる。「共有しないという習慣があることで、面倒な作業が実に多くなっているのです。私たちはこの点を変えようとしています。すばらしいデータはたくさんあるのですから」
「レッジ氏の音はまるで金鉱でした」と同氏は話す。レッジ氏の録音データにたどり着いたのは、ホワイト氏のチームが、ゾウが仲間同士のコミュニケーションに使う低周波音のデータを探しているときだった。
こういった音を見つけ出すのは困難な作業で、「干し草の中から針を見つける、という表現がありますが、それどころか、髪の毛を見つけるようなものです」とホワイト氏は言う。しかし、サンプルとなるものを1つ特定してしまえば、データベースをスキャンして何百もの類似する音を探すことができる。
レッジ氏は、コンゴの音声や、世界中から集めた録音データを研究できることを「すばらしい機会だ」と表現する。研究者はこれらの録音データを、昆虫やカエル、鳥、ゴリラ、チンパンジーなど、他の種の研究に活用することもできる。「この録音データの中にすべてが含まれているのです。歴史的な記録です」と話すレッジ氏は、鳥の骨格を展示するのと同じように、鳥の鳴き声を集めた博物館のようなものができないかと考えている。
ホワイト氏も、「これは生物音響学にとって、とても重要なできごとです。世界中の動物の行動や、動物同士のやり取りが記録されており、しかもコンピューターで自由に抽出できるのです」と話す。これまで見ることも聞くこともできなかった世界だ。「気候変動によって地球が変わりつつある今こそ、多様なデータを広く集めるべきときかもしれません。今、記録しておかなければ、なくなってしまうかもしれないのです」

(文 RACHEL FOBAR、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年7月17日付]
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